青く晴れ渡った空の下、
有川家の屋根に、人の影がある。
かたり…と小さく瓦が鳴った。
「リズ先生、いらしていたのですか」
「敦盛か」
「すみません。お邪魔して…しまいました」
「待ちなさい、敦盛。
ここはよい気が巡り来る場所。お前も憩いに来たのだろう」
「はい」
「ならば私に気を遣うことはない。遠慮は無用だ」
「ありがとうございます、リズ先生」
穏やかな日射しの降り注ぐ屋根の上。
微風に吹かれて、沈黙の時間がゆるゆると流れていく。
だが、ふと気配を感じて二人は周りを見た。
「みぃ」
「猫か」
「にゃぉ」
「リズ先生、こっちにも」
「みぎゃ」
「にゃん」
「ずいぶんいるのだな」
「ふみゃ」
「なぁご」
「みゃぁおぅ」
たくさんの猫たちが、二人を遠巻きにして見つめている。
「囲まれた…。
一緒にひなたぼっこ…したいのだろうか。
それにしては…なついてこないが…」
「そのようだな。だが争う気配もない」
「…その…リズ先生と事を構えたらどうなるか…
猫にも…分かっているのでは」
その時
「みぎゃぎゃぎゃ!(それでも引き下がれぬ時がある!)」
きっぱりとした鳴き声がしたかと思うと
二人を取り囲んでいた猫たちが左右に分かれ、
その後ろから、青い首輪をした黒猫が歩み出てきた。
「引き下がれぬ、とはどういうことだ」
「リズ先生! 猫の言葉が…分かるのですか」
「うむ。この黒猫の言葉ならば、分かる」
「ななな、みぃみゃうにゃん(ここは猫の通り道だ)
にゃんにゃふみゅぅなぁご(天下の公道を塞ぐとは)
にゃ〜んにゃみゃふぅぅぅぅっ!(強そうな人間といえど許せぬ!)」
「何っ!?」
「リズ先生、猫は何と」
「↑のカッコの中を読みなさい」
「ここにいる猫たちは、この屋根を…通りたいのか」
「にゃん(その通りだ)
みぎゃ(だが、お前達を怖れて、誰も何も言い出せなかったのだ)」
「そうか、知らぬこととはいえ、お前達には迷惑をかけた。
謝罪する」
「す…すまない、猫たち」
黒猫は、立てていた尻尾を少し下ろした。
「みぃみぃ(躊躇うことなく自らの過ちを認めるとは、なかなかの器と見た)
にゃぁお(素直に反省したならこれ以上咎め立てはしない)
みゃっみゃっ(早々に立ち去るがいい)」
「うむ、そうしよう。
行こうか、敦盛。
私達は悪いことをしてしまったようにゃ」
「!?!? リズ先生、言葉が…
おかしにゃことに…にゃっていま…」
「……敦盛、お前もにゃ」
二人の様子を見て、黒猫が近づいて来た。
周囲の臭いを嗅いで、くんくんと鼻を鳴らす。
「にゃっ(猫の呪いの臭いがする)」
「呪い?」
「では、私達は猫の呪いで…このようにゃ言葉に…」
「ふみぃ(言葉だけではないぞ)
ふみゃ(この呪いは)
みゃ(人を猫に変えてしまうという怖ろしいものだ)
「……そ、そんにゃ…」
「その呪いを解く方法はにゃいのだろうか」
「みぃ(安心しろ。呪いはこの場所にかけられているだけだ)
みゅ(ここから立ち去ればすぐに治るだろう)
みょ(耳が生えてこないうちに、早く行くがいい)」
「感謝するにゃ…猫殿」
「礼を言う。お前は大将たる器を持った猫にゃ」
猫と呼ばれたとたんに、黒猫は毛を逆立てた。
「猫じゃない、かt」
ふっ
二人の姿が屋根から消えた。
黒猫が猫ではなく何なのか、それを知る術はもうない。