・・・重衡殿被疑・・・


1.不機嫌の原因


「では春日さん、次の『三位中将より御文』のところから、読んで下さい」
「は、はい・・・」
しぶしぶ
できれば読みたくなんかない。でも、授業では仕方がない。

「・・・・女房の、せめての思いのあまりにや、『いづらや、いづら』とて走り出て・・・・・」
むかっむかっむかっ
「はい、それでは現代語に訳してみましょうか、春日さ・・・・」
ぎろっ

「じゃなくて、お隣の、えーと・・・・」
「有川です」
「ごめんねぇ、まだみんなの名前覚えてなくて・・・」

「いや、別に気にしないで下さい。先生は来たばっかりだし・・・。
”三位の中将・重衡殿から手紙です、と言うと、いつもは人前に出るようなことなどしない女房が、
彼を慕う心のあまりか、『どこ、どこ?』と走り出て・・・・・”」
「はい!いい訳し方ですね。生き生きしていて、まるでこの時代にいるみたい」
「はあ、どうも・・・」
リアクションに困りつつ、将臣は望美をちらっと見た。すごい目でプリントを睨んでいる。
プリントは恐ろしくて真っ青になった。
だが・・・・・まだ授業は続く。

「本っ当に!重衡さんて、すてき。自分が捕虜の身になっても、親しくしていた女性達には
こうやって、ちゃんとフォローしていたのよ。男前ってだけじゃないの。
女性の心を大事にしてくれたのよね。女房っていっても、奥さんの事じゃないのよ。
宮中にお仕えする女の人のことなの。重衡さんには、正式な奥さんもいたんだけれど、
この女房もね、心から重衡さんを想っていたのよ♪」

先生の爆走がまた始まってしまった。

「身分の高い女性は、みだりに人前になんか出ないものなの。
それが、重衡さんからの手紙と聞いて、 自分で走って出てきて受け取っちゃうのよ!
もう、異例中の異例なんだから」

望美は先生の板書を見ようともせず、俯いたままだ。

「次の人、続きをどうぞ。いい所よぉ。女房が、手紙を自分の胸元にかき抱いて泣くの。
わかるわあ、その気持ち・・・。こうして重衡さんと想い想われる女性が何人もいたのよね。
私もこの頃に生まれていたら、本物の重衡さんに・・・キャッ」

そんな望美の様子に、恒平好子・教師歴8年・そろそろ中堅?は、心を痛めている。
「春日さん、平家物語が嫌いなのね。こんなにステキな重衡さんが主役なのに」
この時点で間違ってます、恒平好子・教師歴8年・まだまだ青い。
「でも、私は負けない! 熱意と重衡さんへの愛で、一人でも多くの人が 平家物語スキーになるように、布教に努めるわ!!」
この論理、一部のオタクには少々痛い。

異世界の平泉から帰ってみると、そこは学校。
遠く旅立つ前と変わることなく、継ぎ目のない時間が流れていた。
次の時限の授業は古典・・・「平家物語」。

これってあんまり!複雑な気持ちで教科書をひろげた。
が、授業はあっけなく終わった。
「ええと、この祇園精舎というのは・・・おや、チョークはどこに・・・」ギクッ!!!! チョークを取ろうと手を伸ばした瞬間、担当教師の腰に魔女の一撃が走った。
教師は固まった姿勢のまま保健室に運ばれ、もちろん授業は中止。
教師に気の毒とは思いつつ、その場はなんとか気が楽になった望美達だった。

が、担当教師の代わりに来たのが、とんでもない先生だった。
平家物語オタクで重衡フリークの女教師、恒平好子。

おとなしく「祇園精舎」から講義などしない。
重衡の記述のあるところを拾い読みしていくのだ。

もちろん、一人ならず女性が出てくる。それだけでも面白くはない。
さらに、重衡と女性達との細やかなやりとりまで、熱く語り倒すのだ。


冬休みまであと数日。恒平の授業はまだ続く。望美は暴発寸前だ。

キーン・コーン・・・やっと終鈴が鳴った。

「おい、古文の授業なんて、あまり気にすんなって」
足音も荒く校舎を飛び出そうとした望美に、将臣が声をかけてきた。
「わかってるっ!!! じゃ、私急ぐから・・・、さよなら!」
ダッシュで校門へ走っていく。

みるみる小さくなる望美の後ろ姿を見送っていると、譲が来た。
「何かあったのか?兄さん」
「いや、それが少しばかり厄介で・・・」
将臣は一部始終を話す。
「平重衡っていえば、平家の中でも文武両道に優れた美男子ってことで、有名だよな。
先輩は平家物語、知らなかったのかな?」
「驚き方がいちいち新鮮だからな。どれもこれも初耳、みたいだぜ」
「・・・あ〜、やっぱり、そうか・・・」
「んー?何がやっぱりなんだ?」
「兄さんはあの頃いなかったから知らないだろうけど、異世界に飛ばされた時、
源平合戦の頃と似ているって分かってからも、先輩は全然動揺しなかったんだ。・・・それって・・・」
「たぶん・・・お前の思ってる通りだろうな。ま、余計な知識が無かったから
かえって落ち着いてたんじゃないのか。でもそれが、こっちの世界に帰ってきてから裏目に出るとはな」
「じゃあ、先輩が急いで行った先って、銀の・・・」
「ああ。バイト先の、何とかっていう店だろう」
「何とか、じゃ意味ないじゃないか」
「いちいちそんな細かいこと覚えてられるか」
「アクセサリー・ショップって言ってたような」
「ははっ、分かってんならオレに聞くな。んでも、銀なら、部屋が見つかるまで
うちに寝泊まりしてるんだから、夜になってから来ればいいのにな」
「そんなに簡単には、いかないんじゃないか?俺達だっているんだ。聞かれたくないことだって・・・」
「へえ、譲、お前意外と女心ってやつに理解があるんだな」
「・・・・・・・・・・俺、部活があるから・・・」
「ああ、じゃあな」


続く



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