脱出

(銀×望美〜バレンタイン)



「あの・・・好きな人、いますか」
「はい。好き・・・という言葉では足りないですが」
「その人と、つき合ってるんですね」
「はい」
「う・・・くっ・・・」
「どうされましたか?」
「わ、私、それでもいいですっ!!!これ、受け取って下さいっ!!!」

銀の手にかわいらしい包みを押しつけると、
女の子は駆け去っていった。


「ふうっ・・・・・」
これで今朝から何人目だろう。
銀の手は、大小色とりどりの袋や箱でいっぱいだ。

呼び止められているのに無視して素通りなどできない銀だ。
声をかけられる度に丁寧に応対する。
それが、変に期待をもたせることになっているとは、
つゆ知らず・・・。

急がないと、店に遅れてしまう。
今日は無理を言って早番にしてもらったというのに・・・。
銀は足早に、勤め先のアクセサリーショップへと向かった。



「ふっふっふ・・・今日は稼ぐわよおっ!!!」
銀を見るなり、店長は盛大に怪気炎を上げた。

「申し訳ありません。遅れました分は・・・」
「お客様が持ってきたチョコを、受け取ってくれれば、帳消しにするわ」
「お客様がちょこれえとを私に?」
「そう、今日はバレンタインデー。
あなたを目当てにお客様が殺到するわ。
売り上げ新記録間違いなしよ!!」

「そういえば、それらしきものは来る途中で頂きましたが」

ずびいいいいっ!!!
銀の手にあるチョコの数を見て、他の店員がのけぞった。

「甘いわね」
「はい。ちょこれえとは甘いものだと伺っております」
「私が言ったのは、それとは違うのよ。
銀くんは通用口から来たのでわからなかったのね。
このビルの入り口をごらんなさい」

窓から下を覗いてみると、開店前の玄関ロビーの前に女性達が、

むぎゅうむぎゃあむぎゅおむぎゅうむぎゃあむぎゅお
むぎゅうむぎゃあむぎゅおむぎゅうむぎゃあむぎゅお
以下略・・・と、全員手に何かを持ってひしめきあっている。
 
「あれが全部、うちのお客様なのよお・・・」
店長はうっとりしている。
「そうと決まったわけではないと思うのですが」
銀の言うことはもっともだが、

「いいなあ・・・銀」
「はあぁぁ・・・」
男性店員がため息をつく。

店長は眼鏡をきらっと光らせて彼らを睨んだ。

「いい?あなた達は銀くんに全面協力よ」
「いいっ?」
「売り上げ新記録を達成して、この店が表彰されれば・・・」
「ああっ!」
「わかったわね、臨時ボーナス目指していくわよっ!!」
「おおっ!!」
店員の心は一つになった。



あ〜、やっぱり銀のお客さんでいっぱいだ。

学校から家に飛んで帰り、
銀とのバレンタインデートのために
がんばってドレスアップしてきた望美だが、
満員御礼状態の店の前で固まってしまった。

絶対今日デートしたい!とおねだりした望美のために、
今日はシフトを代わってもらって、早く帰るから・・・と
銀は言っていたが、この状況で出られるのだろうか。

銀のモテ方は相変わらず、というより
レベルアップしてるかも・・・
望美は思った。

でも嫉妬の気持ちは起きない。
そういう気持ちは、
去年のクリスマスで卒業したみたい・・・。
目の前でこれだけ自分の好きな人が
女の人達に囲まれているのに、
変かな?

店の前の客達に気づかれないようにして
銀に教えられていた、店員専用のドアを入る。
通路の奥がショップの事務室だ。
チョコの山で、足の踏み場がない。

「神子様、お待たせしました」
すぐに銀がやって来る。
「大丈夫?まだお客さんがいっぱいだよ」
銀は微笑んだ。
「神子様との約束以上に大切なものはありませんから」

「ねえ、このチョコレート、どうするの?」
「店の方達で分けて頂くことにしました」
「銀がもらったのに?」
「多すぎて持ち帰ることもできませんし、
私には、神子様のお気持ち以外、欲しいものはございません」

「ぐがあああっ!当てつけんな!」
「銀、いーから早よ帰れ!!」
男性店員がヤケクソ気味に叫ぶ。

「残念だけど、約束だものね。後は私達ががんばるわ」
店長が顔を出して、望美にウィンクしてみせた。

「すみません・・・」
何だか自分のわがままで、銀の働いているお店に
迷惑をかけてしまったのだろうか・・・。

「お先に失礼します」
銀は挨拶すると、通路の階段に望美を導いた。
「神子様、こちらから出ましょう」


しかし・・・

むぎゅうむぎゃあむぎゅおむぎゅうむぎゃあむぎゅお
むぎゅうむぎゃあむぎゅおむぎゅうむぎゃあむぎゅお
以下略・・・

店員用玄関の外から、大人数の待ちかまえている気配がする。

「ひどいわ」
「早く帰っちゃうなんて」
「でも、店員さんはここから出てくるのよね」
「銀さん」
「私の気持ちを伝えなきゃ」
「公には」
「年に一度のこのチャンス」
「逃がしてたまるかぁぁっ」


