ウィスタリア家の犬

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4.認定の証



「いなくなった犬を探す…か。地道な捜査ってヤツは好きじゃないんだけど」
「フ…とんだ自称名探偵だな」
「捜査は足だ、なあ、山さん
「金って犬に、何か特徴はないのかい?」
「神秘の国日本の犬種らしいが、どこといって特徴のない雑魚犬だ」
「そうですか? 金を探し当てるなんて、とても賢い犬だと思いますけど」

ヒノエは、ぱちんと指を鳴らした。
「それは大事なところだよ。で、最後に一つ聞くけど…」
「先ほどから、愚にもつかぬ問いに答え続けているが?」
「この邸には金ぴかな置物がたくさんあるけど、金は反応しなかったのかい?」
泰衡は皮肉っぽく眉を上げた。
「この邸に入るなり、くわえてきたさ。玄関ホールに置いた金の燭台を」
「ふうん…つまり金は、泰衡を主人と認めていたんだ」
「よかったですね、泰衡さん」
「うむ、礼をわきまえた犬だ」

泰衡が何か言うより早く、ヒノエはソファから立ち上がった。
「さしあったって、ここでできることはもうないし、帰ろうか姫君」
しかし望美は首を傾げて部屋を見渡し、次に泰衡の顔を見た。
「メイドさんは本当に必要なんじゃありませんか、泰衡さん?」
「ああ。メイドは料理も担当していたから、早急に探さねばなるまい。 伝を辿って有能なメイドを手配したと、 御館(父上) から連絡が来たので安堵していたが、 まさかこのようなニセメイドが大挙して押しかけてくるとはな」

望美はにっこりした。
「だったら、やっぱり私ががんばります」

ビョオオオオオオオ〜〜〜〜
冷たい風が吹き抜けた。

「姫君、乗り気なところを悪いけど、ここは退いてくれる?」
「神子、絶対にだめだ」
「ヒノエくんも先生も、なぜ止めるんですか!?」
「答えはリズ先生に任せるよ」
「止める理由は……答えられない。だが、ここでの仕事は 神子(かんりにんさん) よりも私の方が適任だろう。 クラマ山という過酷な場所でサバイバルの修行を積んだ私ならば、 食材の調達も調理も、その後の片付けまでも、一人でできる」

「じゃあ決まりだね。リズ先生、後は頼むよ」
あっさり言って、ヒノエは望美の手を取ってさっさとドアに向かう。

「……ヒノエ、謀ったな」
「なぜ主の俺を差し置いて、お前が採用を決めるんだ」
「無口なリズ先生が熱弁を振るってくれたんだぜ。せっかくだからお願いしないとね」

リズヴァーンは腕組みをして、低く答えた。
「この広い邸に、護衛が先ほどの男一人だけというのは望ましくない。引き受けよう」
「検非違使庁には出なくていいんですか、先生?」
「極秘捜査を始めると言い置いてきた。検非違使庁特命警部の私の裁量の内だ」

「決断の早さは、さすがリズ先生ってね。お忍びのO州次期国主には、 メイドと用心棒のどちらも必要だよ。な〜んてね。ずいぶん分かりやすい建前じゃない?」
ヒノエはさりげない口調で続けた。
「伝説の鬼警部自らが出向くように、検非違使庁(ヤード)に 働きかけたのは、朝廷(王室)かい、それとも 幕府(政府)かい?」
「答えることはできない」

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その頃、(ロンドン) では……

譲と景時に、「実は…」と切り出した九郎が、 後ろを向くなり慌てた様子できょろきょろと周囲を見回した。
「ど、どこに行ったんだ」
「どうしたんですか」
「探し物?」

