5.大切な想い


望美は恒平の言葉をかみしめながら校舎を後にした。
今になってわかる。
自分は一人でヤキモチを焼いて、勝手に銀に八つ当たりしていた。
銀に謝らなくちゃ。
わがままを言ってこっちの世界にまで来てもらった。
新しい世界で戸惑うことも、辛いことも多いはずなのに、
いつも笑顔で、私をいたわってくれる・・・銀。

涙があふれ出た。
銀、ごめん・・・。
急いで、行かなくちゃ。銀の所へ!!

「神子様・・・」
え? 銀のこと考えていたから、幻聴?
「そんなに急いでどこに行かれるのですか?」
「銀・・・!」

「頬に涙の跡が・・・。どうかなさったのですか?もしかして、私は余計なことを・・・」
「ごめんなさい、銀!!!」
望美は銀の胸に飛び込んだ。

「ひゅ〜!」
通りがかりの生徒がのぞき込んでいく。

「一件落着ってとこか」
将臣が言った。
「・・・・・・・・そのよう・・・・だな」
譲が言う。
「銀のやつ、これで少しは元気になるか」
「俺達に相談に来た時は、ずいぶん参ってるみたいだったけど」
「望美も少しは反省してほしいぜ、まったく」
「先輩って、怒ると本当に恐いからな」
「邪魔しないように、オレは裏門から帰る」
「俺は部活に行く・・・・・」


銀と望美は海岸にいる。
冬の海は鈍色で、風は冷たく吹き付けてくる。
銀は自分のマフラーを外し、望美の襟元にそっと巻いた。

「神子様、少し落ち着きましたか?」
「う、うん。ありがとう。でもお店、休んじゃったの?」
「あなたの方が、ずっと大事です。比べることなど、できません」
「ごめんね・・・。それから」
「はい?神子様」
「こっちの世界では、神子様って呼ぶのはナシって約束だったでしょう」
「そうでしたね、申し訳ありません。神子としての役目を終えた今でも
あなたがあまりに清らかなので、つい、そうお呼びしてしまいます」
「なんか、そんなふうに言われると、照れくさいよ。
私なんてヤキモチ焼きだし、自分勝手だし・・・」
「うれしいです。神子・・・あなたに嫉妬してもらえるなんて」
「銀・・・からかっちゃいや」
「からかってなどいません。この数日、あなたは私に応えてくれなくて、とても淋しかった・・・。
でも、それは私を想って下さっていればこそ・・・だったのだと分かりました。
私には、そんなあなたのお気持ちが、うれしくてたまらないのです」
「ありがとう・・・銀」
暗く固まっていた心があたたかくほどけてゆく。

「これを・・・受け取って頂けますか?」
銀が小さな箱を差し出した。
「私に? これを?」
「くりすます・ぷれぜんとと言うのですよね。店のお客様達が、買い求めていらっしゃいます。
親しい方に贈るのだと・・・。それで、私もあなたに」
箱を開けると、淡く光る石を嵌めこんだリング。
「ええっ?!これって、すごく高価なんじゃ・・・」
銀は微笑んでいる。
「どうぞ、あなたはそのようなことはお気になさらずに・・・。
店長が私の働きぶりをほめて下さって、臨時のぼーなすというのを、出してくれたのです」

銀は望美の左手を取ると、薬指にリングをはめた。
「あ、あの、この指のリングってね・・・」
「存じておりますとも」
銀の深い紫色の瞳が望美を見つめる。
「だから、あなたが何処にも行ってしまわないように、私を忘れてしまわないように、
こうして私の想いをあなたの側にいつも置いてほしいのです」
「銀・・・。私、あなたのこと忘れたりなんかしない。何処にもいかない。このリング、大切にするね」

白い風花が舞い始めた。
「この地の雪は、平泉の雪より、淡くてはかなげなのですね」
「うん。あんまり積もりそうにないね」
「寒くなってきましたね。暗くならないうちに、お送りします」
「お隣同士だから、家まではずっと一緒だね」
「はい。こうして神子・・・あなたと歩いていると、木の下で雨宿りした日のことが思い出されます」
「ゆっくり、歩いて帰ったね」
「少しでも長く、あなたと一緒にいたかった」
「私もだよ、銀」

家に着いた時には、もう暗くなっていた。
「また遅くなってしまいましたね。申し訳ありません」
「ふふっ、あの時みたいだね」
「そうですね」
「じゃ、おやすみ、銀」
「おやすみなさい、神子様・・・いつか・・・」
「いつか?」
「おやすみなさいが、お別れの言葉ではなくなるようにと、願っています」
「え、えーと、それって・・・」
「指輪も受け取って頂けましたし、それは遠い日のことではないと思っても、よろしいでしょうか」
「そ、そうだね」

その晩、銀のくれた指輪を見ながら望美は眠りに就いた。

私、なんだかすごい約束をしたような気がする・・・。
などと思いつつ・・・。





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お礼と後書き


1000打お礼、お読み下さりありがとうございました。
併せて、拙サイトを訪れて下さっている神子様方にお礼申し上げます。

さて、桓武平氏大好きな恒平好子先生、あまりにもまんま・・・なネーミングで、
その通りな暴れ方(?)をしてくれました。
役どころとしては、単なる狂言回しではあるのですが、けっこう好きなキャラだったりします。

ざっと確認すればいいか、くらいの気持ちで平家物語を読み始めた私ですが、
古文でこんなに感激するなんて、想像もできませんでした。
特に重衡に関する段では、女性達の生き生きした描写が圧巻で・・・。
武士としての矜持と細やかな心を併せ持つ人物として重衡をフィーチャーし、
「銀」というキャラクターに結実させた「十六夜記」の制作スタッフさんは
本当にすごい!!と改めて感じました。

というわけで、恒平の言葉は私の感想、でもあります。

ただ、恒平の暴走にもかかわらず、当初は書けば書くほどシリアス路線に入ってしまい、
さらには年齢制限まで必要?な事態に陥りましたので、全面リライトした結果が
・・・・こんなもの・・・・で申し訳ありません。
けれど、ちょこっとでもお楽しみ頂けましたなら、本当にうれしいです。