「コマネズミって可愛いよね」
「ああ、怨霊のねずみはまっぴらだけどな」
「怨霊…もしかして、もう復活してるかなあ」
「この前倒したばかりだろ? まだ大丈夫さ。
今のうちに、ゆっくり案内するぜ」
「うれしいな。
大豊神社には何度も来ているのに、
コマ鳶やコマ猿までいるなんて、ボク、知らなかったよ」
「いつも言ってるじゃん。
京のことなら、このイノリ様に任せとけって」
イノリと詩紋が神社に入ろうとした時、
イヤミたっぷりな声が響いた。
「そこまでだよ、坊やたち」
二人の前に現れたのはシリンだ。
「鬼! こんな所に現れやがって!」
「ふん、生意気に、このあたしとやり合おうってのかい」
身構えたイノリを、シリンはせせら笑う。
「待ってよ、イノリくん」
詩紋がイノリの袖を掴んで引っ張った。
そして、シリンに向き直って尋ねる。
「そこまで…って、どういうことですか、シリンさん。
ボク達がこの先に行ったらいけない理由でもあるんですか」
大ありなんだよ、この目障りな朱雀共。
お館様がいらっしゃるんだ。
子供なんかに邪魔はさせないよ!
シリンは腕を組むと、斜め上から二人を見下ろした。
「あんた達が知る必要はないのさ。
とっととお帰り」
「何だと! そんなこと言われて
はいそうですか、なんて
おとなしく引き下がるイノリ様じゃないぜ!」
「子供だからって、あたしが手加減するとでも思ってるのかい。
甘ちゃんだねえ」
「また何か企んでるんだろうが、
オレ達に見つかったのが運の尽きだったな、おばさん」
え
……………
今、何て言ったんだい、この小僧……
よりによって、あたしのこと……
「いけないよ、イノリくん」
詩紋が、ひそひそ声でイノリに言った。
「何のことだよ詩紋」
「おばさん、なんて呼んだら悪いよ。
きっと気にしてるから」
聞こえてるんだよ。
わざとらしく声を潜めるんじゃないよ。
「そうか? でもお姉さん、じゃおかしいだろ」
「だから、名前で呼んであげればいいんじゃないかな、
ボクがやったみたいに」
カチン…!
あげれば…って何さ。
そっちの方が失礼じゃないか!
地の朱雀の方は少しはまともだ、
なんて思ったあたしがバカだったよ。
「鬼に気を遣う必要なんてないじゃん」
あんたの方は、少し気を遣いなさいよ!
「鬼っていっても、一応女の人なんだから、
自分が年取ってるなんて、認めたくないはずだよ」
「そういや、姉ちゃんもこの前、
近所の子におばちゃんて言われて落ち込んでたな」
天の朱雀、あたしとあんたの姉を一緒にするんじゃないよ!
「ね、同じでしょう?」
違う!!
「女の人って、どんなに年を取っても」
カチン…!
「自分はまだまだ若くてきれいなんだ、って
信じていたいんじゃないかな」
カチン…!
「へえ〜、詩紋って、変なトコ詳しいんだな」
「変…かなあ」
変だ!!
あたしとしたことが、あどけない顔にダマされたよ。
こうなったら…
その時イノリが、おずおずと言った。
「わ…悪かったな、シリン。
あんたのこと、おばさん、なんて言ってさ」
ふてくされた顔をしているが、反省しているのは伝わってくる。
天の朱雀、意外と素直なやつじゃないか。
詩紋が隣でぴょこんと頭を下げた。
「シリンさん、どうかイノリくんを許してあげて下さい」
許せないのはお前の方なんだよ!! 地の朱雀!!!
「だからお子様は甘いのさ。
このあたしにさんざん酷いことを言っておきながら
一言詫びるだけですむと思ってるのかい!?
たっぷり痛い目に遭わせてあげるから、覚悟するんだね!」
本来の目的はそっちのけでアタマに血が上ったシリンだったが、
術を放とうとした瞬間、アクラムの気が消えたことに気づいた。
お館様が…行ってしまった……
せっかく、お側でお守りできると思ったのに……
放心したように腕を下げてうつむいたシリンを、
イノリと詩紋は怪訝な顔をして見ている。
「やっぱり、傷つけちゃったかな」
「すごく気にしていたのかもしれないね」
もうっ!! こんな所にいたくない!!
シリンは消えた。
「あいつ、何がしたかったんだ?」
「女の人って、よく分からないね」
そしてアクラムが向かう次なる場所は……。