5.敦盛の笛

赤毛萌同盟の(ロンドン)支部長の正体は、 タイラー惟盛。
ちょっと聞くと、弱いプロレスラーのようだが、没落したとはいえ、タイラー家の3代目当主だ。
「怪しい同盟の支部長が、ご当主様とはね。タイラー家の関係者とは思ってたけど、
オレの予想以上の大物だったな」
「火事で行方不明になったと思ってたぜ。無事なら無事って、どうして名乗りでなかったんだ?」
「あなたたちのような、風流(もののあはれ)を 解さない俗人に、何を言ってもムダです」

「人の留守中にトンネル掘ったり、家に上がり込んだりするのも風流なのかい?」
「くっ・・・!」
「え?!」
「この人が?」
「さっきの化けネズミにやらせてたんだろ?」
「あの化け物、お前が飼ってたのか?飼い主なら、もう少しちゃんとしつけろよ。
オレ達、食われそうになったんだぜ」
将臣が言う。
「あ、あ、あなたの言うことなど、聞く必要はありません」
赤毛萌同盟支部長惟盛は、サングラスをその場に投げ捨てた。

「この家は本来、当主たる私の物・・・。それをあやつが・・・。あのいまいましいヤツさえ出て行けば」
「ゆっくり探し物ができるってかい?」
「なぜそれを?!」
「ふうん、図星のようだね。それって、さしずめタイラー家の家宝くらい大切なものだったりして」
惟盛の顔色が変わった。

一陣の風が吹き抜けていく。太陽が雲間に隠れ、辺りは照明を落としたように薄暗くなった。

「三種の神器のことまで、知っているのですね。こうなったら、あなた達を
生きて帰すわけにはまいりません」
そう言うと惟盛は肘を斜めに立て、手をくねくねと波打たせ始めた。
将臣がそれを見て忠告する。
「それって、お前のファイティング・ポーズだろ?やめとけよ。
オレ達にケンカ売っても勝ち目、ないぜ」
しかし、将臣の言葉に耳を貸す気配はない。

「出よ、中鉄鼠隊!私のかわいい大鉄鼠のカタキを討ち、今こそ三種の神器を我が物とするのです!!」

「はあ?」
「さんしゅのじんぎって?」
「鉄鼠?」
「大と中?」
「隊って何よ、隊って」

チュウ・・・
チュウ・・・チュウ・・・
チュウ・・・チュウ・・・チュウ・・・
チュウ・・・チュウ・・・チュウ・・・チュウ・・・
チュウ・・・チュウ・・・チュウ・・・チュウ・・・チュウ・・・

惟盛の声に応えて、穴の中から、さっきの化け物、大鉄鼠の中型バージョンが次々と這い出てきた。
倒れている大鉄鼠の周りに集まり、手を合わせる。
ギラッ・・・こっちを振り返った中鉄鼠達の目が光った。

「あ、もしかして・・・」
「私たちのこと、怒ってる?」
「正当防衛だった」
「でも彼らには話が通じそうもありませんね」
「こんな大群相手じゃ、勝ち目はないぜ」
「となると、ポイントを絞るしかないね」

ぽかっ!
「痛っ!グーで私を殴るなんて、なんと野蛮なことを」
「ケンカ売ってんのはそっちじゃねーか。まさか、優しく撫でるわけにもいかないだろ」
「なんてキモイことを言うのですか!これだから一般人は・・・ん?」

チュ
チュチュッ・・・
チュチュッチュ・・・
チュチュッちゅチュッ・・・
チュチュッチュチュッチュ・・・

穴からさらにネズミ達が出てくる。中鉄鼠よりさらに小さい。小鉄鼠だ。
「これくらい小さくなると、ちょっとかわいいかも」
「おい、あの顔色悪い元気ないヤツって・・・」
「医者としての判断からすると、悪いものを食べたようですね」
「それにしてもずいぶんいるな」
「まだ出てきますよ」

「な、なぜ、こんなに鉄鼠が・・・?多すぎます!なぜなのです?!」
「おい、飼い主のお前がそれじゃ困るって」

ぴかぴか
とっとことっとこ
明らかに鉄鼠とは違うネズミ達も混ざっている。

「何か、想定外のことが起こってるみたいだね」
「む、静かに・・・。笛の音が聞こえないか?」

♪〜♪♪〜♪♪♪〜♪♪〜♪〜♪♪〜♪

美しい笛の音が、風に乗って幽かに流れてくる。
次第にこちらに近づいてくるようだ。
「ネズミ達はこの音に呼び寄せられてるみたいだね」
「この笛の音は、もしかして・・」
「敦盛さん、修行が終わって帰ってきたのね」
「とにかく笛を吹くのをやめてもらわねーと」
「よし、みんなでここから敦盛に呼びかけるぞ。せーの!」
「敦〜盛〜さ〜ん」「あーつーもーりー」「あっつぅん」「笛吹くなー!」
せーの、の意味がない。

そうこうしている間にも、笛に惹かれたネズミたちと、 ヒノエ達を攻撃しようとする中鉄鼠隊とが入り乱れて、
庭は、チュウチュウぴかぴかチュチュッとっとこな騒ぎになった。

「う・・・」
「どうしたの、将臣くん?」
「ぴかぴか言ってるあの電気鼠・・・あれを見たら、捕まえなきゃいけない気がして」
「なんだ?」
「なんだかんだと言われたら・・・、うわあっ!!だから、なんだとか言わないでくれ!!」

閑話休題(それはさておき)

むぎゅむぎゅむぎゅ
増え続ける中小鉄鼠・ぴか・とっとこの大群にもみくちゃにされて、
身動きが取れなくなってしまった。
とっとこなど特に小さいので、下手に歩くと踏んでしまう。
鉄鼠は毛を逆立てて威嚇するし、興奮したぴかはほっぺのから
ぴりぴりと放電している。

「こ、これでは三種の神器が探せないではありませんか!」
惟盛も鉄鼠に囲まれてあっぷあっぷしている。

その時・・・
「つまらぬ嘘で我をおびき出したのは、これが欲しかったのか」

幻影が帰ってきた。


[1.朝の風景] [2.赤毛の依頼人] [3.張り込み] [4.正体] [6.結末]
[小説トップへ]