七夕の悪夢

(泰明×あかね 京ED後背景 )


神子……我が神子………

汝の選びし男は汝にふさわしき者にあらず

よって我、汝と男を天上と地上に隔て置く

逢瀬は年に一度
天と地に(かささぎ)の橋のかかりし夜に



―――意訳: 神子は龍神がゲットじゃ






「神子っ!!!!!」
眠っていた泰明はバッと跳ね起きた。

その傍らに、あかねはいない。
部屋を飛び出し、家中探し回るが、
あかねの姿も、やさしい気も、どこにも見つからない。

龍神が私の神子を……勝手に連れて行ったというのか。
だが龍神の声は、神子にしか聞こえないはず。
それがなぜ、私に聞こえたのだ。

素足のまま庭に出て天を仰いだ泰明の前に、突然、二人の人物が現れた。

「泰明よ、神子を探しても無駄じゃ」
「神子様は、龍神様の元にいらっしゃいます」

「お師匠、藤姫…なぜそのようなことを知っている」
「占いじゃ」
「占いです」

「私の夢の中で、龍神は私が神子にふさわしくないと言っていた。
私には何が足りないのだろう。
神子を取り戻すためには、どうしたらいい」

晴明は眉根を寄せた。
「難しいことだが、一つだけ方策がある。
龍神に力の証を見せるのじゃ。
さすれば龍神も、お前を神子にふさわしき男と認めてくれよう」
「そうか。やってみる」

「では、これを見よ、泰明」
そう言って晴明は、庭の奥を指さした。

暗闇をすかして見ると、それは泰明の家のものとは違う、古びた井戸。
三人はいつの間にか、泰明の家とは別の場所に来ていたのだった。

「ここは……現世と冥界の端境にある……六道の辻の寺だ。
私達が瞬時に移動したのは、お師匠の術か? 何も気配を感じなかったが」
「この晴明にはさしたることではない。
そして泰明よ、あの井戸は…」
藤姫が震える声で続けた。
「かつて小野篁公が、冥界と行き来する時に通ったという井戸…です」



















古井戸の底へと泰明は飛び降りた。
下へ下へと、底なしの闇の中を落ちていく。

――泰明よ、冥界には閻魔大王がいる。
その手にある笏を持ち帰れば、さしもの龍神も……

……お師匠の言葉とはいえ、疑問が残る。
だが、私には今、これより他に神子を取り戻す手立てを持たない。

――冥界の鬼には気をつけるのじゃぞ。
――神子様はきっと地上に帰りたいと思っていらっしゃるはず。
泰明殿、どうかご無事でお戻り下さい。

当然だ。
むざむざと龍神などに神子を渡すものか!
年に一度の逢瀬など、不吉極まる。

眼下に炎のゆらめきを見つけ、泰明はそこを目がけて着地した。


しかしその場所には、冥界の閻魔大王と眷属が待ち構えていたのだ。

「生者の分際で、我がまほろなる庭に落ちて来るとは許せぬ」

赤い束帯を纏った仮面の男が、不機嫌な声で言った。
アクラムにそっくりだが、「閻魔大王」と書かれた笏を手にしている。

「一応確認する。お前が手にしているのは閻魔大王の笏か」
「文字も読めぬ愚者に答える言葉など持たぬよ」

回りくどい言い方だが、要は肯定ということだ。
その点では分かりやすい。

「お館様、曲者は私が始末します」
隻眼の男が、太刀を構えてアクラムと泰明の間に立ちはだかった。
続いて、女と子供も前に出る。
「邪魔をおしでないよ、イクティダール! お館様はあたしが守るのさ」
「シリンこそ出しゃばるなよ!」
「子供は引っ込んでな、セフル!」
「二人ともよなさいか!」

お師匠が言っていたことは本当だ。確かに、冥界には鬼がいた。
だが、ここには争いに来たのではない。

「その笏を貸してほしい」
「いきなり降ってきて何を言うかと思えば、笑えぬ冗談だ」

回りくどい言い方だが、要は断っているということだ。
その点では分かりやすい。

「用がすんだら、すぐに返すと約束する」
「それほどに我が笏が欲しいなら、奪ってみるがいい」

回りくどくない言い方で、とても分かりやすい。

泰明は眼前の三人を一瞬でかわすと、
アクラムが身構えるよりも早く、その手から笏をするりと抜き取った。

「少しの間だけ、借りる」
泰明はそれだけ言うと、全速力で走り出す。

「お待ち!」
「笏返せ!」
「せめて借用書を置いていけ」

――そうだった。
このままではただの物盗りだ。

「これだ!」
泰明は落下しながら書いておいた証文を後ろに投げつけると、
かすかに見える光に向かって跳躍した。

「それはマロの笏じゃ〜〜返してたも〜〜〜」トテッ…
遠くで誰かが叫んで転んだ気配がしたが、
その時にはもう、泰明は冥界を離脱していた。



















「あ……」

泰明は絶句した。
周囲は一面の星の海。
目の前には滔々と天の川が流れている。

ここは……天界だ。
冥界から地上に戻ったはずが、行き過ぎてしまったのか。

――そうだ! 龍神が天にいるのなら、神子もここに!?

