追儺の日・2010

この話は 「追儺の日」 「受難の日・2」と繋がっています。



「先生、節分が近いですね」
「早いものだ。神子と共に豆をまいたのが、つい昨日のように思えるが」
「今年も、先生と一緒にお豆をまきたいです」
期待をこめて、望美はリズヴァーンを見上げた。
しかし、いつもならば「望むままに」と言って微笑むのに、
リズヴァーンはかすかに眉根を寄せ、難しい顔をしている。

どうしたんだろう…。
私、何か悪いことしたのかな?
望美が不安になりかけた時、リズヴァーンはやっと口を開いた。

「神子、豆をまくことは問題ない。
しかし、豆まきを修行の一つと位置づけることは止めようと思う。
邪を祓い福を招きたいという思いは、心の内に強く念ずるに留めるのだ。
豆を投擲する際も、決して声を荒げてはならない」

「え…ええと…それってつまり、普通の豆まきですか」
「無論」

望美はぎくりとした。
「まさか…去年の豆まきに、ご近所からクレームが来た…とか」
「くれえむ? 確かに向こう三軒両隣から頂いた」
「うるさすぎたんですね…。
私がいけないのに、先生が文句を言われるなんて」

リズヴァーンは不思議そうな顔をした。
「いや、頂いたのは文句ではなく、くれえむの乗ったおいしいけえきだ。
神子も食べただろう?」
「…そういえば、あの頃、先生のお家にはケーキがたくさんあったような。
……って、クレームはクリームじゃなくて、苦情のことです。
で、ケーキと節分が関係あるんですか?」

「ケーキばかりではない。菓子折を持参した方もいた。
その際、皆、節分の一般的なしきたりについて丁寧に説明してくれた。
そして、来年はそのしきたりに従って下さいお願いします頼みます
と言い置いて帰っていったのだ」

「文句言う方が菓子折持参…ですか…
はっ!! もしかして、来たのは全員女性とか!?」
「うむ。おばあさんとおばさんと女の子を連れたお母さんと
若い娘さんと親戚のおばさん従姉妹等々に雌猫雌犬雌鸚哥も来た」
むかあああああっ!!!
「私が異国から来たので、この地の風習を誤解していると思ったのだろう。
申し訳ないので固辞したが、是非にと言われ、
次からは習わしに従う旨約束して、ありがたく頂戴した」
そういうことだったんですくあああああ!!!

「そういうことだ。
なので今年は、豆の付録についてくる鬼の面は装着しない」
「去年もそれは却下しました」

「虎柄の腰覆いも用意しない」
「それはちょっと残念かも…ううん…かなり残念かも…
うへへへへだったのに」
「神子、妄想するならもう少し目立たぬ色を使いなさい」
「はい…。あっ!そうだ!!」

急に大声をあげた望美に、リズヴァーンは心配そうに尋ねた。
「どうした、神子。宿題を忘れたのか?」
望美はぶんぶんと首を振る。
虎柄のうへへへが見られないのなら、 本物の虎を見に行きませんか?」

「虎? 昨年のほわいとでーにも見に行ったが?」
望美はにっこりした。
「テレビのニュースで知ったんですけど、
あの動物園で、虎の赤ちゃんが生まれたそうなんです。
双子で、二匹とも白いんですよ!」

「黄色い白虎から白虎が生まれたのか」
「今年は寅年ですし、行ってみませんか。
白虎の赤ちゃん、可愛いだろうな…」
「お前の望むままに、神子。
龍年と酉年と寅年があって玄武年はないが、行ってみよう」
「そういえばそうでした。何だか残念ですね」
「些細なことだ」




