重衡殿被囚


3. 東下り


「笑止!」
重衡の声が満座の武士の間に響き渡った。

居並ぶ源氏の郎党は一斉に気色ばむ。
「俘虜の身でその言いようか!」
「かつては殿上人なれど、今はただの咎人」
「身の程をわきまえよ!!」

彼らが憤るのも無理はない。
囚われの身であるはずの重衡が、なぜか自分たちよりも
優位にあるかの如く感じられてならないのだ。

重衡を目にするまでは、音に聞こえた不敗の将とは
さぞや剛胆にして威容辺りを払う大男であろうと、皆が思っていた。
墨俣、水島、室山など、源氏が苦杯をなめさせられた合戦の記憶はまだ生々しい。
ましてや、南都を焼き尽くした神仏をも恐れぬ所業を為した男。
いかなる猛き強者かと身構えていたのだが・・・。

静かに現れ出でたのは白皙の青年だった。
女と見まごうばかりに整った美しい顔立ちと、
縄を打たれていてさえも、舞うが如きに流麗な所作。

荒ぶる戦の世界とはあまりに遠い、雲上の貴なる人の姿に、
しばし彼らは息を潜め、目を見張るばかりだった。

しかし
「評判だけが大きゅうなったようだな」
「信じられぬ、このように柔弱な者に、我が源氏が煮え湯を飲まされたというのか」
「いや、運良く周りに助けられたのだろう」
気圧された分だけ、反発する心もまた大きく膨れ上がる。

彼らは重衡に威圧的に命を下した。
貴族の暮らしが染みついた者なれば、命惜しさに意のままになろうと。

顔の筋一つ動かさず黙して聞いていた重衡だったが、
口を開くや言下に言い放ったのである。
「笑止!」と。

激高し、太刀を抜きかねない者達を前に、重衡は微塵も動じる様子がない。
昂然と顔を上げ、言葉を継ぐ。

「戦にあって、勝ちて負けるは常のこと。明日は我が身と思われよ」
「もう平家に明日という日はないのだぞ。然らば」

重衡は薄い笑みを浮かべる。
「この重衡の身一つと、三種の神器を引き替えにとは、
正気の沙汰とも思えません」

「何っ!!」
「我らを愚弄するか」
幾人かが太刀を抜き放った。
重衡の喉元に刃が突きつけられる。

「我が一門に向けそのような書状、私が命惜しさに書くとでもお思いか」
声一つ、震わせるでもなく、重衡は毅然として続けた。
「それが目当てで、この重衡を生け捕られたのが鎌倉殿の本意ならば、まさしく笑止」

刃が動く。
つ・・・と喉に血が流れた。
「我らのみならず、頼朝様まで愚弄するとは、この場で斬り捨ててくれようぞ」
「ならば源氏の武士殿は、我が身惜しさに命乞いの書状を喜んで書かれると?」
「貴様ぁっ!」

太刀が振り上げられた時、部屋の外から声がした。
「ああ〜っ!だめだめ!!」
武士の動きが止まる。
「景時様・・・」

「梶原殿・・・?」

「いけないよー、短気を起こしちゃ。大切な人質でしょ」
「も、申し訳ございません!・・・しかし、こやつは」
「こっちの負けだったね。捕虜の身で、回り中囲まれちゃって、おまけに
刀をつきつけられても、平気な顔で言いたい事言うなんて、敵ながらすごいよ」
「か、景時様・・・」
「ね、みんなも心の中ではすごいなって、思ってなかった?」
「は、はあ」
「平家の者は、贅に溺れた惰弱な者ばかりと思っておりましたが・・・」
「このように気骨のある者もいたのかと」

景時は重衡の前に来て座った。
「オレ、源氏の軍奉行で、梶原平三景時。遅れちゃってごめんね〜。
でも聞いた通りだから、部下の失礼は許してやってくれないかな」
「囚われの身の私には、何も申すことはありません」

答えながら重衡は、眼前の源氏の軍奉行にひたりと視線を当てた。
頼朝の懐刀、との評判に、この景時という男の振る舞い、あまりにも相違している。
真意は測りかねるが、底の知れない男だ。
そもそも軍奉行であるならば、この席は景時自身の到着を待って開かれたはず。
・・・となれば、答えは一つ。陰にて様子を見ていた・・・ということか。

形ばかりの詮議の後に、都大路を衆目の中に渡されて、いずれ六条河原の辺りで、
他の平家の将の首級と共にさらされるものと思っていたが・・・。
三種の神器との引き替え交渉のための手段にされるとは。

しかし、命惜しさに敵方と取引など、武門の将たる者がするはずもない。
また、今の平家の寄って立つよすがである三種の神器・・・、
何びとを犠牲にしたとて返還する道理もないのは、とうに分かっていることではないのか。

それならば、この申し出の本当の目的は何か。
この景時なる男が知っているのだろうか。

敗軍の将として誅されるならば、是非もない。
しかし、一門をさらに追いつめるための策が講じられているなら、
唯々諾々と死を受け入れるわけにはいかない。
しかも手駒として利用されるなどは・・・。

「でもさ、あの距離で太刀をかわす自信あったんでしょ。本当、すごいよね〜」
・・・この男、読んでいたか。
しかし、淡々と答える。
「私を買いかぶり過ぎておられます」
「そう? ならいいけど、みんな血の気が多いからさ、あんまり無茶しない方がいいよ」
あっけらかんとしゃべりながら、景時も重衡に据えた目を離さない。

これが南都焼き討ちの大罪人か?・・・なんて澄んだ眼をしてるんだ。

説得なんて、できる相手じゃない・・・それに・・・
オレ達の要求通りに書状を書いたところで、結果は目に見えている。
この男はそれが分かっているし、頼朝様もそこまで予期しておられるはず。
いずれにしても、三種の神器の返還に応じない平家は、
ますます悪い立場に追い込まれていくことになるだろう。
つまりは、ここにいる重衡が人質として介在しても、しなくても・・・結果は同じ。
ならばどうして・・・頼朝様は・・・。

「失礼ながら景時殿」
重衡が景時の話を遮った。
「ん?」
「書状の向きはお断り致しました。次なるご沙汰をお尋ねしてもよろしいでしょうか」

景時の顔から笑みが退いた。表情のない声で答える。
「鎌倉へ・・・・行ってもらう」


続く



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