2.赤毛の依頼人


「そなたも、赤い髪なのだな・・・」
入って来るなり、依頼人は言った。
「おもしろい挨拶だね。覚えておくよ。今度姫君にも使ってみようかな。
で、あんた、名前は?」
「我は・・・名を持たぬゆえ、幻影・・・とでも呼んでくれればよい」
ヒノエの目がきらりと光った。
「ふうん、自分の名を持っていない・・・?」
「興味を惹かれますか、ヒノエ?」
「で、依頼の件は、名前探しかい?」
「いや、そうではない・・・」

幻影の話は次のようなものだった。

ひと月ほど前から、外出先から帰ってみると、何者かが家に侵入した形跡がある。
庭の草木が荒らされていて、家の中も家具が傷つけられたり床に泥がついていたりする。
しかし調べてみても、何かが盗られたわけではない。
さらに、ここ数日は夜中にも何者かの気配がする。いったい何が起きているのか・・・。

「名前はないのに、自分の家はあるのかい?」
「名前も、過去の記憶もない。だが、我はいつのまにか今の家の庭にいた。
なつかしい気持ちがするゆえ、ここが我の家なのだろうと思った」
「で、ちゃっかりそこに住んでるわけ?けっこうな度胸だね。で、家はどこに?」
洛東(イースト・エンド)の ロックハーラにある。近づく者もないので、そのまま住んでいる」
「ひゅ〜♪」
「タイラー家の人、に間違いないようですね」
「あんた、誰かに恨まれたりしてないのかい?タイラー家といえば、今の政府とは
過去にいろいろあったからね。」
「我には、わからぬ」

「今の話だけでは全体像がはっきりしませんね。ロックハーラに遠出することになりますか・・・」
「そうだね。でもその前に一つ聞かせてくれる?
あんた、入って来るなりオレの髪の色のことを言ったけど、どうしてだい?」
「ああ、それは・・・詮無きことと思い、話さなかったのだが・・・」

先月の初め頃のこと、一人の男が幻影の家を訪ねてきた。
応対に出た幻影を見るなり、男は大仰に驚いて、ひどく興奮しているようだった。
「おお、なんとすばらしい赤毛でしょう!!あなたこそ、我が赤毛萌同盟が求めているお方!
こんなにすばらしい髪をお持ちのあなたが、このように淋しげな所にいてはいけません!!
是非、私と来て下さい!新しい家をご用意いたしますから」
男は一気にまくしたてた。

「用件はそれだけか・・・」
ドアを閉めようとする幻影に、男はすがるようにして、さらにいろいろなことを 言ってきた。
いきなり自己紹介もせず失礼したが、自分は赤毛萌同盟の支部長をしている。
赤毛萌同盟とは、美しい赤毛に限りなく萌える人達の集まりで、赤毛キャラの幸せのために
尽力することを目的に結成されたNPOなので、決して!!!怪しいものではない!!!

「我には関係がない」
それでも男は退かなかった。ここが気に入っているのなら無理に引っ越せとは言わない。
けれど、あなたのようにすばらしい赤毛の持ち主を、このような境遇のまま放ってはおけない。
無償の支援が怪しいと思うのなら、仕事ということで、同盟に参加してはくれないだろうか?云々・・・

その仕事というのは、赤毛萌同盟の会員宛、手紙を自筆で書く、というものだった。
男は力説した。
「自筆というのが、ポイントなんですよ。あなたのように、すばらしい赤毛で、しかも
美形でいらっしゃる方から文を頂くということは、会員にとって、何にもまさる喜びなのです」

「ふうん、怪しさ満々じゃない。そんな話、信じたのかい?」
「男の言葉が真実かどうかなど、興味はない。だが、無聊をかこつ身ゆえ、
怪しいとは思ったが、文を書く仕事をするようになった」
「へえ、ところで、その男はどんなヤツだい?」
「いつも、こんな→[●●]サングラスをしているので顔はよく分からぬが、髪の長い男だ」

「で、仕事は家でしているのかな?」
洛西(ウェスト・エンド)の アラシ山の近くにある、同盟の(ロンドン)支部まで通っている」
「とっかかりはそこからだな。ところで、今日は同盟の仕事はないのかい?」
「いや、これから行こうと思っている」
「例の男に会ってみたいんだけど、いつもそこに行けば会えるのかな?」
「いや、姿を見せぬ時が多い。だが、今日ならば会えよう。書き上げた文を渡す日なのでな」
洛東(イースト・エンド)から 洛西(ウェスト・エンド)へ通わなければ ならないとは・・・、ずいぶん遠いですね」
「あんたにしてはいい指摘じゃん。けっこう、その辺りがポイントかもよ」
「行って・・・どうするのか。我の依頼と関係あるとも思えぬが」
「オレのにらんだところじゃ、関係大ありだね。ま、信じてくれていいよ。
それに、この赤毛を見てごらん。オレだって、同盟に迎えてもらう資格があると思うんだけど?」
「そなた、文を書く仕事がしたくなったのか?」
「ふふっ、ヒノエのつまらない冗談ですよ。では、行きましょうか?」

アラシ山の麓。同盟の支部は、駅からかなり離れた建物にあった。
「いいかい、オレが探偵だってことは秘密だぜ。あとは打ち合わせ通りに」
「承知している。我はもう来られない、と言えばよいのだな」
「仕事がなくなるかもしれないのに、よくヒノエの提案を受けてくれましたね」
「与えられただけの職だ。失ったとて悔いなどない」
「じゃ、頼むぜ」

「ええ〜〜〜っっっ!!」
男の驚きようは、大変なものだった。
「な、なんで、どうしてぇぇぇ?!」
「それゆえ、こうして引き継ぎの者を連れてきている」
「オレでは不足かい?」
「ええーっと、今しばらく続けて頂くことはできませんか?あとせめて10日、
いえ、来週いっぱいでもかまいませんから・・・」
男はヒノエを完全に無視して幻影に懇願する。
「きみがここまでスルーされるなんて、珍しいですねヒノエ」
「ま、ヤローに無視されるのはかまわないさ」

「ならば、あと一回だけ来よう・・・」
幻影が、ヒノエの目配せに応じて答えた。
「そ、そんなぁ〜」
パニクる男を後に、三人は部屋を後にした。


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