綴る願いは

(泰明×あかね ED後背景 @現代)

伸びやかな声が、初めて聞く旋律を口ずさんでいる。

泰明は足を止め、その声にしばし、耳を傾けた。

夕風に揺れてさやさやと鳴る笹の葉、
一つ二つと空に輝き始める星々。

あかねの紡ぐ歌は、今宵の情景を描いているようだ。
色鮮やかな短冊を吊すその横顔には、柔らかな笑みがある。

神子は、幸福なのだ――。

あかねの笑みを映すように、泰明も微笑み、
こみあげる愛しさに、胸はつきんと痛んだ。

愛しい。
神子が、愛しい。

この気持ちはどこから生まれてくるのだろう。
胸を満たし、あふれ来る想いは…尽きることがない。

その時、あかねが泰明の視線に気づいた。
まぶしい笑顔が、真っ直ぐに近づいてくる。

「泰明さん」
「神子」
泰明はあかねに向かい、手を差し伸べた。

しかし、そこに置かれたのは、あかねの手ではなく、
二枚の短冊だった。
「これ、泰明さんの分です」

「?」
小さく首を傾げた泰明に、
「あ、書くものが要りますね」
そう言って、あかねはさらに筆を渡す。

「神子、私はここに何かを書くべきなのか」
短冊と筆ペンを握りしめたまま、泰明はさらに首を傾げた。

あかねはにっこり笑って説明する。
「ここにお願いを書いて、笹の葉に吊すんです」
「短冊に願いを? これがこの世界の七夕の習わしなのか」
「はい。そうすると願いが叶うって言われているんですよ」

願いを書き記すこと……
それは、願いに明らかな形を与え、紙の上に留めることだ。

「私の願い…」
泰明は夕空を見上げた。
夜へと傾いていくこの時間、
深い紫に沈んだ雲の間に、僅かに茜の色を残した雲がのぞいている。

手の中の短冊に目を落とし、
泰明はさらさらと筆を走らせた。

――神子がつつがなく、幸せであるように
――ずっと神子と共に在りたい

「これでいいか、神子?」

短冊を見せると、あかねが「あ…」と小さく驚きの声を上げた。
「泰明さん、このお願いって…」
そして、あかねは笹の葉に吊した自分の短冊を見せる。

そこには、こう書いてあった。
――泰明さんが幸せでありますように
――泰明さんと、ずっと一緒にいられますように

あかねはくすっと笑って頬を染めた。
「同じですね」
「神子と同じ想いで、よかった」

桜色の頬のまま、あかねは黄色の短冊を手に取った。
「五枚目の短冊は、一緒に書きませんか」
泰明は小さく微笑んで、こくんと頷く。

「ええと…何て書きましょうか」
「どんな願いでも問題ない。
神子の願いは私の願いだ」

「だったら、私のお願いは…」
あかねは背伸びして泰明の耳元にささやいた。

「わかった」
泰明は、筆を持つあかねの手に自分の手を添えた。
「言の葉は神子が生み出した。
こうすれば、一緒に文字に描ける」
「…はい」
耳まで真っ赤になりながら、あかねは小さく返事をした。

やがて、笹の葉の一番高い所に、黄色い短冊が結ばれた。
空にはいつしか夜の帳が下り、雲間に星々が輝き始めている。

今宵は、小さな願いが蛍のようにささやかな光を放ち
地上から天へと、静かに上っていくのだろう。

――みんなが幸せになりますように

二人の書いた短冊は、夜風に揺れて天を見上げた。






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ちょこっとおまけも書きました。
「星降る夜に」 「小望月の夜に」 「八月の雨の夜」 に出ていたオリキャラが
イヤではない、という方は、 こちらからどうぞ。

2011.7.07 筆