白い虎の赤ちゃんは、今や動物園で一番の人気者だ。

公募でテンちゃんとチィちゃんと名付けられた二匹の子虎は、
愛らしい仕草で、今日も来園者の目をくぎ付けにしている。

動物園のパンフに載っている「飼育員は見た!」というタイトルの観察レポによれば、
双子とはいえ、二匹は全く違う個性の持ち主だという。

曰く――
テンちゃんは賢く冷静。
日課を把握しているようで、体重計にも進んで乗り、
飼育員が目盛りを読み取るまでおとなしくしている。

曰く――
チィちゃんは気配り上手?
あまり仲の良くない父虎と母虎の間を行ったり来たりして、
二匹の仲を取り持っているようだ。


「きゃあああああ」
「可愛い〜〜〜」
「あっ、転んだ…」
「きゃ、こっち向いた」

来園者の熱い視線に応えるかのように、
二匹の子虎はオリの近くで遊んでいる。

「痛っ…。あんまり本気出してかじらないでよ〜。
じゃれてるところを見せるだけでいいんだから」
しっぽをかじられた子虎が、もう一匹の子虎に向かってみゃごと鳴いた。

鳴かれた方も、みゃぅと鳴き返す。
「もう少しまじめにやってくれないかな。
俺達を見に来てる人達がいるんだ。
開園時間中はせめてきちんと対応しないと」

「はあ〜疲れたよ。少し休まない?」
「オリの前には子供もいるんだ。がっかりさせたら悪いじゃないか」
「オレ達だって子供だよ〜」

その時、オリの奥でばしっという音がした。
二匹ははっとしてそちらを見て、次に決まり悪そうに目を逸らす。

母虎に近づいた父虎が、手ひどく拒否されて、
すごすごと引き返すところだったのだ。

「また母さんの虎パンチをまともに食らったんだな。
父さんもいいかげん避け方を覚えればいいのに」
「オレ、ちょっと行って父さんを慰めてくるよ」
「よせよ。こういうのって本虎同士の問題じゃないか。
放っておけばいいさ」
「ええ〜っ! そうなの?
でもさ、やっぱりみんなが仲よくしてる方がいいと思うんだけど。
オレ達がケンカしてたら、お客さんだって気を遣っちゃうでしょ」
「それもそうだな。じゃあ、俺も一緒に行くことにする」

二匹が、しょんぼりした父虎の元へ行こうとした時だ。

その男が、やって来た。

男の気を感じ取るなり、オリの隅で父虎が震え出し、
腹を上にしてごろりと横になった。
そして二匹に向かって吼える。
「お前達、さっさと逃げろ。
逃げられないなら、こうして父さんみたいにお腹を見せるんだ!」

父に言われるまでもなく、野生の勘が子虎たちに教えていた。
オリに近づいてくるのが、途方もなく強い男であることを。

だが子虎たちは怯まなかった。

「俺達は普通にしていよう」
「そうだね〜。人間はこっちには来られないし」
「目を逸らしたら負けなんだよな」
「うん、オレ、にらめっこなら負けないよ〜」

子虎たちの凝視など意に介さず、男はオリの前まで平然として足を運んだ。

と、男の隣で愛らしい声がした。
「わあ! やっぱり可愛い…」

二匹は男から同時に目を逸らし、一緒に来た少女を見つめた。

「ステキな…人だな」
「あ〜、可愛いなあ」

「ふふっ、虎さんたち、先生のこと見てますよ。
またなつかれちゃったのかな」
「いや、私からは視線を外したようだ。今は神子を見ている」
「そうなのかな…。だったらうれしいな」

「こっちを見てるみたいだな」
「あ〜、笑った♪ すごく嬉しそうだね」
「よし! じゃれあってみせよう!」
「もっと喜んでもらうんだね。
いいよ〜、オレ、張り切っちゃう。
かじられて痛くても、ガマンするよ〜」
「でもまずは、あの子に挨拶だよな」
「そうだね」

みゃぅぉ!
みゃぉん!

「きゃぁぁ〜〜! 可愛い!!」
「神子になついたようだな。
子供とはいえ、さすが白虎。侮りがたい」

「あんなに喜んで…仕方のない人だな」
「あ〜、オレもうだめ、降参」

ごろにゃ〜〜〜〜ん♪☆↑♪☆↑♪☆↑
二匹はお腹を上にして転がった。

「きゃ〜〜〜♪ 虎さん、可愛い〜〜」
「あのような仕草だけで、神子の心を捕らえるとは…。
やはり虎柄は有効なのだろうか

「俺、生まれてきてよかった」
「うん、オレも」



しかし、至福の時はすぐに終わり、男と少女は去っていった。
残された二匹は並んで、歩いていく二人を見送る。

「なんであんなおっさんがあんなに素敵な人と一緒にいるんだ」
「いいなあ、憧れちゃうよね、ああいうのって」

と、二匹の後ろに父がやって来た。
男が去ると同時に、虎としての威厳を取り戻したのだ。
父虎はオリの向こうを遠い目で見やり、厳かに言った。

「強いオスは全てを手に入れる。
これが自然界の掟だ」
そして、力強く咆哮する。

二匹は父を見上げた。
「父さん、俺、強くなります!」
「オレもがんばっちゃおうかな〜」

父虎は重々しく頷く。
「よし、では二人とも父さんを見習って……って、おい!」

二匹の子虎は、ちょこちょこと母虎の元に走っていく。
「母さん! 教えてほしいんだ」
「強くなるにはどうしたらいいのかな」







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節分にからめたギャグでした。
タイトルの下にある通り、 昨年アップした
節分SS「追儺の日」とホワイトデーSS「受難の日・2」を前提にして作ったお話です。
単独でも読めますが、意味不明な部分が多いと思いますので、
よろしければ上記2編も読んでみて下さいませ。

ともあれ、気楽に笑ってお読みいただけたなら、とてもうれしいです。


2010.01.30 筆