お見舞い



ここは、京にその名を知らぬ者のない、安倍晴明の屋敷。
数人の陰陽師が集まって、
大内裏の宴の松原に出たという怨霊を調伏すべく、準備をしている。
毎度おなじみ、泰明の兄弟子達だ。

卯の刻の太鼓が聞こえ、彼らは顔を見合わせた。
「おい、泰明はまだか」
「珍しいな。いつも卯の刻までには来ているのに」
「イヤなヤツだが、遅刻はしないからな」
「まあ、来なければ来ないで、平和に調伏でき…」
「う…」
「げ…」

背後に気配を感じて兄弟子達が振り向くと、
そこには仏頂面をした泰明。

しかしその泰明は、彼らを一渡り見回すと、とんでもないことを言った。

「本日、私の主・安倍泰明は頭痛歯痛腰痛腹痛で来られない。
従って、私が主の代わりとして遣わされた」

「へ……? ということは」
「つまり……お前は」
「式神…なのか?」

「陰陽師ともあろう者が、本人と式神の区別もつかないのか」
「つくわけないだろう! 顔がそっくりなんだから。
その口の悪さだって、本物と変わらん」
「その大きな態度も、まるっきり泰明そのものだ」
「ついでに、その無愛想なところもそっくりだ」

しかし泰明の式神は、表情も変えずに言った。
「私が主に似ているかどうかは問題ではない。
私のなすべきことは、怨霊の調伏と聞いている。
さっさと出発しろ」

「く〜〜〜っ。これじゃ、本人と同じだ」
「式神と分かってても、泰明と同じ顔だとな〜〜〜」
「おい、式神、お前は泰明と見た目そっくりなんだ。
当然、泰明と同じ働きをしてもらわねばな」
「問題ない」

悔しがる兄弟子達と一緒に、泰明の式神は宴の松原へと向かった。



その頃、泰明の家では……

「泰明さん、お仕事休んじゃいけませんよ」
横になったまま、あかねが言った。

「式神を私の代わりに送った。問題ない」
「私、もう大丈夫ですから」
「先ほど倒れそうになった。大丈夫ではない」
「一日おとなしくしていれば、熱なんてすぐ下がりますから」
「病気の神子を一人にしておくわけにはいかない」
「ありがとう、泰明さん。でも私…」

「案ずることはない、神子」
泰明はそう言って微笑むと、あかねの手を握った。

その時、無遠慮な大声が割り込んだ。
「お〜い! あかね〜〜!!」
先ほど帰ったばかりのイノリだ。

――しまった!
神子を案ずるあまり、結界を厳重にしていなかった。

どたどたどたっ!
騒がしい足音が近づく。
部屋の扉を閉じようとして、あかねと眼が合い、
泰明はしぶしぶあきらめた。

「さっきはありがとな、あかね。
あいつの親がさ、お礼にって、活きのいい魚くれたんだ。
届けに来たぜ!」
そこまで言って、イノリはあかねが寝ていることに気づいた。
「……あれ? どうしたんだ、あかね」



宴の松原は、しんと静まりかえり、怨霊の影も形もない。

まばらに生えた松の間を、
陰陽師の一行が周囲の気配を探りながら進んでいく。
「おかしいな。この辺りで襲われた者が大勢いるのだが」
「他の場所に逃げたかのかもしれない」
「いや、油断するな」

