3.理性、飛ぶ


「さあ、今日も張り切って平家物語の続きを読みましょう」

なんでこんなに古文の授業があるんだよ、というツッコミはさておき、

「手紙を送った後、重衡さんはこの女房と本当に短い逢瀬を持つことができました。
よかったわねー。で、そこの文章を、日直さんに読んでもらおうかな・・・」
春日さん、と言いたい恒平だったが、望美の険悪な顔を見て、急遽取りやめた。

「はい・・・」
日直は、望美だった。


「車のすだれをうちかづき、手に手をとりくみ、かおにかおをおしあてて・・・」


「いい男の周りには、自然と素敵な女性達も集まるのね。源氏の捕虜になって鎌倉に送られた重衡さんだけど、
身柄を預けられた先では、女性に湯殿のお世話をしてもらったり、一晩中楽を奏でたり、
歌を歌ったりしながら飲み明かしたの・・・」

ごごごご・・・・ぷつん

「処刑される・・・ぐすん、前には、奥さんにも会いに行ってるのよ・・・ぐすん、涙が出ちゃう・・・から、
この話は次回のお楽しみね・・・。ぐすん」

・・・・・望美は顔を上げた。無表情だ。怒りの臨界点を越えたらしい。

「春日さん、普通の表情になってた。少しは気に入ってくれたのかしら?」
恒平好子・教師歴8年・楽観的すぎは、正反対の結論に達してしまった。

教員室でそそくさと帰り支度をする。

「恒平好子・30歳11ヶ月・間もなく誕生日。春日さんも平家好き(←エスカレートしてます)に
なってくれたことだし、一年間頑張った自分に何かご褒美をあげるわ!」

やって来たのは、銀の働くアクセサリー・ショップ。
めったに足を踏み入れない領域だ。
「場違いとか、考えちゃダメ。前からステキだと思ってたこのお店で、今年のご褒美を探すのよ!」
深呼吸をして、ドアを開く。

「いらっしゃいませ」
店の奥にいた銀が振り返って微笑んだ。
・・★きらきらきらきら★・・
ずきゅーーーーーーん
「し・・・重衡さん・・・・」
・・★きらきらきら★・・
「・・・?お客様、どうされましたか?」
・・★きらきらきら★・・
銀が近づいてくる。
どきどきどきどき
「こ、こういう人・・・重衡さんて・・・きっと、こういう人だったのよ・・・」
恒平好子・重衡スキー歴15年・研ぎ澄まされた本能。
きゅんきゅんきゅん
「重衡・・・なぜ、その名を?・・・あ、もしかして・・・?」
銀は恒平の大きな手提げバッグに入った、分厚い「平家物語」と古語辞典に気づいた。

「この人が、例の・・・・・・? ならば、神子様のためにもお願いしてみなければ」

銀はにっこり笑うと、
「お荷物が重いのではありませんか?お預かりします」
と言って手提げを受け取った。

どきっどきっどきっ
このような扱いに慣れていない恒平は心臓が飛び出しそうだ。

「お見立て致します。お探しのものは・・・?」
「なななんでもいいですっなにかいいのがあればみせてください」
もはや漢字も句読点もどこかへ行ってしまった。

「おや、平家物語がお好きなのですか?。失礼ながら、お荷物の中が見えてしまいまして」
「ははいあなたもへいけものがたりが?」


「今日も銀は忙しいのかな」
望美は理性をかき集め、店の前まで来た。
メールに返信もしないなんて、悪かったと思う。
それだけあやまろう。子供じゃないんだから。
でも、それ以外は・・・。

その時、銀の姿が見えた。
誰かの肩を抱いて鏡の前にいる。
お客よね・・・でも、見たことあるような・・・

って、恒平先生・女タラシスキー・私の天敵じゃない!!

「しろがねったらあんなひとにまでなにをにこにこと
もうおやでもなければこでもない」
当然である。
かき集めた理性は消し飛んだようだ。

続く



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