夢喰観音・フクシュウ編 後編

泰明×あかね短編「夢喰観音」の話から数ヶ月後の
京ED後背景です。




私は陰陽師。
まだ二歳とも言われているが、それは違う。
もう二十一歳で一人前の大人だ。

挨拶は不要だろう。取り込み中だ。

今、私の夢を喰おうとした子バクを捕らえたところだ。
単なる夢ならば、放っておくところだが――

「きっ!き…きぃ!(何するんだ、おいらを放せ)」
「だめだ」
「ききき(おいら、悪いバクじゃないよ)」
「私の楽しい夢を邪魔しておいて、悪くないと言い張るのか」
「きぃきぃ!!(悪くないもん!!)」
「ん? 私の言っていることが分かるのか」
「きぃんっん!(えっへん!)
きききっきぃ!(デンセツの長老様を見習って勉強したんだい!)」

「どうしたんですか、泰明さん」

いけない! 神子を目覚めさせてしまった。
眠いのだろう。眼をこすっている。
愛らしい寝顔が、愛らしい寝ぼけ眼になった。

か…可愛い。
「きゅ…きゅん(か…可愛い)」
むっ!

「お前のような子供に、神子の愛らしさが分かるものか」
「きぃききき(わかるもん)」
「分からない」
「きぃき(わかる)」
「分からない!」
「きぃき!(わかる!)」
「絶っ対! 分からない!!」
「きっきぃき!!(ゼッッタイ! わかる!!)」

「きゃああああっ!」
はっ、いけない。
神子がこいつを見て悲鳴を上げてしまった。
安心させてあげなければ。

「神子、こんな子バクに手出しはさ「可愛い〜〜〜♪」

へ?
飛び起きるなり私の手から子バクを取り上げるとは、
どういうつもりだというよりこいつがかわいいだと!?

「わあ、小さなバクちゃん♪」
すりすりすり
「ピンクのふわふわアフロで可愛い〜」
「神子、だめだ、そんなやつに頬ずりしては!!」

ぼっぼぼぼぼ!!
「きゅんきゅん」
すりすりすり
「お前から頬ずりするとは、許せぬぞ、子バク!」

「きゅきゅぅん(おねえさん、陰陽師が怖いよう)」
はしっ!
み…神子にしがみつくな!!!

「泰明さん、子バクちゃんが怯えてます」
「きゅぅん、きゅきゅ(おねえさん、おいら悪いバクじゃないよ。信じて)」
「いや、悪いバクに決まっている。
このいかがわしい毛色だけで、十分怪しい」
「ききき〜き(こんな色になったのも、毛がバクハツしたのも、お前の夢のせいだ)」
「私の夢のせいで、そのいかがわしい桃色に変色した上に、
体毛まで爆発したというのか?」
「きぃきっきっき!(この色は、お前の夢の色に染まっただけだい!)」
「私の夢が、こういう色?
よく分からない。私は神子の夢を見ていただけだ。
いかがわしいはずがない」

「泰明さん」
ん? 神子の眼が、心なしかこわい。
「子バクちゃんに、どんな夢を見せたんですか」
「見せたのではない、こいつが勝手に覗いたのだ」
「ちゃんと答えて下さい」
「神子の夢だ……ぽっ
「私の?」
「そうだ、めったに見られない貴重な夢だった。
それを、こいつが邪魔したのだ」
ぎろっ!
「きゅきゅぅん(おねえさん、陰陽師が怖いよう)」
はしっ!
だから、神子にしがみつくな!!!

「泰明さん、子バクちゃんがピンクアフロになってしまう夢って、
まさか……」

ぴんくあふろとは、桃色体毛爆発状態のことだろうか。
確認したいが、神子の顔が強張っている。
聞き返したら、叱られるかもしれない。
とにかく、神子の問いに早く答なければ。

「××××で××の神子が××とても愛らしい×××……」
……どうしたのだろう。
神子の顔がどんどん赤くなっていく。
もう耳まで真っ赤だ。

「や…やっ…泰明さん…」
「神子、熱があるのか」

「泰明さんのエッチ!」

きょとん…

「えっち?
私は、そのようなものは持っていないが」

ぷいっ! くるっ!
あ……背中を向けてしまった。

知らないものは、すぐには出せないのだが…。
もしかして、式神とか札の別名なのだろうか。

「神子? 私のえっちとはどういうものか?」

ぷいっ!
振り向いてくれないのか…神子。

「神子がそれほどにえっちを所望なら、私は…」

「泰明さんのばかぁ…」

むぎゅっ! ぼわっ!

神子、早くそいつを放せ!!!
バクだろうと人間だろうと、子供を甘やかすのはよくない!!

ん? 待て。
神子は今、何と言った?

愛らしい声で、『泰明さんのばかぁ』と……

神子は私に不満を訴える時、この言葉を使う。

この場合、ばかぁは私の持ち物ではなく、私自身を指す。

今も同じではないだろうか。

だとすれば……『泰明さんのえっち』とは

私がえっちである、という意味だ。

状況的に、えっちとばかぁは同種の言葉と類推できる。

ということは、神子は私を非難しているのだ。

それも、背中を向けてぷいっとするほどに。

!!!!!!!!……………

「神子、私がえっちであるから怒ったのか」
「当たり前です」
「謝る」
「謝ってすむことじゃないです」
「えっちとはそんなに悪いことなのか」
「子供に覗かれて困るような夢を見るのがいけないんです!!」

「神子……それは無茶だと思う」

「無茶でもだめです!!」
むぎゅっ! ぼわっ!

