帰り道

(泰明×あかね・京エンド後)


「泰明さん、お誕生日おめでとうございます。
今夜は二人でお祝いをしましょう。
ご馳走もがんばって作っておきますね」

ぽっ…
「ありがとう、神子。陰陽寮の仕事を終えたら、すぐに帰宅する」
「はい、待っています。いってらっしゃい、泰明さん」
「行ってくる」

ちゅ……

泰明は幸せな気持ちで仕事に出向いた。
今夜はあかねと二人、静かで特別甘い時を過ごせる。

………はずだったが、どうしてこうなるのか。



陰陽寮を退出しようとした時、泰明は突然安倍家から呼び出された。

そして、頭痛歯痛腹痛腰痛で動けなくなった兄弟子の代わりに
怨霊調伏の手伝いに駆り出されてしまったのだ。

とにかく、さっさとすませるしかない。
泰明は不機嫌な顔で固く決意した。
――最もまずい時期に暴れ出した怨霊は許せない。
全力で調伏する。

泰明の本気は、兄弟子達とは桁違いだ。
なので調伏自体は驚異的な早さで進んでいくのだが…しかし…

泰明のいつも以上に無愛想な表情と全身から放たれる殺気に、
依頼主の子供が泣き出したり
屋敷の主が腰を抜かしたり
怨霊が怖がって一斉に隠れてしまったために、
探すのに大層な時間がかかったり
家中の建具ががたがた鳴り出したりで、
思いの外時間がかかってしまった。

秋の日は短い。
とある貴族の屋敷で最後の調伏を終え、怨霊の残した穢れを祓い、
鬼門に結界を施した時には、とっぷりと日が暮れていた。

『神子、調伏が終わった。これで帰れる』
あかねへの伝言を託して、泰明は小鳥の式神を空に放った。
しかしその時――
小鳥と入れ替わるように、白鷺が泰明達の前にふわりと舞い降りた。
安倍家の弟子ならば誰もがその正体を知っている。
安倍晴明の式神だ。

白鷺は羽を広げて晴明の言葉を伝えた。
「西堀河の橋に怨霊が出た。すぐに行って……云々」

「走れ!!」
泰明の声に、兄弟子達はびくんと震えると一斉に駆け出す。
泰明自身はと言えば、走り出すと同時にぐんぐんと速度を上げ、
遙か後方に兄弟子達を置き去りにして行ってしまった。

「ぜーぜー」
「はーはー」
「ひーひー」
そして、兄弟子達がやっと件の橋に辿り着いた時には
月明かりを背に、泰明は橋のたもとに一人立っていた。

「遅いぞ。もう終わった」
「ふぇぇぇぇ」
くたくたへなへなとその場に倒れ込もうとした兄弟子達は、
泰明に襟首の後ろをぐいと掴んで引き起こされる。

「立ち止まっている暇はない。早くお師匠に報告しなければ。
安倍家に戻るまでが調伏だ」
「それはそうだけど…」
「ねえ、もう少し休ん…」
「いっちゃったよ、泰明……」

しゅたたたたたたっっっっ!!!!
ひぃひぃひぃひぃひぃひぃ…………



今度こそ務めを終え、泰明は安倍家の屋敷から出た。
見上げれば、満月を翌日に控えた丸い月は、もう東の空高く上がっている。

――神子、遅れてすまない。
急いで帰る。

京の夜道を、泰明は全速力で駆け抜けた。
家までの最短距離を行くのだ。

女性の元に通う牛車を跳び越え、
路上で起きた乱闘を蹴散らして只中を通り、
うっかり出てきた怨霊を吹き飛ばし、
やっと家のある小路に辿り着く。

と、その時だ。

泰明の前にガラの悪い男が五人、立ち塞がった。
「おい、命が惜しかったら身ぐるみ脱いで置いていきな」
「きれいな格好してるな。何かいーもの持っ……」
「うわっ!!」

不穏な気配に身構える前に、男達は見えない力に足を取られて尻餅をついた。
「なっ…ななんだよ、この野郎…」
「つけあがるんじゃ…ねえぞ」
地べたから威嚇するが、声が震えている。

