しきがみの つとめ

(泰明×あかね・京エンド後)
「はじめてのおてつだい」の数日後の話です



式神の務めは、自分の身に代えても、主の命令を果たすこと。

小さなお手伝い式神もその例外ではなく、
「その日」は、思いがけず早くやって来たのだった。



「おそうじ せっせ せっせ」
小さな泰明型の式神は、今日も朝からくるくると休みなく働いている。

「式神さん、私の風邪はもう治りましたから、一緒にお掃除しましょう」
あかねが声をかけると、式神はぽっと頬を染めた。
「みこと いっしょに……おそうじ……」

しかし、すぐにふるふるとアタマを振る。
「『神子、まだ無理はするな』と やすあきが いっていた。
だから だめだ。
いえの しごとは わたしが やる。
そのために わたしは つくられた」


式神はそう言って、また忙しく床を拭き始めた。

「ありがとう、式神さん。じゃあ、お言葉に甘えるね。
でも、あなたも無理はしないで」
あかねはにっこり笑った。

「みこ…… みこは やさしい」
式神の動きが、さらにスピードアップする。



あかねが部屋に戻ると、
「みずくみ ちゃぷちゃぷ」
式神は手桶を持って外に出た。

しかし急にその動きが止まる。

式神は門にへばりついて外の気配を窺い、
次の瞬間、手桶を放り出して家に走り込んだ。

――「その日」が、来たのだ。

まちがいない。
やすあきが わたしに めいじたのは このことだ。
「あれ」が くる。
みこを まもらなければ。

式神は甲高い声を張り上げた。
「みこ! きてほしい!」

「どこにいるの、式神さん?」
「やすあきが しごとをする へやだ!」

「式神さん、大丈夫!?」
泰明の部屋には、様々な陰陽道具の他に、侵入者を阻む術も施されている。
泰明が仕掛けた罠にはまったのではと、あかねは慌ててやって来た。

式神は、部屋の中央にちょこんと正座してあかねを迎えた。

「みこ わたしは だいじょうぶだ」
「ああ、よかった。じゃあ、私を呼んだのは別の用なのね」
「そうだ みこ わたしの はなを おせ」
「え……? 式神さんの鼻を?」
「はやくしろ みこ」
「でも、鼻を押したら式神さんは元の札に……」
「もんだい ない」

式神の真剣さは、あかねに伝わった。
あかねは式神の前に座ると、ぽちっ……と、丸い鼻を押した。

そのとたん、 うぃぃん! と音を立てて式神の姿が変わる。

小さい、点点の目をした泰明の形から、
小さい、点点の目をしたあかねの形になったのだ。
「え? 式神さん……なぜ……私?」

「よし みこに みえるなら せいこうだ」
式神はぴょこんと立ち上がると、
あっけにとられたあかねを残し、そのまま部屋を走り出た。

「待って! どうしたの? なぜ私のかっこうに?」

しかし、式神は素早く扉を閉めた。
続けて、うんと背伸びをして閂を掛ける。

あかねは、どんどんと扉を叩いた
「式神さん! ここから出して!!」
「みこ すまない わたしに できることは これだけだ」

「………どういう、ことなの?」
「みこを まもる ためだ。
みこは ここに いろ。
やすあきの まじないで あんぜんだ」


「私を守る……って、危険なことがあるの?
だったら、式神さんもここに一緒にいれば」
「だめだ しきがみの つとめは じぶんを まもることではない」

「もしかして式神さんは、自分を犠牲にしようとしているの?
そんなことしないで!!」
「わたしは たたかうすべを もたないが
それでも できることは ある。
みじかい あいだ だったが
………ありがとう みこ」


「式神さん!!」

あかねの声を背に聞きながら、式神は再び庭に飛び出した。

「あれ」が、門を開いて入ってくる。

式神は大声で叫んだ。
「わたしが  みこだ!  みこよ!
わたしは   ここにいるぞ!  ここにいるわ!」





――式神さん、私の振りをして囮になるつもり?
それって……………ムリだよ。
こんなことで自分を犠牲にするなんて、絶対にだめ!!
何があったのか分からないけど、式神さんを助けないと……。