「ど、どうしよう、銀、今出て行ったら・・・」
「敵ならば、この狭い扉で迎え撃つのが有利だが、
相手は女性・・・しかもお客様・・・」
銀の眼が、一瞬、あの世界での光を帯びる。
「神子様、何があっても御身をお守りいたします」

「え?ちょっと大げさ過ぎるような気がするけど」
銀は黙って望美の肩を抱いた。

平家が栄華を極めていた頃に出入りしていた宮中。
そこで出会った女房達を、いやでも思い出す。
望美に対し、害意を抱く者がいないとは、言い切れないのだ。


「表の玄関から出ましょう」
「あっちにも、たくさんいるんじゃない?」
「あちらならば間口は広いです。
私が囮になりますので、その間に神子様は逆方向から走り出て下さい」
「でもそれじゃ・・・」
「矢の雨、向かい来る剣と槍をくぐり抜けたように」

望美ははっと気づいた。
銀・・・微笑んでいるけれど、真剣だ。

「わかった」
望美の声の調子に、銀はにっこりとしてうなずく。
「では、参りましょう」

その頃、裏口では・・・
「遅いわ・・・」
「いつまでも店にいるとも思えないし」
「通用口から出ると見せかけて」
「表玄関ね」

→↑どどどどどどどど→↓
全員が一斉に表玄関にまわった。


銀と望美が出てくる。

「きゃあーっ」
「当たりだったわ」
「誰っ、あの子?」
「きれいな子」
「でも、どこにでもいそうじゃない」

銀は望美と分かれ、右に向う。

集団が銀に向かって駆け寄った。
「銀さ〜ん」
「これ受け取ってえ」
「え?」
「は?」
「あれ?」

一瞬、目の前に銀が来たと思い、チョコを渡そうとした時には
銀はすでに間をすり抜け、道路側にいた。

銀のおかげでまばらになった反対側を、望美はダッシュする。
しかし、今日はいつもと勝手が違う。
服に合わせてヒールの高いパンプスを履いているのだ。

「待ちなさいよ!」
いきなり後ろから髪を掴まれた。
「きゃっ」
数人の女の子につかまった。

「神子様っ!」
言うより早く銀は駆け戻る。

「ねえ、あなたってさあ、銀さんと」

と、望美の身体がふわりと浮き上がった。

「このようなこと、二度となさいませんように」
柔らかいが、ぞくりとするものを奥に秘めた銀の声。

望美を腕に抱きかかえたまま、くるりと背を向ける。

「きゃあっ♪」
「お姫様抱っこよお♪」
「似合いすぎるわ♪」

「お怪我はありませんか」
「うん、大丈夫。それより・・・」
望美は頬を染めて女の子の群れをちらっと見た。
「恥ずかしいから・・・下ろしてくれる?」

懇願するように見上げる望美に、
銀は微笑んで答えた。
「お心のままに。けれど・・・」
「けれど?」
「これ以上追いかけられるのは、困ります」
「う、うん。そうだけど・・・」
「では、眼を閉じて頂けますか」
「???こう?」

きゃああああああああああああああああああああああ
強く抱き寄せられた瞬間、
きゃああああああああああああああああああああああ
             眼を閉じた望美の唇に、銀の唇が重なった。
きゃああああああああああああああああああああああ


 
時間が止まったように全員が凍り付く中、
銀は望美を下ろして、ふらつく肩を支え、
停まっていたタクシーに乗る。


みんながはっと我に返ったのは、
車が遠く走り去った後のことだった。


「やるじゃない銀くん。タクシーを待たせてあったのね」
「店長・・・顔が赤いですよ」
「そ・・・そういうあなた達は、腰が砕けてるじゃないの」





☆・・・バレンタイン集・・・☆

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くん、どこまで素で、どこから見切っているのか(笑)。

未読の方には申し訳ありませんが、
拙作、「重衡殿被疑」をベースに書いております(多謝)。

銀を「くん」付けで呼ぶ店長、何げに気に入ってます。
上記の作を書くにあたってボツにした
要・年齢制限バージョン(爆)に出ていた方なので、初登場ではありますが(笑)。


2007.4.3