お館様の休日・2 青龍


真っ先にアクラムを見つけたのはセフルだった。

アクラムの放つ強い鬼の気は、
一族の血を引く者ならば、過たず捉えることができる。

お館様は…丘の頂上に向かっているのか。

セフルは木の上に登り、目を閉じてアクラムの気の動きを追っている。

疲れている時、怒っている時、自分だったらどこに行くだろう…。
そう考えて、ここ…木々の生い茂る双ヶ丘に来てみた。

お館様と同じ考えだったことが、セフルには躍り上がるほどうれしい。
すぐにでも飛んでいって、これまでの失敗を詫び、
次こそ命令を果たすと誓いたい。

だが、セフルは身を隠している。
イクティダールの命令なのだ。

「お館様は、我々に対して怒っているのだ。
怒りの鎮まるまで、我らは姿を見せぬ方がいいだろう」

「身を隠したまま、お守りするんだね。
健気な役目はあたしにぴったりさ」

「仮面にクマができるほど、お館様はお疲れだ。
お一人で心ゆくまで休んだなら、いずれお気持ちも和らぐだろう」

イクティダールから命令などされたくない。
けれど、言われてみればその通りだ…と思う。
お館様は、なかなかに気難しいのだ。
たまの気晴らしを邪魔したくない。

その時、人の近づいてくる気配がした。
セフルは舌打ちする。
「あいつら、なぜここが分かった…?!
だが、お館様の所へは絶対に行かせないぞ」



丘の上に、雲一つ無い青空が広がっている。
さやさやと吹く風が、束帯の袖を揺らす。

しかしアクラムは、爽やかな風景にも心地よい風にも、
全く興味がないようだ。

うずくまったまま、何やら黙々と作業を続けている。



足腰の鍛錬のため双ヶ丘を縦走していた頼久の前に、
セフルが両手を広げて立ち塞がった。

「天の青龍、ここはお前の来る所じゃない。
さっさと帰るんだな」

突然、鬼の子が目の前に現れても、
それに動じる頼久ではない。
抜く手も見せずに剣を構える。

「鬼の子、そこをどけ!
わざわざ邪魔しに来るとは、この先に何かある証拠。
鬼の企みを見逃すわけにはいかない!」

しまった! 確かにその通りだ。

頼久が、じりっと前に出た。
「どかねば、子供といえど容赦はしないぞ!」

確かこいつ、けっこう強かったんだっけ。
ん? 後からもう一人近づいて来る!
地の青龍……か。チッ…厄介だな。

セフルは、ちらっと丘の頂上に目を走らせた。
あまり派手なことをすると、お館様が気づいてしまう。

こうなったら……えーと……そうだ!

「天の青龍、ここで引き返せ」
「退かぬと言っている!」
「だったら!」
「だったら? 条件など聞く気はない!」
「お、お前の好きな人をバラしてやる!」
「へ…?」
「地の青龍に教えてやろうかなぁ」
「ひ…」

あれ、動きが止まったぞ。

「でたらめなことを!
そのような空言に、この頼久が騙されるとでも思ったか!」

あ、立ち直った。
クソッ! もう一押しだったのに……。

待てよ…こいつ、頼久って言うのか。
確か、源の武士だったよな。
よし、こうなったらイチかバチか、押し切るしかない!

「フン! 強がりはそこまでだ、天の青龍。
空言じゃない証拠に、言ってやるよ。
名前に「も」の字が付くんだろ」

「ほっ…やはり出任せ……いや…違う!
確か、あの方の真名は……」

「ついでに、「と」も付くんだ! どうだ!!」

「うぐっ…」

青くなってる、あ、今度は赤くなった。
勝ったぞ! トドメだ!!

「「み」の字もあるんだろう?!」

「や…やめ…」
「ん〜? 何かなあ、聞こえないよお、天の青龍」

そこへ
「何やってんだ、お前ら」
天真が来た。

「ててててて……」
「どうした、頼久」
「いいところに来たな、地の青龍。
こいつの好きな人ってさー」
「わわわわわ……」



裾についた土を払い、アクラムはゆっくり立ち上がった。
「これで盤石」

そして初めて空を仰ぐ。
「今日は…よい天気だったのか」



「はあぁぁ?」
天真は小指で耳を掻いた。
「何、ガキみたいなこと言って喜んでんだよ。
って、ガキだったな、お前」

「何だと!! 人間の分際で…」
「頼久もだらしねえな。
大人が子供にからかわれてどうするんだよ」
「たたたたたしかに、天真の言うとおりだ。
持つべきものは、真の友だ」
「やめろ! 素でそんなこと言うな!!」

セフルは唇を噛んだ。
調子に乗ってからかっていたのがマズかった。
天の青龍と地の青龍。
二人を同時に相手にしなければ……

その時、アクラムの気が消えた。

お館様…!

気の届く限り探ってみても、アクラムはどこにもいない。

少しは休めたんだろうか。
この騒ぎに気づいていなければいいが…。
だが、お館様がいないと分かれば、もうここには用がない。

「次に会う時には容赦しないからな」
捨て台詞を残して消える。

「つまり、今のは容赦してたってことか?」
「いや…容赦なかった」
「大丈夫か、頼久。目の下にクマができてるぜ」
「だだだだだ大丈夫だ」

―― 最後まで並べてみたら、自分の名前。
や〜いや〜い、引っかかった〜 ――
という筋書きで、
セフルが「みなもと」を適当に並べ替えていたとは、
全く気づいていない頼久であった。

その時すでにアクラムは、次なる場所へと向かっていた……。






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2010.04.15