修行

(リズヴァーン×望美〜バレンタイン)



まだ東の空の明け初めぬ頃
ひぃぃん・・・ひゅっ・・・
静寂の中に剣が風を切る音が聞こえる。

黙々と剣を振っていたリズヴァーンは、
稽古を終えると素早く湯を使い、身体を浄めて
身支度を調えると、足早に家を出る。


冷たい大気に息を白く吐きながら
向かった先は、とある古刹。

「これはこれは、リズヴァーン殿、
本日も参られたか」
僧とは顔なじみのようだ。

リズヴァーンは深々と頭を下げる。

その様子を見ていた僧の眼が、きらりと光る。

案内された奥の部屋は、座禅の場。
座布団の前で合掌、礼拝すると、
結跏趺坐し、手を組んで息を整える。

常ならば、すっと落ち着いていくリズヴァーンの気が、
今日はなぜか乱れている。

「やはり、悩みを抱えておられるようじゃの・・・」

その日、リズヴァーンが受けた警策の数は、
これまでになく多いものだった。



家に戻ると、リズヴァーンの眼の厳しい光が増す。

「空腹ならば、何でもおいしくなるはず・・・とはいえ・・・
空き腹に直接入れるのは好ましくないだろう」

リズヴァーンは牛乳を鍋で温めた。
人肌になったところで湯飲みに移し、食卓に運ぶ。
そこにはすでに、煎じ薬が数種類、揃えてある。

リズヴァーンはしばしの間、眼を閉じ、呼吸を整えた。

心・技・体、
するべきことは、全てやった。
あとは、これに挑むまで。

意を決すると、リズヴァーンは、
望美から渡されたピンク色の箱を取り出した。

神子ありがとうお前の気持ちは本当に嬉しい
恐れてはいけない
蓋を開け、手を合わせ、黙礼して息を止め 躊躇ってはいけない
口に運ぶ。
ぐふっ・・・
や・・・やはり・・・まだ私は・・・



「先生、お邪魔します」
学校帰りに、望美が立ち寄った。

「神子か・・・。上がりなさい・・・」
「あの・・・先生・・・顔色が・・・」
「問題ない」
「少し足がふらついて・・・」
「問題ない」
「そうは見えないので、今日はこれで失礼します」
ほっ・・・神子が帰ってしまうのにほっとするなどしかしほっ・・・
ほっ・・・
「そうか・・・」ほっ・・・

「それで・・・あの・・・」
礼を尽くさねばならない 「お前の気持ち、嬉しかった」 本当に嬉しかった
「あ、食べて下さったんですね」
「もちろんだ」
「・・・どうでした?お口に合ったでしょうか・・・」
「腕を上げたな、神子。昨年より格段に進歩している」
「うわあ、うれしいです」
「はあとの形が、今年はちゃんと認識できた」
「はいっ!
よかった はあとで正解だったか
で、味の方は・・・」
「少し・・・甘いように思う」
「あ、お砂糖を足したのがいけなかったかもしれません。
甘みを引き立てるように、
お塩もひとつかみ入れちゃったし・・・。
過ぎたるは及ばざるがごとしと言うが
じゃ、来年はビターチョコで作ってみますね」
びたあ?何かの武器だろうかびたあ痛そうだびたあ?
「びたあとは?」
「苦いって意味です。
苦い・・・さらに苦味まで加わるのか・・・
でも、チョコですから、そんなに苦くはなくて
ほろ苦い・・・くらいでしょうか」
苦いという字は苦しいという字に似ているいやそのままだ

「お前の望むままに」
「はい!私、がんばります」

望美は帰っていった。



リズヴァーンの心は重い。

神子の料理で心を乱し、体調を崩すとは、
私もまだまだ修行が足りないということか。

厳しく己を戒めるリズヴァーンであった。
が、その時、

ちりん・・・
食卓のある部屋で、子猫の首の鈴が鳴った。

しまった・・・!それを食べてはいけない!!

瞬間移動。

しかし子猫は、背中の毛を逆立て、
箱を迂回して部屋を通っていくところだった。

「みっ・・・」
リズヴァーンを振り向いて、抗議するように一声鳴く。


部屋に夕日が射し込んでいる。
リズヴァーンの一年で一番長い日は、
ようやく暮れようとしていた。





☆・・・バレンタイン集・・・☆

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ええと・・・修行するのは先生の方ではないと思うのですが・・・。

拙作「除夜」の続きを念頭に置いて書きましたので、
子猫が家の中を歩き回っています。
先生がバレンタインデーの贈り物を受け取るのは2回目。
前年、かなり悲惨な体験をしたようです(笑)。

禅宗が広まったのは「遙か3」より後の時代になりますが、
リズヴァーンが知ったならば、きっと惹かれるのでは?と思い、
座禅などしてもらいました(笑)。

鎌倉のお寺の中には、一般の人も参加できる座禅会を行っている所があり、
この話の中でも、実際のお寺をこっそり想定させて頂きました。
どのお寺か、ぴんと来る方も多くいらっしゃるかと。
でももちろん、禅師との会話等々、
全てまるっきりのフィクションです。

なお、本編中、リズヴァーンの本心が
かすかに垣間見えたりしているかもしれません(笑)。


2007.4.3