お館様の休日・4 白虎


剣神社へと続く参道。
ばったりと出くわしたイクティダールと鷹通、友雅が
険悪な雰囲気を漂わせてにらみ合っている……
ように見えるが

「剣を抜くのは本意ではないのだ。
ここはおとなしく引き下がってほしい」

「私も無用な戦いはしたくありません。
ですが、鬼の副官がこうして出てきたからには、
何か理由があるはずです。
それを説明して頂きたい。
納得できたなら、喜んでこの場を去ります」

「ああ、つまり話し合うということだね。私も賛成だよ。
剣など振り回しても疲れるだけなのだから」



さくさく…ごりごり…
その間も、アクラムは神社の小暗い場所で、
熱心に何事かをしている。

と、その時、
わしゃわしゃわしゃわしゃ…わしゃわしゃわしゃわしゃ
目の前に小さな虫が大量に這い出てきて、アクラムの白い手にたかった。

ぞわわ〜〜〜
ぺちんっ!
ぽろ…

しかし、払い落とすそばから、次の虫が這い上ってくる。

ぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわぞわ
ぺしっぺしっぺしっぺしっぺしっ
ぽろぽろぽろぽろぽろぽろぽろ

術で吹き飛ばそうとして、アクラムはふと手を止めた。

術など使ったら、虫けら風情を本気で相手にしているようではないか。
危ないところだった。
誰が見ていても、見ていなくても、
鬼の首領としての威厳は何よりも大事だ。

アクラムはせっせと手で虫を落とし始めた。

しかしなぜ私がこのようなことを…
これもあれもそれもどれも
無能な部下達のせいだ!!!

虫けら共、容赦はせぬぞ。
私は虫など恐れぬのだよ。
これは鳥肌ではない。少し寒いだけだ。
私の手ににじにじよじ登ったことを、後悔するがいい。



「どうしても聞き分けてはもらえないのか」
「あなたの話には説得力がない。
もう少し具体的な根拠を示して」
「二人とも、仕事熱心なのはいいが、立ち話は疲れるものだよ。
その辺の石にでも腰掛けて、ゆっくり話さないか」

「友雅殿、先ほどからあなたは全く話に加わらず、
口を開けば疲れるとか、休もうばかりです。
もう少し真面目にやって頂きたい」
「確かに、地の白虎はやる気がないように感じられるな」
「おやおや、二人して私を責めるのかい」

「そういうことではありません!
せめて話し合いに参加してはくれませんか。
これではまるで、私が一人で交渉しているようなものです」
「君も苦労しているようだな、天の白虎」
「いえ…いつものことですから、もう慣れました。
すみません、これでは話し合いが進みませんね」

いや、進まぬ方がいいのだ。
お館様は、先ほどここにお見えになった。
ということは、ここに来る前に他の場所にも立ち寄られたはず。
ならば、また別の場所に移動することもあり得る。
しばしの時間、彼らを足止めできれば……。

「地の白虎、一つ尋ねたい」
「尋ねているのはこちら側だと思っていたが、
まあ、堅苦しいことは言うまい。
私で答えられることならば、かまわないよ」

「先ほどから君は、私と天の白虎との話し合いに無関心な様子だ。
年長者である君が、天の白虎に協力しないのはなぜだろうか。
彼が一人で私を相手にしているのを、ただ座して見ている…
あまりに冷たいやり方ではないのか」
「さあ、なぜだろうね。ご想像にお任せするよ」
「友雅殿!」

「ただ、一言だけ言っておこうか。
私と鷹通の仲間割れを仕掛けても無駄というものだよ、イクティダール」
「!! 私に同情するような言葉は、罠だったということですか!」

それは誤解だ。
だが、言っても信じてはもらえないのだろう。
勤めに忠実で、なおかつ敵対する相手にも
冷静に向き合うことができる…
ある意味、そのような者と共に任に当たれるのは幸運なのだ。

「私の今の一言で、まずそこを考えるとは、
さすが地の白虎というべきだな」
「お褒めにあずかり光栄、とお答えしよう」
「しかし、君のように優秀な武官であるならなおさらのこと。
共に務めを果たそうとしている有望な青年を、
支え育てようとは思わないのか」
「そんな難しそうなことをしなくても、
鷹通ならもう立派に一人前だと思っているよ。
そうではないのかな、鷹通」
「友雅殿…」
「交渉事は、有能な文官に任せるに限るからね。
イクティダールとの話し合いが決裂したなら、
その時が私の出番と心得ていたのだが」



ていっ!