「神子……
子バクなどではなく、私をむぎゅううううっと……」

「泰明さんのばか!!」
むぎゅむぎゅっ! ぼわぼわぼわっ!!!
「きゅぃぃぃ(むぐぐぐ)」
「あら? 子バクちゃん、どうしたの?」
「きゅぃん(おねえさんのムネが…)」
「ごめんね、苦しかった?」
「きゅぅ(シアワセだった)」

何がきゅぅかっこシアワセだったかっことじだ。
神子が…神子があんなに優しく子バクを……

そうか!!
これは悪夢だ。
悪夢に違いない!!

ならば、唯一の解決手段を取るまで!!

だだだだだっ!!

「泰明さん?」

むんずっ!
「神子から離れろ!!」
べりべりべりっ!!!
「きききぃ!!(やだよぉ!!)」
「泰明さん、子バクちゃんに乱暴は止めて!!」

「乱暴などしない。
仕事の依頼だ」
「え?」
「き?」

「バク、私の悪夢を喰え!」
「きぃ〜? (なぁに〜?)」

む…こいつ…いきなりふんぞり返った。
生意気な態度だ。

「この状況は悪夢に間違いない。
今すぐ、きれいさっぱり隅から隅まで余すところなく
私の悪夢を全部喰え!!」

あ…今度は鼻を鳴らした。
「きっきっききゅ? (それがバクにモノを頼むタイドか?)」

完全に足元を見られている。
とことん説教したいが、悪夢の始末が先だ。

「私の悪夢を喰えと言ったら喰え」

「き〜き〜き〜(なあに? 聞こえな〜い)」

このっ……っっっ…っ
「わたしのゆめをくってくださいこれでいいか」

「きゅわぁぁぁぁ!!!
(やった! 長老様、見てますか!?
おいら、ついにキョウアクな陰陽師をクップクさせました!!)」


☆…☆…☆…☆  こうして、獏の郷からやって来た子バクは、 ☆…☆…☆…☆
☆…☆…☆…☆  キョウアクな陰陽師を困らせることに成功し、 ☆…☆…☆…☆
☆…☆…☆…☆  みごとに長老様のカタキを討ちました。 ☆…☆…☆…☆

☆…☆…☆…☆  めでたしめでたし!!! ☆…☆…☆…☆



    






しばしの後―――

子バクが現れた理由を知ったあかねは怒りをおさめ、
膝に乗せた子バクの背を撫でながら、
「長老様」のことを静かに話して聞かせていた。
その前で、泰明はちんまりと座っている。

「……ということがあったの」
「きゅ〜〜〜〜〜、(ふぇぇ〜〜ん、長老様〜〜〜)
「分かったなら、さっさと神子の膝から下りろ」
「きゅ〜〜〜〜ん、(ふぇぇ〜〜ん、おねえさん〜〜)」
「お母さんが心配してるんでしょう?
早く帰って、立派に『かたき討ち』をしたって報告すれば、
きっとみんな喜ぶと思うな」
「きゅん、きゅぃきゅぅ(そうだね。じゃあおいら、もう帰るよ)」
「それがいいとてもいい」
「きゅ?(また遊びに来てもいい?)」
「遊びに来るなど以ての外だ」「遊びに来てくれるの? もちろんいいよ」
「きゅ〜い、きゅぅっ♪(わ〜い、ありがとう、また来るねっ♪)」
「子供は自分に都合のいいことしか聞こえないのか」

子バクは小さな鼻を上に向けてひくひくと動かした。
すると、空中にぽっかりと穴が開く。
獏の世界に通じる通り道だ。

子バクはぴょんと穴に飛びつくと、
もぞもぞばたばたと足を動かして頭から中に入った。
そして器用に一回転すると、
穴からひょこっと首を出して下瞼を持ち上げる。

「きゅぅぅぅん♪ (優しいおねえさん!! さようなら、またね)」
「元気でね、子バクちゃん」



獏の穴が消えていくのを見送りながら、泰明は言った。
「神子、子供は甘やかすときりがない」

「そうですね」
あかねは、くすっと笑う。

「私は何かおかしなことを言ったか?」
「いいえ」
「神子はもう、怒っていないか?」
「はい」
「では、怒りの理由を教えてほしい。
過ちがあったなら改めたい」

あかねは再び頬を赤らめるが、
笑顔のまま、ふるふると首を振って言った。
「いいんです。夢に八つ当たりしても仕方ないですよね。
泰明さんには全然悪気なんてないんですから」

「当然だ。私には、神子が一番大切だ。
目覚めている時も、夢の中でも」
あかねの頬がさらに上気する。

「さあ、もう夜も遅いですから、早く寝ましょう」
「神子、その前に……」
「?」

「私のことを…怒っていないなら……」
泰明は、あかねの眼を見つめながら
そろそろと身体を傾けていき、
あかねの膝にちょこんと頭を乗せた。
「こうしていいか」

真剣な眼で自分を見上げている泰明に、
あかねは頬を染めてこくんと頷く。

泰明の顔に、ほっとしたような笑みが浮かんだ。
結っていない髪が、あかねの膝からこぼれて流れ落ちる。
そして
「こうしても…いいか」
身体の向きをかえて、泰明はあかねに腕を回した。

「泰明さんは本当に……甘やかすときりがないです」
「神子、私は子供ではない」
「はい。泰明さんは私の大切…な………」

途切れた夢の続きが、途切れた言葉の先に紡がれていく。


今度こそ完





夢喰観音 フクシュウ編 第1話
夢喰観音 第1話

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泰明さんvs子バク。
まるで子供のケンカです。
あ、どっちも子供か。


さて、元気よく帰っていった子バクの
その後のお話があります。
短いですが、泰明さんとあかねちゃんも登場しますので、
よろしければこちらからどうぞ。
タイトルは「夢の片隅」です。


2011.03.05 筆