聖夜

〜知盛×望美〜
(「迷宮」後)




一人、教会を出る。
がらんとした建物に、扉を閉じる音が大きく響いた。

外は凍てつく冬の夜。


淡い期待。
去年と同じ時刻に、急ぎ足でやって来た。


約束したわけでもないのに。
約束なんか、する人でもないのに。
私・・・・何を・・・。


泣きたい・・・のだろうか・・・。
それすら、わからない。

泣いて流れるのは、きっと氷のような涙。
あの人の瞳のように
透き通って・・・冷たい。


「もう・・・帰ろう・・・」



駅への道。

ショーウィンドウに灯りを残した
小さな店が目にとまる。


ウィンドウには格子が下りているが
中に並べられた置物や雑貨が
柔らかな灯りに照らされている。


中央に深紅の薔薇。


造花?
とても、きれい・・・。



見つめる視線の先、

ガラスに映った自分に
ふと、気づく。


そして、隣には・・・・


振り向けば、
視線がぶつかり合い、からみ合う。
射抜くような鋼の眼差し。
深い、紫色の眼。

全身から放つ気は、
まさしく・・・その人のもの。



「知盛・・・!!」

忘れていた。
目の前のあなたを呼ぶために、
この名を口にすることを・・・・。

「知盛・・・」
思い出の中の
手の届かぬ彼方の
あなたに向かい
幾たび、
呼びかけただろう。

かなわぬ祈りの言葉のように・・・・。

遠い・・・木霊のように・・・。



「何を・・・驚いている」

幻ではない。

私を突き放し・・・、磁力のように引き寄せる。



「お前が、俺を呼んだのだろう?」


「そう・・・。私は、あなたを呼んだ。
何度も、何度も」


「情熱的なことだな・・・神子殿」

喉の奥で、笑い、
知盛はくるりと踵を返した。


「どこに行くの?」
「さあ・・・・な。
知りたいのなら、来ればいいさ」



繁華な通りに出た。

人々のざわめき。
せわしなく明滅するイルミネーション。
店から洩れ聞こえてくる、クリスマスソング。


聖なる夜に、街は華やかに賑わっている。


人波に押されながら、
ただ歩く。

このように、ゆらゆらと流れていくのだろうか。
人も、時も、私も、心も・・・・。


ぽつん・・・と
冷たい雫が降ってきた。


みぞれ交じりの雪。


道行く足取りが、一様にせわしくなる。


傘の花の庇護から外れた人々は、
吸い込まれるように
明るい店の中に入っていく。


ぐいっと腕をつかまれ、
暗い店の軒先に入る。


外は闇。
灯りに照らされた場所にだけ
みぞれが降っている。

雨宿り・・・・
遠い夏の記憶が、胸を刺す。


「クッ・・・この世界でも・・・」

闇の向こうを見ながら、知盛が言った。

「お前と共に雨宿り・・・とはな」


「えっ?」

この知盛は、熊野の夏に出会った、
あの・・・?


「あなたは・・・どの知盛なの?」

見上げた視線を、
皮肉な笑みが受け止める。

「つまらぬことを聞く神子殿だ」

「つまらないことなんかじゃないよ!」

「では、神子殿は、どの俺がご所望なのか・・・?」
クッと笑うと、知盛は背を向けた。

「だが・・・ご期待には、添えぬよ・・・神子殿」

「待って!!」

無言のまま、闇の中に踏み出す後ろ姿。

望美は、駆け出し
前に回り込むと
そのまま胸に飛び込む。


知盛の身体に力いっぱい腕をまわし、
振り絞るように・・・願いを叫ぶ。

「知盛と一緒に・・・いたい!」


一瞬の後、
強い腕に
痛いほどに
抱きしめられていた。

顎をつかまれ、
仰向けば、
間近に
炎よりも熱い光を帯びた、紫色の瞳。


「来るのか・・・?」
「行くよ」
「どの俺とも、分からぬままに?」
「知盛と、行く」

眼を細めて、知盛は喉の奥で笑う。
「好きに・・・すればいいさ
お前は・・・貪欲な女だ・・・」



みぞれも
建ち並ぶ店も
イルミネーションも
街灯も
道行く人々も

消えた




ここは・・・どこ

どこでもかまわぬと言ったばかりで・・・
神子殿は・・・もう気が変わられたか

そうだね・・・どこでも・・・いい
     今のあなたは・・・生きているから
鼓動を・・・感じることが・・・できるから
    
お前の鼓動は・・・早鐘のようだ
    
二人・・・だね

この刹那の時間だけは・・・な
    


永遠も、
確かな場所も
ありはしない

知盛も
私も
それを
知っている・・・
身体に刻まれた
数多の傷の記憶と共に



昇っているの・・・?
墜ちて・・・いるの?
あなたが・・・とても熱い

お前が・・・とても熱い
  俺を・・・焼き尽くさねば
おさまらぬか・・・?

俺の

神子殿・・・





☆・・・クリスマス集・・・☆

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クリスマスのファンタジーです。
一夜の夢物語としてお読み頂ければ、と思います。

ファンタジーと言い切るには・・・微妙にエロいかもしれませんが(苦笑)
なぜか、こうなってしまいました。

二人がどこで如何様なことになっているかは
例によって、ご想像にお任せいたします。