幸せの証 3

景時×望美 無印ED後



銃を構えたまま、「景時」は身振りで望美が抱えている壺を指した。
「この壺を置いていけってこと?」
「景時」は頷き、眼の前の銃口が小さく動く。

しかし望美は「景時」をにらみ返すと、
銃を構えた姿を上から下まで検分した。

一見したところでは、確かに景時にそっくりだ。
顔は似ている。髪型もよく真似している。
装束も装身具も、まあ実物に近い。
しかし……

「景時さん」
望美が呼びかけると、「景時」は奇妙な声を出した。
「え…、知り合い?」

次の瞬間、望美の右拳が唸りを上げ、
「景時」の腹をえぐりこむように打った。

ぽんっ! とおかしな音がする。

「このニセ者っ!
景時さんは、あなたみたいなモブ声じゃない!
それに、お腹は出しているけど、出てはいない!!」

ぽんっと鳴った「景時」のお腹は、まだふるふると揺れている。
「腹の出た装束って、お腹が見えてるってことじゃなくて、
お腹がぽよんと出てるってことだったのっ!!?」

「ひぃ〜〜! い…いよ。……かないで〜〜」
「景時」は悲鳴を上げた。

「問答無用っ!! それに、何なのっ! この陰陽銃は。
飾りはダサいし、銃口の大きさも違う!」
望美は左手でニセ景時の銃をつかむと
相手の手から捻り取り、地面に投げ捨てた。
そのとたん、「痛っ…コンッ!」
銃が悲鳴を上げる。

「え? 何?」
望美は驚いて銃を見た。
その時、自分の両手が空いていることに気づく。

「つ…つぼ…っ…金目の壺が!!」
ニセ景時に攻撃を加える時、怒りのあまり無意識に放り投げていたようだ。

わっ! どうしよう…!!

慌てて周囲を見回すと、草むらに落ちた壺が、
地面から僅かに浮かんでゆらゆら揺れていた。

そして…
「あぶなかったね〜。このつぼ、たかいんだよ〜」
壺の下から小さな声がする。

ぎこちない話し方だが、望美にはすぐに分かった。
「景時さん!?」
「うん、そうだよ。いまはしきがみのくちをかりているけどね」

その言葉の通り、草の中では
小さなサンショウウオが仰向けで四肢を踏ん張り、下から壺を支えている。

「もしかして、景時さんも犯人を捜していたんですか」
「のぞみちゃんも? しんぱいかけてごめん…」
「そんな…景時さんのためですから」
「ありがとう、のぞみちゃ…あ! あぶないっ!!」

サンショウウオが、ぴょ〜んと高く跳ね飛んだ。
そして望美の肩を飛び越し、ニセ景時の顔に張り付く。

「わわわっ」
銃を拾い上げて望美を撃とうとしていたニセ景時は、
驚いて尻餅をついた。

「よくものぞみちゃんに! ええい、かじっちゃうぞ」
「よくも景時さんに罪を着せたわね! 覚悟しなさい!」
「ひいい〜…すけて〜」

その時、望美の背後で足音がした。

「ニセ者を捕らえたんですね。さすがです、望美さん」
振り返ると、壺を手にした弁慶がいる。

「べんけい! きてたの」
「弁慶さん! その壺…」
「ええ、サンショウウオが君をかばって飛び出した時に、
何とも無造作に投げ捨てたものですよ。
僕が空中で受け止めていなかったら今頃は、どうなっていたでしょうね」
「ううう…すっかり忘れてました。ありがとうございます、弁慶さん」
「いけない人ですね。人からの預かり物は大切にしなくては」
「反省してます」
「おれもはんせいしてる」

「いいんですよ。それより今は、そこの奴らです」
「奴ら?」
「ええ、ニセ景時とニセ陰陽銃のことですよ」
その言葉を聞いたとたん、銃ががたがたと震え出した。

「……すけて…」
と、ニセ景時。
「お…お許しを…コン」
と、ニセ陰陽銃。

しかし、望美はきっぱりと言った。
「口先だけで謝ってもだめ。
隙をみて逃げ出すつもりじゃないの?」

「人をう…がうなんて、ひどい。でも」
「その通りだ! コンコン!!」
ニセ景時は、ニセ陰陽銃をつかみ、身を翻して逃げ出した。

「逃がしませんっ!」
ぶんっ!!! と、弁慶の手から壺が飛ぶ。

がこ〜〜〜〜〜ん!
壺は見事にニセ景時に当たり、
そのままの勢いで地面に落ちた。

「きゃああああっ!! 弁償!!」
望美が両手で顔を覆った瞬間、
何者かが両手を伸ばし、壺に向かって頭から突っ込んだ。

望美が聞いたのは、壺の壊れる音ではなく…
「嫌な予感がしたから来てみれば…やはり」
捨て身で壺を救った九郎の苦々しい声。

「ちょうどいい頃合いに現れましたね、九郎」
「待て、弁慶。そういうことではな 「犯人を捕まえたんです。
九郎さんも一緒に、検非違使庁まで連行して下さい」
「何っ! 本当か!?」

