舞0.1夜 その1

(泰明×あかね・京エンド後)
※ 多季史最萌えの方は読まない方がいいと思われます




土御門の藤姫の部屋。
あかねと藤姫の前に、女房姿の泰明がいる。

今にも雨の降り出しそうな空模様で、
朝というのに部屋の中は薄暗いが、
泰明の周囲だけは華やいで明るい。

「私は内裏に仕える女房に見えるだろうか、神子」
「とってもきれいです……泰明さん」
あかねは感嘆のため息をついた。

泰明は小さく首を傾げ、とてもきれいなのは神子なのに、と思う。
だが、問う相手を間違えたようだ。あかねは内裏を知らない。

泰明は部屋の奥に置かれた衝立に向かって尋ねた。
「きれいかどうかは問わない。
私の姿はこれでよいか、友雅」

「いや、泰明殿、うぅっ…。 内裏では美しいことはとても大事なのだよ。うぐっ…。
その点では申し分ない出来映え…とお答えしておこう。うぅぅ…。」

衝立の陰から青い顔を少しだけ出して、友雅が答える。

「どうしたんですか、友雅さん。部屋の隅にいるなんて珍しいですね」
「今日はおかげんがよろしくないようですわ」

「悪いが私には、男は男としか見えなくてね。ううっ…。」
「友雅は見かけに惑わされぬ眼を持っている。よいことだ」
「今は、男女を正しく見分けるこの眼が、うらめしいのだよ。 ぞぞぞ…」

「そうでしょうか。私には泰明殿が本当におきれいに見えますわ。
神子様がうっとりなさるのも無理はありません」
「私、いつまでも見ていたいくらいです」

「神子が気に入ったのなら、いつもこの姿でいる」
「泰明殿……! それだけは…止め…くれ…まいか…むぐぐ」

あかねはにっこり笑って首を振った。
「その姿はとてもきれいですけど、いつもの泰明さんが一番好きです」
「分かった。ではこの仕事が終わったなら、元の姿に戻ることにする」
「……神子殿、見事な手際だ」

その時、部屋の外から頼久が控えめに声をかけた。
「牛車の準備が整いました。いつなりと、出立できます」
「分かった。すぐに行く」

あかねは、泰明を見上げて言った。
「行ってらっしゃい、泰明さん。
一刻も早く怪異を解決して、
藤姫のお姉さんを安心させてあげて下さいね」

泰明は、あかねの手を取って微笑む。
「案ずるな、神子。
一刻も早く事件を解決して、私はすぐに戻ってくる。
それまで神子をよろしく頼む、藤姫、頼久」

――務めを果たし、さっさとあかねの元に帰る。
固い決意を胸に、泰明は内裏へと出立した。


* * * * * * * * * * * * * * 


だが、泰明の牛車を見送った後も、あかねは何となく落ち着かない。

……泰明さん…大丈夫かな。
内裏には陰陽師のお仕事で何回も行っているから、
正体がバレてしまわないかな。
あんなにきれいだと、とても目立つし…。

ううん、でも泰明さんのことだから心配要らないよね。
誰かが疑うより前に、事件を解決してしまうんじゃないかな。
きっと、そう。

それより心配なのは……

あかねは自室の前の簀子に下りた。
そして高欄に止まっている小鳥に話しかける。

「泰明さん、間違えていつもの声で話したりしないように気をつけて下さいね」
小鳥はぴょんと飛び上がり、泰明の声で答えた。
「問題ない、神子。
内裏にいる間は女声になるよう、自分にまじないをかけた」

「それから、寝る時はちゃんと寝床に入って下さい」
小鳥はびくんとして、ぱたぱたたぱぱたたと翼を動かした。
「気をつける、神子」


* * * * * * * * * * * * * * 


……どうして神子は分かった。

泰明は、がたごと揺れる牛車の中で首を傾げた。

小鳥が式神であること。
そして先日、あかねが留守の時、
自分が文机の前の床で眠ったことを…。

牛車の屋根から、ぽつ…ぽつ…と小さな雨音が聞こえてきた。

思えば、異変はあの夜に起きていた。
中宮が里下がりで土御門にいる間、藤壺は無人同然だった。
翌朝、土御門に同行しなかった女房が、広い藤壺のあちこちで、
調度が動かされたり倒されたりしているのを見つけ、
大騒ぎになったのだ。

雨音が次第に大きくなっていく。

犯人捜しが行われたことは言うまでもないが、
誰とも特定できず、その後も夜になると異変は起きた。
誰もいない塗籠で物音がして、恐る恐る行ってみると、
唐櫃の蓋が外れて中の物が散らばっていたり、
触れてもいないのに几帳がいきなり倒れたりするのだ。

