深き緑に(まばゆ)き青に  〜9〜




「やっと尻尾を出したね」
ヒノエの笑みに、アザミは口元をゆがめた。
「効かなかったか…」

「ああ、オレに暗示をかけようなんて、無理だよ。
あの間者のようなわけには、いかないってね」

「なんだ、気づいてたんだ」
「ああ、あんたの一人芝居、楽しませてもらったよ。
荷箱を盗んだヤツなんかいない。
そして、間者に簪を売った、いかつい顔の娘もいない」

「なぜ、わかった」
「簡〜単」
ヒノエは笑った。

「間者に簪を売ったのと、同じ着物、同じ背格好の女が
オレのいる街にわざわざ現れたんだ。
疑うなって言う方が無理だよ。
そもそも、服装を替えて、そのまま身を隠せばすむことだよ。
間者一人にしか、見られていないんだから」

「ふふん…」
アザミは薄ら笑いを浮かべた。
「じゃあなぜ、隠れなかったと思う?」

「オレ達の注意を引きつけるためってことさ。
当然あんたは見つかるけど、詮議の上、
利用されただけの娘として無罪放免になる。
その後は、大手を振って熊野にいられるってわけ」

「気づいていながら、逆にこっちを泳がせるなんて、
やっぱり噂通り、別当殿はウソが上手い」
「あんたに言われたくないな。ウソで固めてるのは、そっちだろ」

「何とでも言えばいいさ」
その言葉の終わらぬうちに、アザミは間合いを一気に詰め、針を突き出した。
ヒノエはつい、と身体を横に開いて切っ先をかわし、間髪入れず蹴りを放つ。

それをふわりと避け、アザミは再び間合いを取った。
ヒノエを見つめ、咎めるように言う。
「ヒノエ様は、もっと優しい方だと思っていたのに」

フッと、ヒノエは笑った。
「オレは、野郎には容赦しないんでね」

アザミの顔から揶揄するような表情が消え、
次の瞬間、冷たく鋭い眼光を放つ顔へと変わった。

「いつからだ」
「始めからさ」
「!………」

「あの時、人混みの中でわざとらしく目立ってただろ?
おまけにオレの前で転んでみせたりしてね。
オレに近づこうとしているのが、はっきり分かったよ」

「女のよく使う手だと、言いたいようだね。
あんたになびく女が多いのは、知ってるさ」

「ああ、オレも最初はそう思ったけど、あんたの腕をつかんだ時、わかったよ。
手弱女のものとは、明らかに違うってね」

「それだけで分かるなんて、上等! 褒めてやるよ」
アザミがかすかに腕を動かした。
咄嗟に、ヒノエは横に飛ぶ。
ヒノエの後ろにあった木に、数本の針が突き刺さる。

「じゃあ、親切ごかしに俺を宿に連れて行ったのも、計算尽くってことか」
「当然。ま、あのままあんたを放り出すなんてこと、
オレの優しい姫君は、承知しなかったと思うけど」

アザミは、吐き捨てるように言った。
「あんたの望美さんが、お人好し過ぎて、こっちは困ったよ」
「荷箱のことだろ」
「失くしたなんて話、信じてくれるなんて、思ってもみなかった」
「オレも、信じちゃいなかったさ」

「望美さんには、甘いんだな、別当殿」
「否定はしないよ。隠すつもりもないからね」
「そこを利用されるって、考えない?」
「卑劣なこと考えるヤツらに、なんで遠慮するんだい。
オレは望美を守る。そして望美は、守られているだけの女じゃない。
そういうことさ」

「ふうん、そうか。でも実は俺も、ちょっと気に入ってるんだ。
あんたから、もらい受けてもいいくらいにね」
「気安く言うな!」

キン!キン!カッ!
陽の光のかすかなきらめきで、針の襲い来るのが見える。
ヒノエは全て払い落とした。

「しぶといね。さっさと倒れてくれないかな」
「目的は、何だ」
「ん?何のこと?」
「オレか?熊野か?」

アザミの眼が、すっと細くなった。

「知って、どうする?
もうあんたに残された時間は、ない」

冷たく言い放つと、アザミはヒノエの膝を指さした。
そこには、小さな傷がある。

「痛みを感じにくい場所だ。
まして、戦いの最中にはね」

そう言うと、アザミはくるりと背を向けた。

「待てっ」
一歩踏み出したヒノエの膝が、がくんと折れる。

「掠っただけでも、その毒、廻るよ。
この場で息の根を止めたかったけど、それだけが残念だ」

そして、笑いを含んだ声で叫ぶ。

「そこに隠れてる烏!
俺を追う暇があったら、別当殿を早く手当してやれよ。
さもないと、こいつ、死ぬぜ」



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