泰明は無言のまま、指先をほんの少し動かした。
と、空中に青白い狐火が現れ、
不機嫌さが頂点に達した泰明の顔を、下からゆらゆらと照らし出す。

「ひいいいいいいいいっ!!!!!」
「助けて下さいっ!!!!」
「ごめんなさい!!!!!」
「もうしません!!!!」
「怖いよう〜〜〜!!」

男達は我先にと逃げ出した。

――これでやっと帰れる。
もう邪魔者は出ないはずだ。

泰明が家の門に手をかけた時、
















夜空から叫び声と一緒に「何か」が降ってきた。
と、間髪入れず、泰明の手から、天に向かって凄まじい気が放たれる。

「不吉退散!!!」
カキーーン!!

「何か」は見事に弾き返され、
















夜空に消えていった。



「おかえりなさい、泰明さん」
月明かりの中、あかねは庭に出て待っていてくれた。

ぽっ…
朝の光の中でも、夜の月に淡く照らされても、
神子は愛らしく美しい。

「今帰った、神子。
約束を違えてすまなかった」

あかねはにっこり笑ってかぶりを振る。
そして、胸元に組んでいた手を開き、
「はい、これをどうぞ」と言って、
泰明に掌ほどの大きさの淡香の紙を手渡した。

そこには、両端に二人の名前が横倒しで書かれていて、
中央には単純な形をした紋様が並んでいる。

泰明は小さく首を傾げた。
「神子、私達の名前が分かたれているうえに、文字の向きも違う。
これは何かのまじないか」

「いいえ、これはバースデーカードって言うんです。
紙を横にして読んで下さい」

――――――――――
 泰明さんへ   
         
 HAPPY BIRTHDAY !
         
 あかねより   
――――――――――

「左から右に読むのか? 変わった文字の並び方だ」
「私の世界では、こういう書き方もあるんですよ。
それで、真ん中に書いてあるのは、
お誕生日おめでとうございます、という意味の外国の言葉です」

「では、この札には神子の寿ぎの心がこめられているのか?」
「はい! だって今日は泰明さんのお誕生日ですから」

「神子…ありがとう。
私達の真名は分かたれているのではなく
寿ぎのあたたかな思いで結ばれているのか」
あかねはこくりと頷いた。

泰明の手に、「ばあすでえかあど」から、
やさしいぬくもりが伝わってくる。

ほっそりと柔らかな筆の線を、泰明はそっと指でなぞった。
「神子の名の形は美しい」

そしてあかねを抱き寄せ、耳元に唇を寄せてその名を呼ぶ。
「あかね……言霊となる時も、お前の名はやさしく美しい」

あかねが真っ赤になるのが分かった。
触れるほどに近づいた頬に、熱が伝わってくる。

「神子……」
小さく何かをささやいて、泰明はあかねを抱え上げた。

月は中天近くに上がっているが、秋の夜は長い。

二人だけの特別な夜は、これから始まる。






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泰明さんお誕生日おめでとうSSでした。
「あやかしの辻」のガジェットをひっくり返したら、
少し甘い感じになりました。なってるといいなあ。

遅刻ですけれど、一生懸命書きましたので、
少しでも楽しく読んで頂けるとうれしいです。

なお、空から降ってくる「何か」の正体は、
「星降る夜に」 「小望月の夜に」 などに出てきます。


以下、ちょっとおまけです。

翌日

@泰明の家
「神子、この『ばあすでえかあど』という札の力はとても強いと分かった」
「え? ただのカード…だと思うんですけど」
「いや。この札に触れるだけで、私の中に力が満ちてくる。
どのような陰陽の力よりも強い、守り札だ。
これからは護符の代わりに持ち歩こうと思う」

@安倍家
「泰明、変わった護符を持っているな。
お前の気に見事に添うている。
どのように作ったのか、見せてみよ」
「お師匠の命令でも、それだけはだめだ。
この守り札は誰にも見せないし教えない」
「いや、もうよい。
それだけで丸わかりじゃ。
神子殿が関わっているのであろう」
「やはりお師匠はすごい」
「お前の分かりやすさの方がすごいのだぞ、泰明」


2011.9.17 筆