「景時さん・・・聞きたいことがあるんです」
あれ〜、望美ちゃんの目、とても真剣だ。
一瞬、不安になる。
ええっと・・・オレ、何か悪いことしちゃったのかな・・・。
「景時さんの好きなチョコレートを教えて下さい」
「え・・・?ちょこれえと?」
「バレンタインデーに、景時さんに何を贈ったらいいか、
考えれば考えるほどわからなくなっちゃって・・・それで・・・」
なあんだ。
ほっとするのと同時に、じーん・・・とする。
オレのために、いろいろ考えてくれてたのか。
しょこらてぃえとか、じゃんぽおるなんとかとか、一生懸命に・・・。
でも・・・無理してるね。
そんなに背伸びしなくても、いいのに。
「ねえ、その日の贈り物って、ちょこれえとじゃなくてもいいのかな」
「え、ええ。何か景時さんの好きなものがあるんだったら・・・」
「じゃ、オレと『でえと』っていうのを、してくれる?」
「でも、それじゃいつもと同じです」
不服顔も、可愛い。
「じゃあ、いつもよりもう少し長く、一緒にいてくれる?」
「それ・・・だけでいいんですか」
ふくれっ面は直らない。
「どこか、行きたい所とか、あるかな。
ぱ〜っと明るくてさ、楽しくなっちゃうような所」
「楽しい所っていうと、クリスマスに行った・・・」
ふっと、明るい目の色に影が落ちる。
君が思い出したのは、二人で踊った、あの晩のことだね。
あんなに楽しかったのに、君は辛そうな顔をする。
みんながいた時のこと、向こうの世界のこと、
その話が出るたびに、君は泣きそうな眼でオレを見る。
どうして君はそんなに優しいんだろう。
オレの背負ってきたもの、置いてきたものを思って
君はオレのために心の中で血の涙を流す。
そんな君のために、できることは、何だろう。
朔と約束したんだっけ・・・望美ちゃんを泣かせたりしないって。
「兄上は・・・帰らないと言うの?」
「朔・・・。お前や母さんには、
何と言って詫びたらいいのかわからない。
けど、オレは」
「謝ることなんてないわ。だって私、嬉しいの」
「え?・・・何を言って・・・」
「兄上が心から何かを望むって、初めてなんですもの。
それが、望美と幸せになることだなんて、
こんなに嬉しいことはないわ」
「朔・・・」
「梶原党を率いることも、陰陽師になったのも、
軍奉行をしていることも、兄上が自分から望んだものは、
何一つないのでしょう」
「・・・・・・」
「兄上が、母上と私のためにしてきたことも、わかっているのよ。
だから今度は、私が兄上のためにがんばるわ。
私はこれでも兄上の妹よ。
梶原党のことも母上のことも、心配しないで」
「朔・・・、ありがとう。・・・お前は強いんだね」
「今頃わかったのかしら。
望美を泣かせたら、私が承知しませんからね、兄上」
そしてバレンタインの夜、
映画を観て、あのホテルで食事をした。
外に出ると、真冬に戻ったかのように、
空気がぴりりと冷たい。
「寒い?」
「大丈夫です」
「少し、歩こうか」
「はい」
大気にかすかに梅の香が混じる。
「あ・・・景時さんのコート、いい匂いがする」
「わかった?梅のお香を焚いたんだよ」
「春の香りですね」
「今夜は寒いけど、今の季節にはぴったりだよね」
「どこまで、行くんですか」
「海岸に下りてみよう。
君に、見せたいものがあるんだ」
ほの白い砂の上を歩く。
月もなく暗い夜、ひたひたと打ち寄せる波。
茫洋と彼方まで広がる黒い海。
湾曲した海岸線の形を、建物の灯りだけが縁取っている。
突然景時が足を止め、望美と向き合と、
「さあて!これから始まりますのは、本日最大のお楽しみ〜♪」
と、明るい声で大げさに口上を述べ始めた。
「え?景時さん、何を?」
「これに取り出しましたのは・・・」
「銃・・・隠してたんですか?」
「・・・どうか、うまくいきますように・・・」
景時は陰陽銃を空に向かって撃った。
「あ・・・・・!」
望美が小さく叫ぶ。
光が次々と高く昇っていき、
天頂で色とりどりの光彩となって飛び散る。
夜空に咲く、鮮やかな花。
熊野の夜が重なった。
しっとりと湿った夏の夜気。
満点の星。
次々と打ち上がる花火。
仲間達の歓声。
遙か遠い世界。
景時の・・・いるべき世界。
景時が、全てを置いてきた世界。
ふと顔に冷たいものを感じて気がつけば、
雪が降っていた。
白い花びらが、暗い波間に絶え間なく吸い込まれていく。
景時は望美を引き寄せると、
後ろからコートの中に包み込んだ。
「こうすれば、空が見えるよね」
梅の香に抱かれながら、望美はこくんとうなずく。
季節に遅れた淡雪は、世界を覆い尽くし、降りしきる。
熱を持たない幻の火花が、
空一面の白い雪片の間に
音もなく広がっては消えてゆく。
束の間の輝き。
美しく・・・儚い。
望美が景時の手をとり、頬に押し当てた。
その頬が濡れているのが、景時にはわかる。
「景時さん・・・全部・・・置いて・・・
私のために・・・ごめんなさ・・・」
景時は人差し指を立て、望美の唇に押しあてた。
「泣かないで・・・望美ちゃん。
オレが望み、選んだんだ。
君と生きることを」
「景時さん・・・」
「大切な人を幸せにする・・・。
生まれて初めてオレが心から願ったことなんだ。
オレはここで、それを果たすよ。
何があっても・・・」
望美の手が、景時の腕を痛いくらいにつかんだ。
細い肩が、時折ぴくんと震える。
「だから一緒に、同じ空を見て、
歩いていこう」
最後の花火が散った。
望美はゆっくりと振り向き、
景時の胸に顔を埋める。
雪は降り続け、二人の姿を静寂の中に隠した。
☆・・・バレンタイン集・・・☆
[九郎×望美]
[弁慶×望美]
[リズヴァーン×望美]
[銀×望美]
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お二人様、早く帰らないと、風邪ひきますよ(笑)。
何げに朔ちゃん贔屓も入ってしまいましたが、
景時さんSS史上初のシリアスです。
って、大げさか。
あの「声」で、お楽しみ頂ければ幸いです。
ご覧の通り「迷宮」後想定ですが、
「十六夜記」からもお香ネタを引っ張ってきてみました。
最初はいつもの通りお笑い系でいこうかとも思っていたのですが、
「美味しんぼ」ネタまで出てくる末期症状(?)。
なにしろボツにした話のタイトルが「Valentine Day kick」。
筆者のバカっぷりをこれ以上さらしてたまるか・・・というわけで(苦笑)。
2007.4.3