こうして九郎は壺の件で煙に巻かれ、
ニセ景時とニセ陰陽銃はみんなに取り囲まれ、
観念して正体を現した。





しばしの後……、
怨霊の豆狸ときつねが身を縮ませ、
望美に向かってピョコピョコと頭を下げている。

「お、お見それしまし…っ!!!」
「白龍の姐御とはつゆ知らず、数々の無礼、どうかお許しをコ〜〜ン!!」
「どうか見逃してく…゛さい! おいらもう、悪いことはしませんから」
「姐さん、どうか許して下せえ。盗ったものは全部返しやすからコンコン!!」

「盗品は無事なんだね」
「こっそり埋めてあります」
「案内してくれる?」
「もちろんです、姐さんコンコン」
「おいら…ちには、役に……ないものばかり…゛から」
「だったらさ〜、どうしてとったりしたの?」
「それは……」

豆狸ときつねが語ったことには――

人間たちの戦のせいで、京の街に新参者の怨霊武者が現れ、
数を頼みに大きな顔をしてのさばるようになった。
古くから棲み着いていた怨霊たちは、
彼らが一暴れする時には必ず駆り出され、
所構わず出没させられたという。

それを嫌って、豆狸たちは先祖のいた松尾の地に引っ込んだが、
京の街中に留まっていたきつねの仲間は、
とばっちりを食らって封印された者も多数いるそうだ。

「仲間が消えたのは悲しいが、
姐さんは怨霊武者共も片ッ端から封印して回ってましたから、
その強さには、心から感服していやした、コン…」

やがて戦が終わり、怨霊武者がいなくなったので、
古くからの怨霊たちは、京の街に戻ろうとした。
ところが…

「街いっぱいに、清浄な気が流れてい…んです。
すっかり明るくなっちゃって、おいら…ちの居場所はどこにもなく」
「こうなったら、人をおどかして街を混乱に陥れ、
一気に京の街を征服するしかねえってことでコンコン!」

そのために二匹は、根城の松尾大社と伏見稲荷から、
せっせと通ってきていたらしい。
ニセ景時の出没場所が、街の南側に集中していたのもそのためだろう。

「…悪の組織にありがちな、失敗フラグ付の作戦ですね」
「軍師として言わせてもらえば、穴だらけの策略です」
「そうだね〜、もくてきとほうほうがかみあってないっていうか」
「努力は認めてやりたいが、怨霊に京を征服させるわけにはいかん」

しかし二匹は必死に懇願した。
「白龍の姐さん、地球京の征服はあきらめます!!
でもどうか、怨霊の居場所を残しておいてく…゛さい!」
「怨霊も棲めない街なんて、おかしいですぜ、コン!
健全なものしかないなんて、ちっとも健全じゃありやせん! コンコン」

その真剣さに少しだけ同情しかけた望美だが、
ふるふると頭を振って気を取り直す。
「でもね、景時さんに罪をなすりつけるなんてよくないことだよ」
「そうだよ。おれのかっこうするなんてひどいよ」

すると二匹は口を揃えて答えた。
「だって、目立つ格好だからコン」
「おいらの根城の近くによく来てるから、覚え…んです」

「え? 景時さんがよく行くって…?」
「う…ううう」
「景時さん、どういうことか、話してくれませんか」
「あ…あのね…その…」
「望美さん、今は、この怨霊たちの話よりも、
景時の無実を証明することが先ではありませんか?
まずは、盗品を掘り出しに行きましょう。
その後、この怨霊たちと盗品を検非違使庁に置いてくれば、
一件落着です」

「そ、そうだよね〜。それがいいよ」
「……そ、そうですね。そうなんですけど…」
「煮え切らんな。弁慶は当然のことを言っているだけだ。
迷うことでもないだろう」

その時、豆狸が心配そうに言った。
「おいら…ち、どうなるん…゛ろう。
陰陽師に囲まれて、よって…かって調伏されちゃうのかなあ」
「こうなったらもう覚悟を決めて、姐さんに全てお任せしようぜ、コン」

望美はにっこり笑って胸をばんと叩く。
「それは大丈夫。もう悪さをしないって約束してくれたんだよね。
調伏しないように、検非違使さんを説得するよ。
いいかな、景時さん」
「うん。おれはむじつがしょうめいされれば、それでいいよ。
それにあべけはいま、ひとでぶそくだし」

豆狸ときつねは、もう一度頭を地面にこすりつけた。
「ありがとう! 白龍の姐さん」
「俺たち、姐さんを男と見込んで、
どこまでも憑いてじゃなくてついていきやす!! コンコン!」

「どこか間違ってる気もするけど、まあいいよ。
じゃあ、みんな、出発しよう!!」
「…のぞみちゃん〜〜…」

「どこか間違っているのか?」
「九郎……」


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次回で完結の予定。
最後までおつきあい頂けるとうれしいです。

※豆狸のセリフが分かりにくい、とご指摘を頂きました。
「…」に「た」の字を入れて読んでみて下さい。



2011.05.07 筆