聖夜

〜将臣×望美〜
(「迷宮」エンド後)




街はまばゆいイルミネーションに輝いている。
華やいだ雰囲気に包まれて、道行く人々もうきうきと楽しげだ。


そんな中を、将臣は望美と連れだって歩いている。
二人がこの世界に帰ってきてから、もう一年が過ぎていた。
高校三年生の冬。
そして今夜はクリスマス・イブ。


「うわ〜、きれい・・・」

駅前の広場に、大きなクリスマス・ツリーが立っている。
様々なリボンやオーナメントに飾られ、
色とりどりのライトが点滅を繰り返していた。


望美はツリーに駆け寄って、その飾りを間近に見上げている。
「何か、すごく久しぶりに見るような気がする」
「そりゃそうだ。俺なんて、ほとんど4年ぶりだぜ」


「まぶしいくらいだね、あのツリー」
再び歩き出しながら、望美が言った。
「そうだな。まあ、せっかく来たんだ。せいぜい楽しもうぜ」

「せっかく来た・・・というか、予備校サボったというか・・・」

そう、二人は受験生だ。
春には晴れて同じ大学に通うことに・・・なるはずだ。
うまくいけば・・・・。

「何だ?お前、気にしてるのか?一日サボったくらいで落ちるようなら、
最初っから無理だったってことだろ」
「それはそうかも・・・」
望美はあっさりと納得してしまう。

「講師の連中がうるさすぎるんだよ。
受験生にだって、クリスマスや正月はあっていい」
「そうだよね・・・」
「しかも今日は、日曜日でクリスマス・イブだ。休む理由は十分だろ?」
「ふふっ。将臣くんは理由がなくても堂々と休むけどね」
「ま、その通りかもな」


賑やかに流れる音楽、そぞろ歩く人々、笑い声、
華やかに飾られたショーウィンドウ、まばゆい光。
最初こそ、その雰囲気を楽しんでいた二人だが・・・・。

街の賑わいに心はずむ時間・・・のはずだった。
以前の、普通の高校生でいられた頃の、二人であったならば。


どちらからともなく会話が途切れ、
手をつないだまま、いつしか二人は人混みを逃れて、
小さな公園に来ていた。


街の喧噪から離れ、空気までがしん、として
あるがままの冬の夜の寒さに包まれている。
今夜はことのほか寒い。

まばゆい街の光を映してほの明るい空から、
白いものが舞い始めた。


「ね、将臣くん、覚えてる?」
望美がバッグから取り出したのは、古びた懐中時計。
蓋を開くと、オルゴールが静かな旋律を奏で始める。

「忘れるわけ、ないだろ。
お前、いくさの中でも、ずっと持っててくれたのか・・・」
「だって・・・大切なものだから」

そう言って懐中時計に目を落とした望美の睫毛に
ちらちらと舞う雪がかかる。

それを払おうとして、途中で手を止め、
将臣はわざと明るい声を出す。

「ありがとな・・・。でもこれって、やっぱり
『去年』のクリスマスプレゼントってことになるのか?」
「うーん・・・」
望美はいつもの癖で、額に手を当てて考えた。
「よくわからないや・・・」

「長い『去年』だったな・・・・」
「うん。・・・・でも、クリスマスには、
みんなで一緒にパーティーしてたんだっけ・・・」
「そうだったな」
「にぎやかで・・・楽しかったね
その後は、いろいろ大変だったけど」
「ああ・・・・」
「・・・・早いね・・・一年・・・」


この一年、将臣と望美は当たり前のように一緒に過ごしてきた。
学校で、家で、仲よく語り合う二人の様子に、
級友達は、「つき合っている」と噂し、
お互いの両親も、そう思っているようだ。

それを、肯定も否定もせず、
ただ、一緒にいた。

そうすることで、ゆっくりと戻れたのだ・・・・と、将臣は思う。
狂おしい嵐のように走り抜けたあの世界から、
もとの、自分達の世界に。

新しく積み重ねてきたゆるやかな時間は、
かけがえのないものだ。

けれど、大切なことは、心の奥底にしまったまま、
まだ何一つとして、望美に伝えていない。


「・・・・お前、もしかして・・・なつかしいのか?」
「え?」
「あの世界が」

望美はうつむき、ややあって顔を上げると、
将臣を見つめて口を開いた。

「・・・・よく、わからない。・・・・けど・・・」
「けど、何だ?」
「いくさもあったし、悲しいことや辛いことや、
自分ではどうしようもできないことが、いっぱいあったけど・・・」

「あり過ぎるほど・・・・、あったよな」

「でも私は、あの時空を生きられて、よかったと思う。
ごめんね、巻き込まれて大変な目にあった将臣くんにこんなこと言って」
「あやまるな。俺の方から聞いたことだ」

「でもね・・・将臣くんこそ・・・」
「俺が、どうしたって?」

「あの世界が、忘れられないんじゃない?」

望美の声が震えている・・・・。
将臣は気付いた。
寒さのせいじゃないと、わかっている。

「そりゃあ、めったにできない経験をしたしな」
さりげなく答えてみたが・・・。

望美は、震える声のまま続けた。
「将臣くんが、おとなしく受験生してるの、
ずっと意外に思ってたんだ。
この夏だって、一人で海に潜りに行っちゃってたし・・・」
「悪い、心配かけたか?どうしても、行きたくてさ・・・」

「それで、よくわからないけど・・・・、将臣くんは、
ここじゃない・・・どこか遠くに、行きたいんじゃないかって・・・」

将臣の心臓が、痛いほど大きく拍った。
二人の目が合う。

こいつには・・・・かなわねえ。
「・・・お前には、そう、見えるのか」
「うん」
「やっぱりお前には、隠し事なんてできねえな」
「えええっ?!」
「そんなに驚くなよ。今すぐって、わけじゃない」
「・・・・・・・」
望美の瞳が潤んでいる。
おい!泣くな!!

「でもな・・・その時は・・・一緒に来てくれるか?」
「えええっ?!」
「・・・・だめ・・・か?」
「・・・・って言うより、な、なんで、私・・・」

「いや、その、・・・お前が泣きそうだったんで、
いきなり核心に踏み込んじまった」
「・・・・・???」

「えーと・・・、こういうことは、やっぱり順番に話さないといけないな」
「そうだよ。最初から話してくれないと」
望美の真剣な目が、将臣を見つめている。

うれしいが、少しは察してくれないか、と将臣は思う。
それが、こいつのいいところなんだが・・・。

「仕方ねえ。これから大事なこと言うから、よく聞いてろ」
「し、仕方ないって・・・?!」
「いいか、望美」
「仕方ないなら、言わなくていいよ!」
「ちゃんと、言わせろ!!」


冷たく白い花びらが降りしきる。

目と目を合わせたまま、二人の距離が近づき、

オルゴールの旋律が、最後の音をかすかに鳴らして・・・
途切れた。


ずっと言いたかった言葉を、
将臣はささやいた。


「・・・愛してる」





☆・・・クリスマス集・・・☆

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重い・・・ですね(汗)。
どこがクリスマスだっ!と、自分につっこみ。
将臣くん、告白遅すぎ・・・。

もっと楽しげにしようと、別のものも書いてみたのですが、
とんだバカップル・・・になってしまって、却下。
いずれ、おバカ度を下げて、書き直します。