深き緑に(まばゆ)き青に  〜3〜




「ヒノエくん、埋め合わせのこと、覚えてる?」
望美がにこにこして切り出した。

「うれしいね、お前の方から誘ってくれるなんて」
そう言ってヒノエは腕を広げた。

望美は笑顔のまま動かない。

やっぱりそうか…。
と、ヒノエは思う。

しかし口に出しては、
「焦らしてるのかい?姫君」
「焦らしてるのは、ヒノエくんの方だよ」
望美の口が、少しだけ尖った。

勘の鋭い望美は、もう気づいているようだ。
ヒノエ達の後を尾けてきたのが何よりの証拠。
隠しておくつもりはない。
何より望美自身が狙われたのだから。

だが、その話は少しだけ、後回しにしておきたかった。
甘い睦言を囁き合ってからでも、遅くはない。

しかし
「あの簪と、さっきの子と、何か関係があるの?」
望美がいきなり要点を突いてきた。
眼が爛々と輝いている。

「姫君は、一気に正解に飛びつくんだね」
「だって、みんな揃ってあんなことしてたら、誰だってそう思うよ」
「で、なぜ簪が怪しいと?」
「間者さんがいたから。ねえ、あの簪に何か仕掛けでもあったの?」

ヒノエは口笛を吹いた。
「ご明察ってね」

「じゃ、ちゃんと最初から話してくれる?」
「もちろん」
「♪」
「でも、やたらな人間に漏れるとまずいんだ」
「わかった。絶対口外しない」
「人に聞かれても困るからね、耳を貸して」
「うん」
「さあ、捕まえたよ、姫君」




荷箱を盗られたという娘、アザミは、
あの後、ヒノエの常宿に泊まることになった。

野宿は慣れているから、とアザミは言ったが、
荷物を盗られた上にそれでは可哀想だと、望美が言い張ったのだ。

もちろん、アザミが姿をくらますようなことがないように、
という理由がある。
まだ確認しなければならないことは多い。
とはいえ、屋敷に連れてくることなど論外だ。
誰彼の区別なくヒノエの正体を明かすことはできない。

そこで、二人でアザミを宿へと案内したのだった。

「わあああっ!立派なお宿…」
アザミは大声で驚き、次いでしょんぼりした。
「やっぱり、外でいいです。宿賃、払えません」
「いいんだよ、そんなこと気にしなくても」
「ま、困ってる時はお互い様ってね」

結局、一番小さな日当たりの悪い部屋に泊まることなったのだが、
それでもアザミは感激した様子で、
細長い身体を何度もかっくんかっくんと折っては、礼の言葉を繰り返した。

「じゃ、明日一緒に荷箱を捜そうね」
「は、はい!ありがとうございます」

望美はいつの間にか、盗られた荷箱を一緒に捜す約束を
交わしていたようだ。

烏もその荷箱を捜しているはずだが、
それをアザミにまで伝える必要はない。


半月の光が部屋に射し込み、もう夜半を過ぎたとわかる。

すぐ隣から聞こえる望美の規則正しい寝息を聞きながら、
ヒノエは眼を開いていた。

何かが、引っかかる…。

どの糸を手繰れば、正しい答えに行き着くのか。


時間がない。
一番早い道筋で、解決しておかなくてはならない。

近く法皇の御幸があると、内々の報せが来ているのだ。

これほど頻繁に来なくてもよさそうなものだが、
時期が迫れば、別当の仕事で忙殺され、
自由に動くこともままならなくなってしまう。


望美を狙ったのは、単なる挑発か。

それとも……。




翌朝、望美と一緒にヒノエも宿に向かった。
烏からの報告は、まだ届いていない。

「ヒノエ様!!」

宿に着くなり、主が青い顔をして飛び出してきた。

「昨日いらしたお客様が…」

「えっ?!アザミさんがどうかしたの?」

「昨晩、賊に襲われました」



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