だがその時、遠くから聞きたくない声が聞こえてきた。

「あああーっ! あなたはー! みこさんのー! 家にいたー!
仏頂面の人じゃー! ないですかーっ!?」

いつぞやの夜、あかねと二人きりの所に降ってきた迷惑な若者だ。
勤めを怠けて義父の怒りに触れ、
妻とは一年に一度しか逢わせてもらえなくなった不吉の塊でもある。

しかし「人違いだ…」と言いかけて、泰明は気づいた。
あの若者は、あれでも一応天界の住人で、天帝の娘婿でもある。
神子と龍神について、何か知っているかもしれない。

「わあー、懐かしいなあー、私のこと、覚えてますよねー!」
若者は牛を引きながら、天の川に架かった橋を急ぎ足で渡ってくる。
「ンモ…ンモッ」
牛も従順にとっとこ若者についてくる。

だがその時、若者が足を滑らせた。
「うわっ!!!」

そしてそのまま橋から飛び出し、真っ逆さまに落ちていく。

















「どこまでも世話の焼ける…」
後を追って、泰明も天の川に飛び込んだ。

橋桁を思い切り蹴った勢いで、泰明はどんどん落ちていき、
ほどなくして、若者に追いついて胸ぐらをつかむことができた。

「あ、仏頂面の人♪ 助けに来てくれたんですね〜」
「神子を見ていないか」
「え? もしかして、みこさんを探してるんですか?」
「そうだ。天界には来ていないのか」
「みこさん、家出したのか〜。
あなた嫌われちゃったんですね、かわいそうに」
「違う!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
神子は龍神にさらわれたのだ」
「え? 龍さんに?」
「龍…さん…」
「う〜ん、ごめんなさい。
天帝とは管轄が違うから、よく分からないんです。
でも、龍さんはいい人だから、頼み事はすぐに聞いてくれますよ」
「本当か」
「ええ、世界中に散らばった七つの玉を集めれば、神龍さんはすぐに…」
「もういい!!」

泰明は体勢を入れ替えると、若者を勢いよく天上に押し戻した。
「うわっ!!!」
「ンモッ…」
若者は、後から来ていた牛に回収されて、天界に戻っていく。


後には、星の海に泰明一人が残った。

そして落ちて…いく。限りなく。

けれど地上はとても遠く、
泰明はただ落ち続けている。

「泰明、汝は何処に落ちたいか?」

突然、手の中の笏が言った。

つまらないことを尋ねる笏だ。
答えなら決まっている。

「神子のいる所だ」

「その願い…叶えよう」

刹那、笏が眩く光り、星の海が消えた。




「神子っ!!!!!」
眠っていた泰明はバッと跳ね起きた。

「……はい、泰明さん」
その傍らで、あかねが返事をする。
「神子……」
泰明はおそるおそるあかねに触れた。
「どうしたんですか、泰明さん」

神子だ……本当の…ここにいる、あたたかな神子だ。

「神子っ!!!」
「悪い夢でも…見たんですか?」
いきなり抱きしめられ、あかねは泰明の腕の中からくぐもった声で問う。

そうだ、悪夢だった。

そもそもあんな夢を見たのは――

「七夕の短冊に、悪い夢はみないように…って、お願い事を書きましょうか」

明日が七夕だからだ。

だが、不吉な物語がつきまとう行事でも、あかねが楽しんでいるなら、それでいい。
二人きりで過ごせる夜は、この上もなく幸せだ。

泰明はあかねの顔を仰向かせ、小さく微笑んで言った。

「邪魔が入らぬよう、結界は厳重に張っておく。
……問題ない」







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これまでいろいろと落ちてくる話を書いてきたので、
今回は誰が…と考え、
織姫? いっそのこと天帝?など思い巡らした結果、
いっぱい落ちる(笑)泰明さんの夢落ち話になりました。

遅刻ですが、七夕にちなんだお話のつもりです。

天の川から落ちたおっちょこちょいの若者は、
「星降る夜に」に出てきたオリキャラです。

小ネタも散りばめましたので、
気づいた所でくすっと笑ってもらえたなら嬉しいです。

2012.7.11 筆