深き緑に(まばゆ)き青に  〜2〜




若い娘が、きょろきょろしながら街を歩いている。
年は望美と同じくらいだろうか。
すらりと背が高く、睫毛の長い潤んだ瞳をしている。

それだけならば美人、と形容できそうなのだが、
娘はそそっかしい質らしく、よそ見をしては通行人とぶつかりそうになり、
その度に細長い身体をかっくんと二つに折って頭を下げる。

髪が乱れて顔にかかるのを、うるさそうに払いながら、
娘は小さなため息をついた。


物陰からその様子をじっと窺っている者達がいる。

「あの娘か」
「いいえっ、違いますっ!」
「声がでかい」
「ごめんなさい」
「着物の色も背格好も、お前が白状した通りじゃないのか」
「すいません、でも頭に巻いていた布がありません。 背負っていた荷箱もありません」
「声が小さい」
「ごめんなさい」
「鉢巻きも荷箱も、捨ててしまえば同じことじゃないのか」
「で…でもっ…顔が…違います」
「基本的なことは最初に言え」
「私に簪を売りつけた娘は、もっといかつい顔をしてました」
「ではあの娘ではない、というのだな」
「たぶんおそらくまあまあそんなところでしょうか」
「む、むうう…」
首実検のために連れてきた間者の首根っこをつかみ、
猫のようにぶら下げたまま副頭領は唸った。

その間にも、娘は店に入っては何かを尋ねたり、
小さな脇道をのぞき込んだりしている。

「人違いとしても、あの子、何か困ってるみたい。放っておけないよね」

いきなり後ろから声がして、 皆ぎくりとして振り向いた。
その拍子に、副頭領は間者を取り落とす。
間者は地面で腰を打ち、「ひいい」と、丁度いい声の大きさで痛がった。

ヒノエだけは落ち着いていたが、少し咎めるような口調で言う。
「確かにそうみたいだけどね、どうして姫君はここに来たんだい?」
望美はあっけらかんとして答えた。
「だって、珍しくヒノエくんが怒ってるみたいだったから。
どうしたのかなあって、気になるよ」
「お前には、何でもお見通しなんだね。でも」
「大丈夫。ヒノエくんの足手まといになんかならないよ」

こういう時の望美が、このままおとなしく帰ることはない。
ヒノエも副頭領も、周囲に身を潜める烏の面々も、
よおぉぉく分かっていることだ。

とすれば、まずあの娘が無関係なのかどうか、それを確かめることだ。

「お前の言う通り、あの様子は確かにワケありみたいだね」
そう言うと、ヒノエは通りの人混みの中に滑り出た。

軽い足取りで、よそ見をしながら歩いている娘に近づいていく。

「きゃっ!」
ヒノエにぶつかりそうになった娘が、悲鳴をあげた。
避けようとした時に足がもつれたのか、大きくよろける。

ヒノエは、つ、と手を伸ばし、娘の腕を支えた。
「大丈夫かい」
「へ?」
「前をしっかり見ていないと、危ないよ」
「は…は…ぁ…」

娘は呆けたようにヒノエに見とれている。
と、はっと気づいたのか、細い身体をかっくんと折った。
「あ、ありがとうございます。それと、ごめんなさいっ!!」


「あああ、頭領は上手だなあ」

そのまま娘と話し始めたヒノエを盗み見ながら、副頭領がため息をついた。
「いかな手練れといえど、あれだけは真似できません」
物陰の烏が低い声で賛同した。
「……!…!!」
地面にへたりこんでいる間者も無言で賛意を示している。

とその時、全員があることに気づいて凍り付いた。

……望美様の目の前で、何てことを……。

しかし、
「ヒノエくん、あの子と話ができてよかったね」
望美はにこにこしている。

………望美様は……大物だ。



しばしの後、娘はヒノエと望美に向かって、話をしていた。

当然、烏は姿を隠したまま。
副頭領は間者をぶら下げて戻った。

「あたし、商売の道具を全部盗られちゃって…それで…」

泣き出しそうな声で説明する娘の話を聞きながら、
ヒノエは考えている。

小間物売りの娘……。
糸を手繰るとすれば、まずここからだ。

この娘が、どう繋がるか、それとも繋がらないのか。

毒針を仕込んだ簪を、あの間者に売ったという娘は、別にいる。

一番ひっかかるのは、その娘が、
熊野に送り込まれた間者を知っていたということだ。
偶然売りつけた、とは考えようもない。

つまり…、間者をさらに利用したやつがいる。
この一件、意外と根深いってことか…。


望美は、熱心に娘の話に耳を傾けている。
その横顔に、入り日が射した。

街の人々の動きがせわしくなった。
平穏な熊野の一日が、今日も暮れようとしていた。



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