その時、ふと異様な気配を感じて、
泰明は牛車の物見を少し開いて外を見た。

と、橋のたもとに怨霊となった死人が佇んでいる。
現世によほど執着があるのか、悲しげな眼をしたまま、
激しくなっていく雨足の中で、行き交う人々を見つめたまま動かない。

泰明は式神の集団を呼び出し、橋に向かうよう短く命令を下した。
そして自らも牛車を止め、雨の中に飛び出す。

ほどなくして、怨霊調伏を終えた泰明が戻ると、
再び牛車は動き出した。

……神子が一緒ではなくてよかった。
雨の中に出ていって、あの怨霊が濡れないようにと、
衣など貸しかねない。

やはりこの仕事、私が受けてよかった。
泰明は安堵の息をもらした。

内裏で、しかも夜の間に起きる異変ゆえ、藤壺中宮と左大臣からは、
最初、あかねに協力してほしいとの話が来たのだ。

泰明の返事は、 「断る!!!」

という率直なものだったが、異変をそのままにはできず、
「ならば泰明、お前が行けばいい」
「お師匠が行けばいい」
「行けるものなら、とうに行っておる」
という、安倍晴明との押し問答の結果、このようなことになった。

なぜ、お師匠は行かれないのだろう…?
お師匠が女房姿になると、何か問題があるのだろうか。


* * * * * * * * * * * * * * 


泰明扮する藤壺の新しい女房は、
たちまち内裏中で噂になった。

「あのように美しい女性がいるとは」
「うつむいたあの横顔…息を呑みましたぞ」
「あの気品とそこはかとない気迫は…何に例えてよいやら」
「おや、皆で集まって何のお話かと思えば。ははは…では失礼」
「どこに行かれる」
「答えるまでもありませんな」
「麿もこれから所用がある。これにて」
「何と。こうしてはおられぬ」

一方、泰明は到着するなり、中宮への挨拶もそこそこに
異変の起きた場所を調べ始めていた。
時間をかけるつもりはない。
だが、見落としのないように隅々まで見ていく。

調度品が動いただけならば、
人間の仕業と考える方が理にかなっている。
だが、誰もいない部屋で物が動くとなれば話は別だ。

動かされたのか。
それとも、動いたのか。
まずはそこからだ。

今、この藤壺に怨霊の気配はない。
では痕跡はどうだろうか。
だが人目のある所で術は使いたくない。

「これから塗籠を調べる。誰も入るな」
「これから塗籠を調べてみます。誰も入らないで下さい」
まじないの作用で泰明の言葉は女声に変換・翻訳され、
近くにいた女房が頷くのを確認すると、泰明は塗籠の扉を閉めた。


* * * * * * * * * * * * * * 


そのようなことなど露知らず、美貌の女房を目当てに、
藤壺には貴族達が次々と集まってきていた。
中には、勝手なもので、異変の噂で遠ざかっていた者達までいる。

「どのような出自の方なのか」
「鄙の出とはとても思えぬが、
都にいたなら、とうに評判になっていてもおかしくない」
「貴族の血筋であることは間違いなかろう」
「凋落した家の出ではないのか。だとすると…」
皆の妄想は膨らむばかりだ。

そこへ侍従の香が漂い来て、友雅がにこやかに現れた。
何とか回復したようだ。
「新しい女房殿は、ずいぶんと評判になっているようだね」
「おや、橘の少将殿。お耳が早いことだ」
「少将殿に来られると分が悪い。遠慮してはもらえませんかな」
もちろんですよ。喜んで

しかし彼らはとうとう泰明には会えなかった。
塗籠を出た泰明は、北の庇から藤壺を出ていたのだ。

その手にあるのは、髪の毛よりも細く透き通った糸。
これは小さな手がかりか、否か。

泰明は足早に渡殿に入った。
その時―――

前方の扉が、ばたんと閉められた。
続いて、背後の扉もまた。

「くだらぬことを…」
泰明は足を止めることなく進んでいく。

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タイトルそのままがベースの話です。
ただ、内裏に行くのが泰明さんという…。
「はじめてのおるすばん」から続いていますが、
単独で読んでも大丈夫です。

SSになると思って書き始めたら、ありゃりゃ?なことに。
削って削って、メインのギャグを削っても、まだ続くとは…。

少しでも笑える所があるといいけれど……
どうか最後までお付き合い下さい!!


2011.11.13 筆