聖夜

〜譲×望美〜
(「迷宮」エンド後)




電車を飛び出し、改札口へ走る。

待たせてしまった。

改札を抜ける人波の向こうから、手を振っている姿。

そんなにぴょんぴょん跳ねなくても、
俺には、あなたの姿はすぐわかるのに。

「すみません。遅れてしまって」
「ううん、大丈夫。私も今来たところだから」

俺を見上げて、あなたはにっこり笑う。
少し上気した頬。

「でも珍しいね、譲くんが遅刻するなんて」
「急に生徒会の仕事が入らなければ、一緒に来られたんですが。
全く・・・休みの日だってのに」
「忙しいんだね。でも、譲くん、頼りになるから」
「さあ、それはどうなのかな。
便利に使われてるだけみたいな気もしますが」
「そんなことないよ。
譲くんが会長を引き受ければよかったのにって、
みんな言ってるよ」
「祭り上げられるなんて、まっぴらですよ。
俺は、補佐役の方が向いてるんですから」

頼りにされるのは、あなたから・・・だけでいい。

譲は心の中でつぶやく。

こうして手をつないで、あなたと歩く。
あなたははずむように楽しそうで、
それが、俺と一緒だから・・・って感じることができて
俺は、それだけで、痛いくらいに幸せだ。


「映画を観るんでしたね」
「うん。あの超大作、完結編だから。
楽しみにしてたんだ」
あなたは目をきらきらさせて・・・
ん?・・・・
きらきらじゃない。潤んでる?

「先輩、大丈夫ですか?」
「え?」
「頬も赤いし、熱でもあるんじゃないですか?」
「・・・そういえば、少し熱い気がするけど」
「今日はこのまま帰った方が」
「ええっ?!」
「先輩」
「せっかく楽しみにしてたんだもん。
譲くんと一緒にクリスマスのデート・・・・」

懇願するような眼に、
ほとんど条件反射のように言ってしまう。

「仕方のないひとだな」

にこっ。

「じゃあ、終わったらすぐに帰りましょう。
それでいいですね」

にこっ。

ああ、だめだ・・・俺って・・・。




「面白かったですね。
あんなどんでん返しがあるとは、
想像もつきませんでした」
「うん」

映画館を出ると、街はもう黄昏時。
駅前のイルミネーションに、灯りが点き始めている。


「約束ですから、このまま家まで送りますよ」
「・・・うん」
「先輩・・・?」
「・・・・」

望美の額に手を当てると、

「ひどい熱じゃありませんか!」
「・・・これ・・・くらい、平気」
「平気じゃありません!」

望美の身体に腕を回して支える。
「俺につかまって歩いて下さい。
恥ずかしいかもしれませんけど・・・
この際、そんなことはかまっていられませんから」

「ごめんね・・・」
小さな声。
「謝らないで下さい。
あなたの具合が悪いことに気付かなかった、
俺が悪いんですから」


電車の乗換駅で、譲は時計を見た。
「この時間なら、まだ」
「・・・どうしたの?」
「先輩、病院に行きましょう」
「・・・え?今日・・・日曜だよ」
「休日診療してくれる所が、この近くにありますから」
「注射は・・・いや」
「先輩!」


*  *  *  *  *  *


「譲くん・・・・」
「お水ですか、それともイオン飲料の方が?
あと、リンゴジュースもあります」

望美の部屋。
病院でもらった薬を飲んで、望美は少し楽になったようだ。
「今日は・・・ごめんね」

やれやれ、というように、譲は笑った。
「だから、謝らなくていいんですよ」
「だって・・・去年も・・・」
「え?」
「去年のクリスマスも、せっかく譲くんと出掛けたのに、
私・・・お財布を失くしちゃって、譲くんに・・・迷惑・・・かけて」

涙声だ。
本当に・・・このひとは・・・。

「俺、たいしたことしてないです。
でも先輩の役に立てたなら、それだけで、うれしいんですよ」

「対策は万全だと・・・思ってたのに」
「仕方ないですよ。誰だって、風邪をひきたくてひくわけじゃ・・・」
「お財布、また失さないように、ポシェットをコートの中に入れて
ぎゅっと握ってたのに・・・」
「・・・・ぷっ・・・」
「あ〜・・・笑うなんて・・・ひどいよ」
「す、すみません」

望美はまだ涙目だ。


「謝らなきゃいけないのは、俺の方です。
あなたを寒い所で待たせてしまった。
映画なんか観てないで、すぐに引き返すべきだった。
映画の途中でも、なぜ気付けなかった・・・?
・・・・こんなに、大事なひとのことなのに・・・」


「譲くん・・・」

望美が少し恥ずかしそうな笑顔を向ける。

「私、早く、よくなるね」
「ええ、早く、よくなって下さい」

笑顔を返し、額にそっと手を置き、
身体を屈めて、熱い唇に触れる。


「だめ・・・うつるよ。インフルエンザなんだから」
「大丈夫です。だって、俺は注射、平気ですから」
「もしかして・・・予防注射・・・?」
「ええ。だから、あなたがよくなるまで、看病させて下さい」
「で・・・でも」
「それと・・・、今みたいなことも、していいですよね」
「ちょ・・ちょっと・・・・待・・・」



来年も、またあなたと二人で過ごそう。
その次の年も、そしてまた、次の年も。

どこにいても、何をしていても、
あなたと一緒なら、
俺は
痛いくらいに
幸せなんです。






☆・・・クリスマス集・・・☆

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譲よ、予防接種をすませておくとは、用意周到だな。
てか、休日診療所のチェックまで万全とは、
君は完璧、母になれる。

と、一発ツッコんだところで、
拍手お礼で初めて、譲くんがシリアス。

今までギャグ担当で、かなり黒く脚色していて、
本当に申し訳なかったです。
連載長編では、痛い痛い片想いだし(苦笑)。
でも、譲くんは大好きなので、
望美ちゃんとの仲良し話が書けて
管理人はとてもうれしいです。

これくらい積極的でも・・・よかろう?
と、一人つぶやいてみたりして(笑)。