水無月十日の宴 後編

(泰明×あかね 京エンド直後)
登場キャラ: 八葉
※ 泰明以外の失恋描写有ですので、ご注意を


「てゃあああああっ!!」
「とおっ!!」

ガキッと木刀がぶつかり合い、
視線がぶつかり合い、
一歩も引かぬとばかりに、
ぎりぎりぎりと、互いに歯を食いしばる。

「この程度か! 甘いぞ! 天真!!」
「ぐわっ!!」

頼久の一撃に木刀を弾かれ、天真の身体が吹っ飛ぶ。
しかし天真はすぐに立ち上がった。

「甘い…だと? 指導者面して手加減か?
本気で来いって言っただろうが」
「いいのか、天真」
「お前だって、手加減無しでやりたい気分じゃねえのか、頼久」

ぴくり、と頼久の木刀が動いた。
構えた姿に、すうっと気が集中していく。

「ひぃぃぃっ」
二人の打ち合いを側で見ていた源の武士達が、一斉に身を引いた。

「若棟梁…本気だ」
「天真殿も、すごい気迫だぞ」
「お…鬼は退治したんだろう? 
なのに、その当日にどうしてこんな激しい稽古を…」
「分かるか」
「とにかく」
「近づかないでおこう」

頼久は木刀を構え直し、天真に向き合った。
「ならば、行くぞ!!」
「望むところだ! てやあああああっ!!」

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「うまいっ! 詩紋、お前の菓子はサイコーだぜっ」
「うれしいなっ。いっぱい食べてね、イノリくんっ」
「ああ、もぐもぐ、すっげーうめー。
詩紋、お前も食えよ。
一緒に食った方が、ぜったいうまいぜ、もぐもぐ」
「そ、そうだよね。いただきま〜す! もぐもぐ」

イノリと詩紋の前には、菓子が山のように積み上げられている。
全部、詩紋が作ったものだ。

「うまい!」
「うん、おいしいね!」

その様子を、土御門の女房達がこっそりと覗いていた。
「まあ…おいしそう…」
「詩紋殿の御菓子は風味絶佳の逸品ぞろい」
「じゅるるっ!」

「あ、皆さんも一緒にいかがですか」
それに気づいた詩紋が声をかけた。

「ま、まあ…よろしいのですか」
「いいぜ、にぎやかな方がいいもんな、詩紋?」
「うん! もちろんだよ、イノリくん」

「す、すみません」
「では遠慮無くじゅるるっ!」

「足りなくなったら、ボク、また作りますから」
「おうっ! その時はオレも手伝うぜ」
「ありがとう、イノリくん」
「とにかくだ、作って作って食べまくろうぜ!」
「うん! おいしいものを作って、それを食べてもらうって、
すごく幸せだよね!! もぐもぐっもぐぅぅっ」
「ああ、そうだよな!! もぐもぐっもぐぅぅっ」

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「突然訪れてすまなかったね、鷹通。
邪魔をしたのではないとよいのだが」
「いいえ、本日はもう何も予定はありませんでしたから」

庇に設えた膳を前に、鷹通と友雅は酒を酌み交わしている。
十日の月が中天にかかり、雨上がりの涼しい風が吹きすぎていく。

「鬼に勝った、京が救われたといっても、静かなものだね」
「ええ。けれど、この静けさこそが、安寧の証なのではないでしょうか」
「ふふっ、鷹通らしい前向きな考え方だ。
私はね、また刺激の無い日々に戻るかと思うと、少々残念な気もしているのだよ」
「先ほどの言葉を、そっくりそのままお返ししましょう。
友雅殿らしいお考えです」

「柔らかくなったね、鷹通も」
「そうでしょうか…。
けれど、友雅殿がそう感じるなら、その通りなのでしょう。
弥生から今日まで、短い間でしたが、
私はとても尊いものをたくさん学んだような気がしています」
「尊いもの…か」
「からかわないのですか。
てっきり、若いのだね…とでも言われるかと思いましたが」

「ははっ、お互い、手の内を知り尽くしてしまったようだね」
「そうですね。もう止めましょう。
私は…、実はまだ、どこか落ち着かないのです。
言葉を費やすことで、その気持ちと向き合わないでいたい…と
心のどこかで願っているのかもしれません」