その時、上の階で大声がした。
「待てっ!」
続いて、階段をだだだっと駆け下りる音。

「兄さんだ。相変わらず騒がしい人だな」
「誰かを追いかけてるみたいだよ、泥棒かな。だったら助けに行かないと」

景時に答えるように、将臣の怒鳴り声が近づいてくる。
「待てよ! この泥棒犬!!」

「泥棒…犬って言った?」
「猫の間違いじゃないのか」
「うっ…」
「どうしたの、九郎。顔色が悪いよ」

「そ…それが…」
九郎が口ごもったその時、中庭の入り口に集まった三人の只中に、 茶色の塊がすごい勢いで走り込み、九郎に飛びかかった。

「危ない!」
「いや、大丈夫みたいだよ」

よく見れば、茶色の塊と見えたのは犬。 激しく尾を振りながら、尻餅をついて倒れた九郎に頭をこすりつけている。 そして、口にくわえていた何かを九郎の手に置いた。

「何だ?」
「懐中時計…みたいだね」
「あっ、それは」
譲が大声を上げた時、
「ここにいやがったか! ばあさんの形見を返せ!」
将臣がその場に駆け込んできた。そして、九郎の手にある時計を見、次に茶色の犬を見た。
「この時計は、将臣のものか?」
「ああ、そうだぜ。で、その犬はお前のか? どういうことか説明してもらおうか、九郎」

「騒がしいようですが、何かあったんですか?」
ちょうどそこへ、診察を終えて弁慶が帰ってきた。 「めぞん遙か」の住人と犬、という見慣れない組み合わせに、少なからず驚いたようだ。
「九郎、長い出張でしたね」
「あ…ああ…」

「で、この犬はどこから涌いて出たんだ」
将臣が言う。
「さしずめ、出張先で拾った…ということでしょうか」
弁慶の言葉に、九郎はこくんとうなずいた。

「将臣にはすまないことをした。実はこの犬には盗癖があって…」
そして、この犬を連れてくるまでの経緯を、九郎は語った。

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銀が戻ったら、もう一度馬車を出させる、という泰衡の申し出を断って、 ヒノエと望美はウィスタリア家の別邸を後にした。


雑魚1「あ、二人出てきた」
雑魚2「ええと、小柄な二人が出てきたってことは…」
雑魚3「ちょっとまっちょなオ●カル様が採用されたんだ」
雑魚4「もったいないなあ、一人だけでもこっちに来てくれないかな」
雑魚5「声かけてみようか、お茶でもご一緒にって」
雑魚6「ばかだなあ。お茶なんて、どこにもないじゃないか」
雑魚長「しっ! よけいなことは言わんでいい。それより、一箇所に固まって 雑談してたら見張りにならんだろうがっ!! さっさと持ち場につけ!  連絡員が一人減ったんだ。その分、俺達が頑張らねばならんだろうぐぁぁっ!」
雑魚1〜6「は〜〜い」
雑魚長「…ったく、こんな時、きれいで有能な女性の部下がいればなあ…はぁぁ〜〜」


駅に続く野道を、二人はのんびりと歩いている。列車の時刻にはまだ余裕があるからだ。しかし…
「銀さんの馬車と、なかなかすれ違わないね」
「歩いてきて正解だっただろう、姫君?」
「列車が遅れたのかな?」
「いや、車輪が轍に嵌り込んだ…とかね」
「何でそこまで分かるの?」

――見張りの雑魚はもういない…か。
ヒノエは望美に向かってウィンクした。
「一番無難な言い訳だからだよ。せっかくだし、もう一つ教えてあげようか、知りたい?」
「うん!! 教えて」

「あの女の子は、列車に乗ってはいないよ」
「えっ?!」
驚いて足を止めた望美の腕を取り、ヒノエは歩みを進める。
「賭けてもいいけど」
「う〜ん、止めておく。でも、駅員さんに確かめてみていい?」
「もちろんさ、姫君」


そして駅に着いた二人は、駅員に一人一人尋ねてまわったが、 ヴァイオレットらしき女の子を見た者は、誰もいなかった。

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10.05.21 筆