アクラムは石を投げた。

わしゃわしゃわしゃわしゃ…わしゃわしゃわしゃわしゃ…
虫達が散り散りに逃げていく。
わしゃわしゃわしゃわしゃ…わしゃわしゃわしゃわしゃ…

ふはははははははははははははははははははははは…
思い知ったか、虫けら共。

すっきりした気分で、アクラムは空を見上げた。
深く息を吸い込むと、どこからか漂い来た花の香りが心地よい。

仕方なくこうしてはいるが……
今日は、洞窟から出てよかったかもしれぬな。
残るは、あと一か所。

アクラムはまんざらでもない笑みを浮かべると、姿を消した。



……お館様が、去った。
長居は無用。

「これ以上の話し合いは無駄のようだ。
残念だが、ここは私が退くことにしよう」

一人だけ腰掛けていた友雅が、
やおら立ち上がって口を開く。
「時間稼ぎは終わったのかな、イクティダール」
「!!」
「その顔、図星のようだね」
「友雅殿、気づいていたならなぜ」
「そうだ、地の白虎。
情けをかけたつもりなら、
私に対してこれ以上の侮辱はない」

「そんなに怒ることでもないと思うのだが…。
理由は簡単なことなのだからね。
君は、アクラムの命令で動いているのではない、
ということなのだが、どうかな?」

イクティダールは姿勢を正した。
「そこまで見通していたなら、何も言うことはない。
君達と、いずれ決着を付けねばならないのが残念だ」
「この場で、とは言わないのだね」
「……無用な争いは避けたい。
これは私の本心なのだ」

イクティダールの姿は、一瞬でかき消えた。



鷹通は、がっくりと肩を落としている。
「なぜ分かったのですか、友雅殿…」
「おやおや、落ち込んでしまったのかな、鷹通。
なに、私が少々疑り深いというだけのことだよ。
「しかし…」

「彼はアクラムの右腕だ。もしも彼がアクラムに、
我々がここを通るのを止めるようにと命じられていたとしたら、
ここまで時間をかけて説得しようと試みただろうか?
鬼の企みに関係したものならば、もっと必死になるはずだよ。
だが実際に彼がしたことと言えば、事を荒立てぬようにすることと
非難の矛先を私に向けたりしながら、話を長引かせたことだけだ。
彼の本当の目的は何か、鷹通ならばどういう結論を出すかな?」

「友雅殿…私はまんまと彼の策に嵌ったようです。
なじるような事を言って、申し訳ありませんでした」
「気にすることはないよ。
彼が剣の腕だけではなく、
頭も働く男だと分かっただけでも収穫ではないかな。
それより……」

友雅は神社に背を向け、先に立って歩き出した。

「肝心の仕事の方はどうしたのかな、鷹通。
鬼と出くわして、すっかり足止めを喰らってしまったが、
治部少丞殿は、剣神社に来たわけではないのだろう?」

慌てて鷹通が後を追う。
「そうでした。
でも、どうしたのですか。
友雅殿が治部省の仕事に興味を示されるとは」

「いや、この近くに立ち寄りたいところがあったのでね、
これ幸いと、鷹通の護衛をさせてもらったというわけだよ。
この辺りは、昼でも物騒だからね」

「………だいたいの察しはつきました」



お館様……。

アクラムの気を捉えたのは、ランであった。

大丈夫だ。
近くにいるのは、ただの人間。
お館様の存在に、気づくことさえできない。

私は不要だ。

ランが村から離れ、
近くを流れる川のほとりに出た時……






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2010.04.18