お館様の休日・3 朱雀


「コマネズミって可愛いよね」
「ああ、怨霊のねずみはまっぴらだけどな」
「怨霊…もしかして、もう復活してるかなあ」
「この前倒したばかりだろ? まだ大丈夫さ。
今のうちに、ゆっくり案内するぜ」
「うれしいな。
大豊神社には何度も来ているのに、
コマ鳶やコマ猿までいるなんて、ボク、知らなかったよ」
「いつも言ってるじゃん。
京のことなら、このイノリ様に任せとけって」

イノリと詩紋が神社に入ろうとした時、
イヤミたっぷりな声が響いた。

「そこまでだよ、坊やたち」

二人の前に現れたのはシリンだ。

「鬼! こんな所に現れやがって!」
「ふん、生意気に、このあたしとやり合おうってのかい」
身構えたイノリを、シリンはせせら笑う。

「待ってよ、イノリくん」
詩紋がイノリの袖を掴んで引っ張った。
そして、シリンに向き直って尋ねる。
「そこまで…って、どういうことですか、シリンさん。
ボク達がこの先に行ったらいけない理由でもあるんですか」

大ありなんだよ、この目障りな朱雀共。
お館様がいらっしゃるんだ。
子供なんかに邪魔はさせないよ!

シリンは腕を組むと、斜め上から二人を見下ろした。
「あんた達が知る必要はないのさ。
とっととお帰り」

「何だと! そんなこと言われて
はいそうですか、なんて
おとなしく引き下がるイノリ様じゃないぜ!」

「子供だからって、あたしが手加減するとでも思ってるのかい。
甘ちゃんだねえ」

「また何か企んでるんだろうが、
オレ達に見つかったのが運の尽きだったな、おばさん」


……………
今、何て言ったんだい、この小僧……
よりによって、あたしのこと……

「いけないよ、イノリくん」
詩紋が、ひそひそ声でイノリに言った。
「何のことだよ詩紋」
「おばさん、なんて呼んだら悪いよ。
きっと気にしてるから」

聞こえてるんだよ。
わざとらしく声を潜めるんじゃないよ。

「そうか? でもお姉さん、じゃおかしいだろ」
「だから、名前で呼んであげればいいんじゃないかな、
ボクがやったみたいに」

カチン…!
あげれば…って何さ。
そっちの方が失礼じゃないか!
地の朱雀の方は少しはまともだ、
なんて思ったあたしがバカだったよ。

「鬼に気を遣う必要なんてないじゃん」

あんたの方は、少し気を遣いなさいよ!

「鬼っていっても、一応女の人なんだから、
自分が年取ってるなんて、認めたくないはずだよ」

「そういや、姉ちゃんもこの前、
近所の子におばちゃんて言われて落ち込んでたな」

天の朱雀、あたしとあんたの姉を一緒にするんじゃないよ!

「ね、同じでしょう?」

違う!!

「女の人って、どんなに年を取っても
カチン…!
「自分はまだまだ若くてきれいなんだ、って
信じていたいんじゃないかな」
カチン…!

「へえ〜、詩紋って、変なトコ詳しいんだな」
「変…かなあ」

変だ!!
あたしとしたことが、あどけない顔にダマされたよ。
こうなったら…

その時イノリが、おずおずと言った。
「わ…悪かったな、シリン。
あんたのこと、おばさん、なんて言ってさ」
ふてくされた顔をしているが、反省しているのは伝わってくる。

天の朱雀、意外と素直なやつじゃないか。

詩紋が隣でぴょこんと頭を下げた。
「シリンさん、どうかイノリくんを許してあげて下さい」

許せないのはお前の方なんだよ!! 地の朱雀!!!

「だからお子様は甘いのさ。
このあたしにさんざん酷いことを言っておきながら
一言詫びるだけですむと思ってるのかい!?
たっぷり痛い目に遭わせてあげるから、覚悟するんだね!」

本来の目的はそっちのけでアタマに血が上ったシリンだったが、
術を放とうとした瞬間、アクラムの気が消えたことに気づいた。

お館様が…行ってしまった……
せっかく、お側でお守りできると思ったのに……

放心したように腕を下げてうつむいたシリンを、
イノリと詩紋は怪訝な顔をして見ている。

「やっぱり、傷つけちゃったかな」
すごく気にしていたのかもしれないね」

もうっ!! こんな所にいたくない!!

シリンは消えた。

「あいつ、何がしたかったんだ?」
「女の人って、よく分からないね」


そしてアクラムが向かう次なる場所は……。






[1.プロローグ]  [2.青龍]  [4.白虎]  [5.玄武]  [6.エピローグ]

[ご案内]


※詩紋くんがっぽく見えるかもしれませんが、
くないです!
絶対に!!



2010.04.16