お館様の休日・1 プロローグ


鬼の洞窟に、冷ややかな声が鞭のようにぴしりと響いた。

「四方の札は、神子が全て入手してしまった。
これほどの不始末をしでかしておきながら、
よくもおめおめと戻ってこられたものだな」

「お怒りは当然です。いかような処分もお受けする覚悟」
「申し訳ありません、お館様。このシリン、今度こそ」
「いいえ、僕に任せていただければ、次こそ絶対に」
「………ご命令を、お館様」

「言い訳など聞き飽きた」

吐き捨てるように、アクラムは言った。
怒っている上に、少々疲れ気味…でもあるようだ。
本人に連動しているのか、仮面の目の下にまでクマができている。

連戦連敗では無理もない。
上に立つ者としては、部下達のふがいなさに切歯扼腕する思いだ。
何しろ、自分の計画は完璧だったのだから。

ぷいっ…

なおも言い訳を続ける部下や寡黙すぎる部下を残して、
アクラムは無言で姿を消した。

「お館様!」
「どちらへ?!」

当然、返事はない。

どーしよー……
四人は顔を見合わせた。

「お前達のせいだ!
もしもこのままお館様が帰ってこなかったら…僕は」
「何を言ってるのさ、悪いのは誰だと思って」
「よさないか! 一族を率いるお館様が出奔するなどと、
本気で思っているのか!」

イクティダールの一喝で、セフルとシリンは黙った。
ランは身じろぎもせず、その場に立っている。

「とにかく今は、仲間割れしている場合ではない。
お前達は、お館様の様子に気づかなかったか。
自分には、ひどくお疲れのように見えたが」
「そういえば、仮面にクマが…」
「心なしか、肩を落としていたような…」

「お館様が心配だ。あたしが探しに行くから、止めるんじゃないよ。
このシリンが、疲れたお心を慰めて」
「お館様の力になるのは僕だ」
「子供に何ができるのさ」
「お前みたいなしつこい女にベタベタされたら、
お館様はもっと疲れるに決まってる」
「何だってぇ!」
「よせ!」

しーーーーーーん

「お館様の力は知っているだろう。よけいな心配は不要だ」
「いつもと様子が違うと言ったのは、イクティダールじゃないか」
「それでもあたしは心配だよ。
もしもこんな時に、神子や八葉と出くわしたら…」
「確かに、無傷ではすまないかもしれない」
「イクティダールが止めても、僕は行くからな!
お館様をお守りするんだ」
「その役目はあたしのものだよ」

「みんなで…行けばいい」
ぽつりとランがつぶやいた。


というわけで、鬼の面々はアクラムを探すため、
「手分け」という名目で四方に散った。





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2010.04.15