3.張り込み


ロックハーラ。
(ロンドン)洛東(イースト・エンド)に位置する、 荒れ果てた一郭だ。
かつてはタイラー家一族の屋敷が建ち並び、毎日のように宴が繰り広げられていたのだが、
その華やかさも今は昔。
一時は政府と事をかまえるまでの力のあった一族も、ひとたび時勢が変わると
凋落の一途を辿り、さらには数年前に起こった大火で、豪華な屋敷は次々と焼け落ちて、
この一帯は人の住まない荒れ地と化してしまった。
タイラー家の亡霊が出るとの噂も飛び交っており、昼間でも寄りつく者はいない。

奥まった場所に幻影の家がある。
かろうじて焼失を免れ、建物の形は保たれているが、壁の一部は崩れ落ち、
鎧戸の破れたままの窓もある。庭には野草が生い茂っている。

その庭に、ヒノエ達がいた。
あと一日だけ仕事をするという約束で、幻影は同盟の支部に出かけている。

「オレがにらんだ通りなら、間違いなく今日中に動きがあるぜ」
「それにしても、こんな所に住んでるなんて、幻影さんって、すごく勇気があるんだね」
「・・・って、どうして姫君が一緒に来てるんだい?オレと片時でも離れたくないと
思ってくれるのはうれしいんだけど、ここはちょっと危険すぎるぜ」
「張り込みなんでしょう?私一度でいいからやってみたくて。どうしてもだめ?
邪魔しないようにするから、お願い」
「いけないひとですね。そんなふうに見つめられたら、
僕には君を拒むなんてできない・・・」
「姫君が見てるのはオレだぜ」

「彼女の選択はつねに正しい」
「なんで検非違使庁(スコットランドヤード)の 伝説の鬼警部(リズ先生)まで来てるんだよ。だいたい、探偵と警察は
仲が悪いってのが基本設定だろう」
「先生だから」「愛弟子だから」
「仕方ありませんね、ヒノエ。望美さんの身の安全をはかるために、頼もしい助っ人が
来てくれたと考えましょう」

「んじゃ、オレは何のために呼ばれたんだ?てっきり戦闘要員だと思ってたぜ」
「将臣はタイラー家に出入りしてたこと、あるだろ。ちょっと首実検して
もらいたいヤツがいるんでね」
「つっても、覚えてるかどうかわかんねえな。
そういうことなら敦盛の方が詳しいと思うぜ。あいつ、タイラー家の出身だろ?」
「敦盛さんなら、この前から旅に出てるよ。部屋に書き置きがあって、
しばらく一人で修行しますって」
「店子の動静をしっかり把握しているとは、腕を上げたな」
「はい、先生」
「いったい、何の先生だよ」

「結局、修行中の敦盛と、家事で抜けられない譲、景時以外は、「めぞん遙か」の住人が全員集合ってわけか?」
「オレのことを忘れてもらっては困る」
「九郎か・・・。検非違使庁(スコットランドヤード) の仕事はどうした?」
「先生が直々に出向かれるほどの大きな事件です。力不足ではありますが、
お役に立ちたいと思い、参上致しました!」
「うむ、感謝する」

「どうでもいいけど、みんな、オレの足、引っ張んないでくれよな」

「ねえ、お腹が空いたら何もできないでしょう。お弁当作ってきたからみんなで食べよう」
望美がバスケットからおにぎり(サンドイッチ) を取り出した。
大きさは不揃いで、いびつな形をしている。
望美以外の全員が固まった。
「さあ、どうぞ」
にこにこしながら、ヒノエにおにぎり(サンドイッチ) を差し出す。
「姫君に手渡されたら・・・こ、断れな・・・」
「一生懸命作ったんだ。きっとおいしいよ」
「ダメ押しの一言・・・まで」
みんなの目がヒノエに集中する。
ヒノエは笑顔で手をのばした。
「・・・ありがとう、姫君、うれしいよ」

ヒノエ、お前は漢だ!!!
みんなは感動に包まれた。しかし・・・
次は自分の番か?
感動は一瞬で恐怖に変わった。

ぽろっ
受け取ろうとしたおにぎり(サンドイッチ)が ヒノエの手から転げ落ちた。

最初にその手を使うか?!
今度はみんなの非難の目がヒノエに集中する。

その時
ササッ・・・チュチュッ・・・・・・・サササッ・・・・・・
「あれ?」
小さな影が、地面に落ちたおにぎり(サンドイッチ)を 素早くかすめ取って逃げて行った。

「きゃああっ!!い、今の、ネズミ?」
「こら!」
「止めとけ!」
「食ったら無事じゃすまないぞ!」
「ネズミを助けろ!」

生い茂った草を揺らして、おにぎり(サンドイッチ )をくわえたネズミは走っていく。
が、草の動きがぴたりと止まった。
「ん!!」
草をかき分けてみると、そこには暗い穴が、ぽっかりと口を開けていた。


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