あかねは激しく扉を叩くが、どんなに力を込めても、扉はびくともしない。

「式神さん! 式神さん!!」

     おそうじ せっせ せっせ

さっきまで、あんなに楽しそうに働いていたのに……。

     みこ だいじょうぶか
      みこ おでこ こつん


一生懸命看病してくれたのに……。

     おりょうり みこに おいしい おりょうり
      みこ げんきになれ
      みこのびょうき はやくよくなれ


お友達になったばかりなのに………。

涙が出そうになって、あかねは眼をごしごしこすった。
泣いたって、式神さんは助からない。
叩いてもだめなら、扉を壊そう。

「泰明さん、ごめんなさい!!!」
あかねは文机を持ち上げると、扉の前に立った。
そして、大きく振りかぶって扉にぶつけようとしたその時だ。

閂がごとりと外され、扉が開き、雅な侍従の香が漂う。

「神子殿、そこにいるのだね」
「と……友雅さん!?」

一瞬めんくらった顔をした友雅だったが、
すぐに事態を察したようだ。
「その机は下ろしてもいいのではないかな」

「は……はい!」
あかねは慌てて文机を床に置いた。
「ごめんなさい、友雅さん。
もう少しで大変なことをしてしまうところでした」

「なに、気にすることはないよ。
神子殿の勇ましい姿を見ることができたのだから、
来た甲斐があったというものだ。
ところで………これなのだが……」

そう言って友雅は、袖を持ち上げた。
くるくると巻かれて、中で何かが激しく動いている。

「暴れるので、少しおとなしくしてもらったのだが」
「あっ!! もしかして……」

友雅が腕を一振りすると袖はするりと解け、
中から見覚えのある姿が現れた。

「うぃうぉ うぁうぁう うぃうぇうぉ!(みこ はやく にげろ!)」
あかねのかっこうをした泰明の式神が、
友雅の袖にかぷっと噛みついたまま、手足をじたばたさせている。

「自分が神子殿だと言い張ってきかないのだが、
どうしたものか………」
「友雅さんを危険な人だと勘違いしたみたいですね」
「ふふっ、安全な男と思われるより、悪い気はしないよ」

「うぃうぉ うぉうぁううぁ うぃうぇんうぁ!(みこ こやつは きけんだ)
うぉうぇうぉ うぃうぉ!(これを みろ!)」

式神は、懐から小さく畳まれた書き付けを取り出した。

そこには、こう書かれていた。

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にんそうがき

へ   へ
の   の
  も       ×5
  へ


この はっけに ぴんと きたら みこを まもれ
そん  り  けん  だ ←とくに きけん  かん
-----------------------------------------------





夕暮れの空を、烏が鳴きながら飛んでいく。

その声を聞きながら、泰明と式神は庭石の上で膝を抱えていた。

「神子は、なぜ怒っている」
「やすあきが いけない」
「私は神子に悪しきことなどしない」
「わたしも しない」
「よくわからない」
「わからない」
しょんぼり……
しょんぼり

かぁ〜〜〜〜くゎぁ〜〜〜〜

庭木に降り立った烏が、ひときわ大きな声でのんびりと鳴いた。






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しょんぼりな二人ですが、しばらくしたら……。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「二人とも、反省しましたか?」
「神子、すまなかった!」
「みこ すまなかった!」

「じゃあ、ご飯にしましょうか。
二人のおかげで元気になれたから、
うんとがんばって作ったんですよ」
ぽっ「ありがとう、神子」
ぽっ「ありがとう みこ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

冒頭にも注意書きをしましたが、
泰明型パ○マン的スペックの式神は、 「はじめてのおてつだい」が初出です。
「美しきもの」にも、ちょっと顔を出していますので、
よろしければそちらもどうぞ。


2013.11.23 筆