幸せの証 4

景時×望美 無印ED後



嵐山の山裾に、うら寂れた大きな屋敷がある。
半ば崩れた門の屋根には草が伸び放題で、
少々不気味な雰囲気をかもし出している。

その門から、磨墨の手綱を引いた景時が出てきた。

ここは松尾大社からほど近いが、参道から外れているためか、
屋敷の前の道は、人通りもなく手入れもされていない。
動くものと言えば、近くの草むらに見え隠れしている茶色い頭くらいだ。

――豆狸か。
襲ってこないからいいやって、放っておいたんだっけ。

景時の視線に気づいて草の間から出てきた豆狸は、
ぴょこんと頭を下げると、すうっと姿を消した。

景時は磨墨に跨り、桂川に向かう道を行く。

今日も晴天だ。
空は高く、川を渡って吹き来る風は心地よい。

にもかかわらず、景時は
「はぁ〜〜〜〜……」
と長い吐息をついた。

晴れて自由の身となったのに、景時の気持ちは晴れていない。

無罪放免となって検非違使庁を出たのは、朝靄の漂う頃だった。
だが迎えに来たのは、朔に頼まれたという梶原の郎等が一人だけ。
引かれてきた磨墨だけが、嬉しそうに景時を迎えてくれた。

「あ、あのさ、望美ちゃんは…?」
景時がおそるおそる尋ねると、郎等は
「は…はあ…まあその…息災でいらっしゃいます…」
と、言葉を濁すだけ。

景時は磨墨に乗ると、望美への伝言を託して郎等を先に帰した。
そしてそのままこうして松尾大社の近くまで来ている。

間が悪かったなあ。
望美ちゃん、怒ってるだろうなあ…。
怒るのも無理ないけど……。

昨日、豆狸たちを捕まえた後のこと…
「景時さん、何か隠していることがあるんですか」
式神の姿を借りた景時に、真剣な面持ちで語りかけた望美に、
「ご…ごめん」
と答えたところで、景時は消えてしまったのだ。

後には、くたんとしたサンショウウオだけが残ったはず。

遠い距離を隔てて式神を操り続け、
さらに壺を受け止めたり、ぴょ〜〜んと飛んだりと、
サンショウウオには無理な動きをさせたために、
景時の集中力が限界にきてしまったからだ。

動けないほどぐったりしてしまい、
検非違使庁に到着した望美たちが無罪を証明してみせた後も、
景時は京邸に帰れなかった。

釈放が今日になったのはこのためだが、
事の経緯からは、逃げたと思われても仕方ない。
いや、本当のことを言うなら、逃げたかった…。

景時はもう一度大きなため息をついて、屋敷を振り返った。

昔世話になった安倍家の兄弟子から、
景時はこの屋敷を隅から隅まで祓うよう、頼まれたのだった。

安倍家は人材が払底していて人手不足。
何とか力を貸してほしいと、
今は安倍家の高弟となった兄弟子から頭を下げられて、
景時は断ることができなかった。

兄弟子はさらに、
屋敷は大変身分の高い方のものなので、他言は絶対に無用――
と幾たびも念を押した。

そして、こわごわ屋敷を訪れてみれば、
手強い呪詛やら、頑として居座ったままの亡霊、
古い道具の怨霊などなど盛りだくさんで、
景時は一番苦手な、怖い痛いをさんざん味わうことになった。

それでも何日もかかって、やっと今日、この厄介な仕事を終えることができた。

どんな術でもぱぱ〜っとできたら、こんなこともなかったのに、
やっぱりオレって、陰陽師には向いてないんだよね。
もう怖い目に遭うことはなくなったけど、
何か……喜べないや、オレ。

景時は空を見上げた。

ああ、いいお天気だなあ。
ついこの前、望美ちゃんと一緒に洗濯していた時にも、
こんなふうに晴れた空を見上げたんだっけ。

望美ちゃん…オレのこと、許してくれるかな。
オレが「ごめん…」って言った時、
とても悲しそうな眼をしてたけど……。

君に悲しい思いをさせちゃったんだよね、オレ。
ごめん…。

まだ、悲しんでいるだろうか。
それとも怒っているだろうか。
あきれているんだろうか。

帰っても、君には「約束だから話せない」としか、
オレは言うことができないけど…。

――また君と一緒に、洗濯がしたい。

オレのこんな伝言に、望美ちゃんは、なんて答えるんだろう。
その答えを知るのは怖いけど、これ以上、引き延ばしちゃいけない。

景時はぐっと手綱を握りしめた。
「家に戻ろう、磨墨!」

腹をくくった景時の声に、磨墨はやっと元気よく嘶いた。



櫛笥小路への角を曲がったとたん、
梶原党の郎等たちが歓声を上げて景時を取り囲んだ。
今朝方の冷遇ぶりとは正反対の熱烈な歓迎だ。

「お帰りなさいませ、景時様!! ふえっくしょん!」
「よくお戻り下さいました!! ずぴーずぴー」
「お帰りを待ちわびておりました!! ぶわっくしゅ!!」

「あれ〜? どうしたの? 風邪でもひいた?」
「ぐすぐす…いや、少し寒いだけです」
「そういえば、なぜみんなそんなに薄着してるの?
裸鎧って、新しいね」

「それが…身ぐるみ剥がされまして…」
「いや! 男子たる者、最後の一線は守りぬきましたが…」
景時は青ざめた。
「オレがいない間に、今度は京邸に強盗!?」
しかし郎等たちは慌てて否定した。
「い、いいえ、違います!」
「お二人のことでしたら、ご安心を」
「よかった〜。無事なんだね」
「というか……」
「どうぞ、早くお邸に入って下さい!!」


ぱたぱたぱたぱた……

京邸の中から、何かの音が絶え間なく聞こえてくる。
景時にはおなじみの……とても懐かしい音だ。
そして、景時からの言付けへの、望美の返事でもある。

「望美ちゃん!!」
景時は全力疾走で庭に飛び込んだ。

そこには庭を埋め尽くし、一面の洗濯物の波が翻っている。

その真ん中で、望美がにっこり笑って立っていた。
「お帰りなさい、景時さん。
まだ半分しか終わってないんです。
一緒に洗濯して下さい」

「望美ちゃん…」
「安倍家のお仕事、もう終わったんですよね」
「え…」
「昨日、安倍家に行って兄弟子さんから聞き出しました」
「どうして安倍家に…」
「景時さんが人手不足って言ってましたから。
それって、安倍家に出入りしていなかったら、知らないことでしょう?」

景時の心にかかっていた最後の雲が晴れた。

「臨時収入は申告して下さいね」
「もちろんだよ〜!」
「景時さん…」
「望美ちゃん!!」

しっかりと抱き合った二人の頭上で、
幸せの証が、空を覆い尽くしてはためいている。








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完結しました。

始めから終わりまで、アホ全開の話でしたが、
最後のオチの元ネタは、有名過ぎるあの映画です。
「迷宮」の景時さんイベントで、
望美ちゃんが任侠映画好き…という選択肢があったので、
そんな望美ちゃんなら、きっとケンさんの他の作品も
観ているだろうということで…。

なので最初は「幸せの色」というタイトルを考えたのです。
でも洗濯物が黄色っぽいイメージになるのは(←違)
ねおろまっぽくないなあと思い直して、
結局ちょっと堅めのタイトルになりました。

ともあれ楽しんで頂けたましたなら、とてもうれしいです。

2011.05.13 筆