深き緑に(まばゆ)き青に  〜1〜




「おいで、姫君…」

ヒノエは腕を伸ばして望美を抱き寄せた。

「ねえ、お前は意地悪をしているのかい」
耳元で囁く。

「???」
望美には、何のことかわからない。

ヒノエは望美の髪に手を差し入れ、挿してある簪を引き抜く。
一瞬、簪の細工が髪に絡んだが、ヒノエは上手に抜き取った。

「あ、そういえば…」
「忘れていた、なんて言うつもり?」
「うん、忘れてた。これ、変な間者さんから預かったんだっけ」

ヒノエは簪をくるくると回している。
「ねえ、これはオレがもらっておくよ」
そして片目をつぶってみせた。
「他の男の手が触れていたものを、お前が身につけるなんて
オレには我慢できないからね」

「もうヒノエくんてば、そんなことばっかり」
「それに、お前の髪を飾るには、こんな簪はふさわしくないよ」
そう言うとヒノエは、望美の髪に手をすべらせた。

「……今度の船で、南海の珊瑚が入ったんだ。
それでお前のために、とびっきりの髪飾りを作るよ」

「ええっ!?そんな、いいよ!」
望美は驚いて、ぶんぶんと首を振った。

「どうして?」

望美は真顔で答えた。
「ヒノエくんは、耳飾りをくれたから」

「それって、ずっと前…のことじゃない?」
「うん、でも、とてもうれしかったから、こうして大切に持ってるんだ」

望美は懐から柔らかな布の袋を取り出した。
「ごめんね、せっかく貰ったのに身につけなくて…」
そう言うと、少し顔を赤らめた。
「落とすといけないから、しまっているの」

ヒノエはふっと息をついて、微笑んだ。
「お前には…勝てないな」
「え?」
「ささやかな贈り物を、これだけ大事にしてくれてるなんてね」
「だって…、ヒノエくんの気持ち…だから」

「お前は可愛いね、オレの姫君…」
「ヒノエくん…」


その時

「ぐぇほっ!!げほげほげほっ!!」

部屋の外から、わざとらしく大きな咳払いが聞こえた。

ぴょん!と望美はヒノエから飛び退く。

ヒノエは不機嫌な声を出した。

「何の用?」
「お耳に入れたき事が…」
ヒノエの眼に、ちら、と鋭い光が走る。

が、望美に向けた顔には、いつもの笑顔があった。
「すまないね、姫君、この埋め合わせはきっと後で…ね」





「頭領、これは…」

水軍の副頭領と数名の烏が、ヒノエの持ってきた簪を調べている。

「気をつけたほうがいいよ。たぶん、ここを押すと…」

望美の髪に引っかかった、飾りの花と花の間にある、小さな接ぎ目を、
ヒノエは細い木の棒でぱちんと弾いた。

チ…と小さな音がして、鋭い針が飛び出る。

「直に触るな」
「毒…ですか」
「オレは、そう思うよ」


一同の間に、沈黙が落ちた。

「あの間者、間抜けた奴と思っていたが」
副頭領が唸るように言った。
「どうかな、こんな細工を仕掛ける奴が、
あんなにあっさり捕まるはずないんじゃない」

「簪の入手先を調べます」
ヒノエが頷くと、 烏の一人が音もなく姿を消した。

「どうも分からんのだが…」
副頭領が言った。
「狙いは、何でしょう」

ヒノエは、ぱちんと指を鳴らした。
「その方向で考えるのが正解かもね」

「頭領の奥方を亡き者にしようと企むなら、 他にも打つ手があったはず」
一番年長の烏が言った。

「回りくどいやり方をしやがるぜ。 本当の目的はオレだろう」
ヒノエは毒針を露わにした簪に目を落とした。
「オレの一番弱いところを突いてきたってね」

ヒノエの口調が変わったことに気づき、副頭領があわてて諫めた。
「どうか頭領、落ち着いて下さい」

ヒノエは、真っ直ぐに顔を上げて副頭領を見た。
「姫君の命が危なかったんだ。
オレが黙って引き下がると思う?」

副頭領は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「また私が頭領の替え玉役ですか?」

「さすが!よくわかってるじゃない」

ヒノエの声は明るかったが、その眼は笑っていなかった。



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気の早いあとがきと、お断り

25000打お礼リクのヒノエ×望美話です。
かっこいいヒノエくんの活躍を、どうぞお楽しみに!
して頂けるようがんばります!!(滝汗)

設定としては、小説部屋でヒノエくんの欄に並んでいる
「零零七番」のシリーズを下敷きとしています。
時間的にもほぼ同時進行。

未読の方には、突然「簪」とか「間者」とか出てきて、
?????だったことと思います。
申し訳ありません。

「零零七番」は短いギャグ話で、どれもさらさら読めますので、
よろしければご一読下さいませ。