「だが、向き合わなくてはならない、と思っているのだね」
「はい。では……友雅殿は…………」

「おや、質問を途中で止められては答えられないよ、鷹通。
いずれにせよ私は、『さあ…どうだろうね』と答えるはずだが」
そう言って、友雅は盃を干した。

そこに、鷹通は黙って酒を注ぐ。
友雅も瓶子を取って、鷹通の盃を満たした。

戦いの終わった日の夜は、穏やかに更けていく。

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「永泉、どうした」
帝が案じ顔で言った。

弟の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちたからだ。

永泉は、神泉苑での戦いの後、
土御門で開かれたささやかな祝いの座を早々に辞して、
報告のため、帝の御前に上がった。

そして、事の顛末を詳細に語り終えた時、
突然はらはらと落涙したのだ。

「も…申し訳ありません、主上」
永泉は慌てて袖で涙を拭う。

「悲しきことがあったのなら、言ってみよ、永泉」
しかし帝の言葉に、永泉はかぶりを振る。

「悲しきことなど…何もありません。
いえ、むしろ私はうれしい気持ちでいっぱいなのです。
神子が京に残って下さる……これほどに喜ばしいことはありません。
その上、神子殿は、泰明殿とお幸せになるのです。
私にとって、とても大切なお二人の幸せを思うと…
……私の心も幸せで満たされます」

「永泉…」

「お二人の幸せを心から祈り、喜んでいるというのに
なぜ、涙が出るのでしょう。
なぜ……こんなに胸が痛いのでしょうか」

膝の上でぎゅっと握った永泉の拳に、
大粒の涙が次々と落ちる。

「す…すみません。
主上の前でこのように取り乱した姿を…」

「永泉」
帝は座から立ち上がり、永泉の前に来て膝を付いた。
そして、震えている肩にそっと手を置く。

驚いて顔を上げた永泉に、帝は静かに微笑んだ。
「今は、私を兄…と呼べ、永泉」

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安倍家の広い庭の一画に建つ、泰明の小さな家。
夜も更けたというのに、
泰明は、闇の中で眼を見開いている。


私は、神子のことばかりを想ってきた。
切なさが痛みとなり
苦しみとなり
それでも
人ではない私は
この想いの名を知らなかった。

だが今は、知っている。
これは、愛しい…という、美しい名であると。

同じ想いを、神子が…私に…抱いてくれた。

神子…お前は
私を愛している…と言ってくれた。

私と寄り添い、共に生きてゆきたいと
言ってくれた。

想いが通い合い、愛し、愛される……。

魄を打ち震わす激流も、
魂を突き刺す甘やかな痛みも、
それゆえのことか。

今ならばわかる。
愛しさを知ったゆえの
この痛みが、この苦しさが、
お師匠の言っていた幸せなのだと。
――これが、心というものなのだと。

私は幸福だ。

私の幸福は、神子……お前と共に在ることなのだから。







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かなりお待たせしてしまいましたが、
リク話、やっと書き上げることが出来ました。

あかねちゃんが京に残ると決めた時の、みんなの反応は
イベントが何段階まで進んでいたかによって
まちまちになりますよね。

決戦前夜に会いたい人の名前が、
ずらずら並ぶ状態だと……
プレーヤーが、頑張った=一気に失恋が7人。

まともに書いたら悲しくなってしまうし、
あかねちゃんにスポットを当てたら重くなる。
――と言うわけで、
このような形で落ち着くまで、とても時間がかかってしまいました。

A様、お待たせして申し訳ありませんでした。
そして、リクをありがとうございました。

書くまでが難渋しましたが、その間も、
書いている時も、とても楽しい時間でした。
「遙か」な世界に浸っていられるって、幸せです。

内容については、多くを語らない方がいいような気がしますので、
解説はしません。
それぞれに楽しんでもらえれば、うれしいです。


蛇足のQ&A
Q: あかねちゃんも眠れない夜を過ごしているでしょうか。
A: おそらく、すやすや眠っていると思います。

2011.6.3 筆