「その通りだ。
怨霊は我らの気を察知して身を潜めているだけだ」
泰明の式神はそう言うと、ゆっくりと呪符を取り出した。
「今、引きずり出す」

呪符が形を変じ、細身の剣になる。
「姿を現せ!」
泰明の式神は振り向き様、真後ろに立つ古い松の枝に剣を投げた。

「きしゃぁぁっ!」
枝がぼろりと落ち、のたうち回る大蛇の姿になった。
剣がその身体を貫き、地に縫い止めている。

「泰明の式神、強ぇっ!」
「本人が強いと、式神も強いんだなあ」
「俺達には、出番が無さそうだ」

泰明の式神は、兄弟子達をぎろっと睨む。
「くだらぬことを話している暇はないはず。
さっさと調伏しろ」
「はいっ」
「じゃあ」
「始めまーす」



イノリの出現に対処できないでいるうちに、
泰明の家には、さらなる邪魔者が次々とやって来た。

「神子殿、藤姫様より珍しい唐物の菓子をお届けするよう
言付かって参りました」

「こんにちは、神子殿。
面白い絵草紙がありましたので、お持ちしたのですが」

「ご機嫌いかがかな、神子殿。
急に顔を見たくなってね、寄らせてもらったのだよ」

「あの…神子、近くまで来ましたので、ご挨拶に伺いました」

入り口から聞こえてくる彼らの声に、
あかねはうれしそうに言った。
「あ、みんな来てくれたんですね」

笑顔のあかねを見ると、泰明もうれしい。
うれしいが、今日は彼らにすぐ帰ってもらわねばならない。

そもそも、誰も彼もがいつもこの調子で立ち寄っているのか。
気軽すぎると反省しないのか。
とにかく神子は重病だということにして、早々に退散させよう。
…いや、重病などというと、さらにしつこく粘るに違いない。
では正直に言うか。
だが、そうしたら見舞いと称して上がり込んで来…

しかしその間に、
「おう、みんな上がれよ。遠慮はいらねえぜ」
イノリがさっさとみんなを部屋に入れてしまった。

「神子殿っ! どうされたのです」

――見れば分かるだろう、頼久。
伏せっているのだ。

「お前、一晩中起きてたからな。
少し眠ればよくなるって」

――だったら神子を静かに眠らせろ、イノリ。
お前の足音は騒々しいと知っているのか。

「お加減が悪いとは存じませんでした。
何か必要なものがあればお届けします」

――「存じ」ていたなら、来なかったのか鷹通。
神子に必要なものなら、私が揃える。

「雨に打たれた桜花のような風情だね。
そんな神子殿も愛らしい」

――神子は桜花よりず〜〜〜〜っっと愛らしい。
それも分からぬか、友雅。
そもそも神子を口説いても無駄だ。

「神子…あの…私はどうすれば…」

――そんなことを病の神子に尋ねるのか?
どうすれば?
答えは簡単だ。帰れ、永泉!!




結局、やきもきする泰明の思惑をよそに、
あかねを囲んで、ひとしきり話が弾み、
ようやくみんなは帰っていった。

入れ替わるようにして、泰明の式神が現れる。
式神は泰明の姿を解き、本来の四つ足の形に戻っている。

「ご主人様、怨霊の調伏を終え、ただいま戻りました」
泰明はうつむいたまま答えた。
「むすっ……そうか」

「……? ご主人様、どうかなさいましたか?」
「むすっ……問題ない」
「いつも以上に仏頂面というかふくれっ面のようですが、
何を拗ねているんですか」

「むすっ……私は拗ねてなどいない!」

泰明が手をかざすと、
ぼわん!!
式神は消えた。

「泰明さん、元気がないみたいですけど」
あかねが心配そうに言った。
「むすっ……問題ない」

「どこか具合が悪いんですか?」
「むすっ……私はどこも壊れていない」

「無理しないで下さいね。
具合が悪いなら、今度は私が看病しますから」

泰明は顔を上げた。
「神子が、私を…?」

「もちろんですよ、大切な泰明さんですもの」
あかねはにっこり笑う。

「手を握っていてくれるのか?」
「はい」
「おでこをこつんとしてくれるのか?」
「はい」

泰明は頬を桜色に染めて答えた。

「……ならば、神子が治った時に、
私はとても具合が悪くなる」






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「熱が出たなら」の続きのお話でした。

あかねちゃんのことですから、
甘えん坊なわがまま二歳児を叱ったりしないで
にこにこしながら頷くんでしょうね。

拗ねる泰明さんに勇敢にもツッコミを入れる有能な式神さんは、
少なくとも二歳ではないはずです。

このお話は、完結編?の 「病は気から」に続きます。


2009.6.8 拍手より移動