熱が出たなら



穏やかな月の夜。

あかねと二人、静かに甘く過ごす
はずだった…が……

なぜこうなるのか

泰明は不機嫌な声で言った。
「神子、この家は八葉の溜まり場か」
あかねはにっこり笑って答える。
「みんなよく立ち寄ってくれるんですよ」

「よく、というより、ほぼ毎日だ」
「にぎやかで楽しいですよね」
「…………………
立ち寄るだけならまだ よくないが神子に免じてものすごく譲歩してもよいが
今夜はどうして、イノリが子分と一緒に泊まっているのだ」
「子分さんの具合が悪いからです」

「具合が悪いなら、自分の家で休めばよい。
それがなぜ、この家に来ている」
「この近くで具合が悪くなったからですよ。
少し休ませてくれって、イノリくんが連れてきたんですけど、
すごい熱で、ぐったりしてたんです。
動くのも大変そうだったので、泊まってもらうことに」

「具合が悪くなる時には、子供といえど場所を選ぶべきだ」
「ええ、ちょうど家の近くでよかったですね」
「…………………………」

せめて、あかねの手を煩わせないよう、
よく言い聞かせておかなければ、と
考えたとたん、バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。

「お〜い! あかね〜」
イノリだ。

泰明の指がかすかに横に動いた。

イノリは部屋の前まで来ると、
遠慮無く扉に手を掛ける。
しかし…
「あれ? 開かねえ…」
ガタガタガタ…
「あかね〜、いるんだろう? 開けてくれよ」

あかねの恐い視線に気付き、泰明は指を戻した。

ガタガタガッ…
いきなり扉が開いて、イノリが部屋の中に倒れ込んでくる。

「あれ? 泰明、いたのか」
「ここは神子と私の家だ」

「なあ、ちょっと来てくれよ」
泰明の不機嫌な口調など全く気にせず、
イノリはあかねに向かって言う。
「どうしたの?」
「あいつがさ、お姉ちゃんがいないと眠れないって」
「かわいそうに、心細いんだね」
「行ってやってくれるか?」
「うん、すぐ行く」

「私が行こう。神子はここにいろ」
泰明がつい、と立ち上がった。

イノリは呆れた顔をした。
「聞こえなかったのか、泰明。
あかねじゃなくちゃダメなんだよ」
「問題ない」
「わかんねえヤツだな。
相手は子供なんだぜ。
お前みたいに仏頂面した大人が来たら、
怖がるに決まってるだろう」
「問題ないと言っている」
「そういう話じゃねえだろ」

「もうっ! 子分さんは一人で待ってるんだよ。
急いで行ってあげないと!」
押し問答をしている二人を置いて、
あかねは部屋を飛び出した。


子供は真っ赤な顔をしてうなされていた。
「おねえちゃん…」
あかねがそばに行くと、
うっすらと目を開けて小さな手を伸ばす。

「抱っこ…して」

後からイノリと一緒に来た泰明だが、
その様子に
むっ…
とする。

「うん、いいよ」
あかねは子供を抱き上げて、膝に乗せた。
子供は安心したように、少し笑う。

むっ…

「おでこ、こっつんするよ…」
そう言うと、あかねは
子供の汗ばんだおでこに自分の額を当てた。

むっ…

「わあ、まだすごい熱」
「苦しそうだな」
「お水飲ませた方がいいね」
「よしっ、オレ、水汲んでくる」

「神子、子供を下ろせ」
「え? でも、抱っこしてほしいって」
「陰陽の術を施す。そのままではできない」

「おねえ…ちゃん…。
そこの…おじさんは…なにするの…?」

むっ…

「ええとね、お熱が下がってよく眠れるように
おまじないをしてくれるのよ」

「でも…おじさんこわい」
「こわくないよ」
「神子、もう一つ否定するべきだ」
「おじさんじゃなくて、おにいさんだよ」
「ううう…」

「じゃあ、手握っててあげる」
「うん…」

泰明は子供の上にすっと手をかざした。
小さな身体の気が乱れ、流れが滞っている。

撫物の札を使い呪を唱えると、
ほどなくして子供はすやすやと眠り始めた。
先程までの苦しそうな様子はない。

「おっ、よく眠ってるじゃん。
さすが泰明だぜ」
「朝までぐっすり寝たら、きっとよくなるね」

「深い睡眠へと導いた。
これで問題な……いや、大きな問題がある。
神子、その手は…」

子供は、あかねの手をしっかり握りしめたまま眠っている。

「無理に離すと、眼を覚ましちゃいますね。
私、今夜はここで看ています」
「では私も、ここにいる」
「もちろん、オレもだぜ」



結局、そのまま夜を明かし、
翌朝、熱の下がった子供は
イノリに背負われて帰っていった。

「世話になったな、ありがとな」
「おねえちゃん、こんどあそんでくれる?」
「うん、いいよ。早くよくなってね」
「はあい」
昨晩の様子がまるでうそのように、
子供はにこにこ笑って手など振っている。

しかし、二人を見送って家に入ろうとした時、
あかねがくらっとよろめいた。

「神子っ!」
「大丈夫です。
安心したら急に気が抜けちゃったみたい」

「夜明かしなどするからだ。
構わず寝ていればよかったものを」
「でも、心配だったし」

心なしか、あかねの顔が赤い。

泰明は小さく首を傾げた。
「神子、お前も熱を出したのか」

「そういえば、顔が火照って
少しくらくらするような…」

「そうか。では……」

泰明は、あかねと自分の前髪をかき上げた。

「や…泰明さん…。何を…」
「熱があるかどうか、確認する」

おでことおでこをつける。

あかねの驚いた眼と、泰明の真剣な眼が合う。

あかねはますます赤くなって、慌てて身を離した。
「泰明さん、ここ、門の外…ですよ」

「ならば…」
泰明はあかねを抱え上げた。
「家の中ならば、問題ない」
「泰明さん」
「ひどくならぬ内に、休め」

門をくぐると、再び泰明はおでこをくっつける。

「やはり、熱があるな」
「や、泰明さん…もしかして、
おでここっつんが気に入ったんですか」

額をつけたまま、泰明は小さく微笑んで頷いた。

「今日は一日、私が手を握っていよう」

二人のおでこが離れ、今度は唇が触れ合った。

門はまだ開いたままです……
あかねの抗議は届かない。






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自分の具合が悪くなった時には、
あかねちゃんに思いっきり甘やかしてもらいたい!
と泰明さんは思っているのでしょうね。

でも、泰明さんが風邪ひいたりお腹こわしたりって、
想像できないです(笑)。

このお話は 「お見舞い」に続きます。

2009.6.8 拍手より移動