・・・・・夏の空・・・・・


6.探し続けて

望美は由希との待ち合わせ場所に向かって走っていた。
さっき電話で聞いた話を思い出す。

「亜矢は今日、模試を受けるはずだったの。早い時間に出かけたそうなんだけど
友達から、どうして休んだの?って、電話が家にあって・・・・」

親から、由希の家にいるのでは?と電話が入り、由希が実家にかけつけて亜矢の部屋を調べたが、
これといって手がかりもなく、携帯が置いたままだった。
それで、携帯に入っていた友達の番号に、はじから電話していたのだという。

由希に会うまでに、思い出さなくては。
昨日まみが亜矢に渡そうとした物、あれは・・・?

一瞬、くっきりと記憶の中の映像が焦点を結んだ。
「わかった!」
望美は叫んだ。
そのとたん、誰かに思いっきりぶつかる。

「きゃっ!」
「うわっ、大丈夫?」
上の方から声が降ってきた。この声は?
「すみませんでした!」
望美は平謝りした。同じような事が前にもあったような気がする。
「いやぁ、僕の方こそごめんねぇ」
藤堂先生は間延びした調子で言う。

「大丈夫?ケガはなかった?」
涼やかな声。宗方由希だ。藤堂先生も一緒に亜矢を探しているのだ。
「春日さん、走ってきてくれたのね・・・」
「はい。で、さっきのことですけど」
深呼吸して頭の中で考えをまとめると、望美は昨日のことを話した。

「亜矢ちゃんがいなくなったことと関係あるかどうかはわかりませんけど、
でも、気になって仕方がないんです」
「うう〜ん」藤堂先生はうなった。
「亜矢が受け取ったものは何だったのかしら」
由希もそこに注目したようだ。
「ハガキ・・・・です。少し離れた所から見たので、絶対に確実とは言えませんけれど。
それに、亜矢ちゃんが受け取るところは見ていないんです」
由希は考え込みながら言った。
「たぶん、受け取ってると思うわ。昨夜あの子、様子がおかしかったみたい。
それより春日さん、おでこと鼻の頭が少し腫れてるわね。私の家は近くなの。寄ってちょうだい。
早く冷やした方がいいわ」
「うん、そうだね。そうしてもらうといいよ、春日さん」
「そんな・・・・私はいいんです!それより、まみちゃんは?」
藤堂先生は答えた。
「今はお隣の家で預かってもらっています。そういえば、今朝から落ち着かない様子でしたが・・・。
これから昨日のことを聞きに行ってみましょう」
「じゃ、私は春日さんの手当をしたら、すぐに行くわ。それまでお願いね」
「はいっ!!」
藤堂先生は素直に返事をすると、ばたばたと走り去った。
どちらが先生なのか、よくわからない。

「ありがとうね、春日さん」
藤堂先生の後ろ姿を見送りながら、由希は言った。
「いいえ。それより私のことはいいですから、藤堂先生の所へ行ってあげて下さい」
「ぷっ・・・」
その言葉を聞くと、由希はふきだした。
「あの?」
「ごめんなさい。なぜなのかしらね、みんな、私があの人よりも年上みたいな言い方するものだから、つい・・・ね。
こんな時なのに不謹慎って思うかもしれないけど」
「失礼な言い方でした。すみません」
「いいのよ。それより、あなたには一度、お礼を言わなくちゃって思っていたの」

「え?私、何もしてませんけど」
「何もしなかったから、うれしかったのよ。美術館で・・・・・」
「気がついていたんですか?」
「ええ、もちろん。でもあの時は私、あなた達に会釈する余裕すら無かったの。だから、
そのまま立ち去ってくれて・・・・ありがとう」

あの日の光景が蘇る。
しんとした美術館の一室。絵の前で泣いていた由希。
「あの絵、わかるでしょう?あの人の亡くなった奥さんと、まみちゃん」
「はい」
望美にはこういう時、語るべき言葉がない。
由希もそれ以上は語らず、二人はしばし無言で歩いた。

「宗方」の表札のある、立派な門構えの家の前を素通りして、狭い路地に入ると
由希の住む小さなアパートに着いた。
「ここが今の私の家よ。実家と近いのが難点かな」
苦笑しながら由希が言う。切り替えの早い人だ。もういつもの口調にもどっている。

休んでいったら、という由希の申し出を固辞して、ガーゼにくるんだ冷却パックだけ、ありがたく受け取った。

「あの、言いにくいんですけど、一応警察に届けた方がいいんじゃないかと思うんです」
由希は眉をひそめた。
「親に止められたの。娘が家出で警察沙汰なんて、人聞きが悪いって・・・」
「そんな・・・」
望美は絶句した。
「亜矢には行く当てがあるわけでもないわ。だから、きっと帰ってくると思う。
でも、万が一って事もあるわ。夜になっても戻らなかったら、その時はって、決めてるの」

藤堂の家に行く由希と別れ、望美はその足で駅に向かう。
由希は、駅に行って亜矢を見かけていないか、尋ねるつもりだという。
その役目を望美が引き受けた。

昨日、二人の様子にもっと気をつけていれば・・・望美は後悔していた。
家族がいなくなること、大事な人がいなくなること・・・・。
ヒノエくんがいなくなって、こんなに辛い。
もし私がいなくなったら、亜矢ちゃん家の親とは違って、
お父さんもお母さんも、すごく大騒ぎするんだろうな・・・・。
とりとめのない思いが流れていく。

駅では亜矢を見た者はいなかった。
そのまま電車に乗り、藤沢駅へ。
ここでも駅員は首を振るばかりだ。
来たルートを引き返し、鎌倉駅へ向かう。
こちらの方が可能性は高いかと思ったが、だめだった。

休日は朝から乗降客が多い。その中の一人を覚えている方が不思議だろう。

念のために学校にも行ってみた。
真っ先に美術室をのぞいたが、誰もいない。教室には鍵がかかっている。
夏大会に向けて、体育館でもグラウンドでも運動部が休日返上で練習をしている。
譲もいたので聞いてみたが、亜矢らしい子は見ていないとのことだった。

「亜矢ちゃんを見た人はいませんでした」
由希にメールすると、望美は帰路についた。
結局、何の役にも立てなかった・・・・・。
夕暮れが近い。望美の足取りは重かった。

ヒノエのマンションが近づくと、いつもの癖で窓を見上げる。
その時
「ねえ、君、今朝もここに来てたよね」
「ってゆうかさあ、毎日来てない?」
大学生らしい二人。馴れ馴れしげに近寄ってきた。
「・・・・・・・・」
無視して歩く。
二人は望美の前に回り込んだ。
「カレシの家の窓、見てたの?ずっといないの?カレシ」
「かわいそうにねえ、君みたいに可愛い子ほっとくなんてねえ」
彼らの間をすり抜けると、そのまま行こうとした。
と、一人が望美の腕をつかむ。
「ねえ、お高くとまるなよ」
「淋しいから毎日来てんだろ。俺達が遊んでやるよ」
「手を放して!!」
望美はぴしゃりと言った。ただでさえ不機嫌なのだ。
怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。
だが、今は素手。相手は二人。
でも、熊野で悪党にさらわれた時のことを思えば、へなちょこな大学生の一人や二人・・・。

その時だった。
「その汚ねー手を放せよ」
頭上から声がした。

「ヒノエくん!!!」

「な、なんだよお前」
「そんな遠いとこからすごみやがって。びびってんじゃねえか?」
「へえ、じゃこれでどう?」
ヒノエの身体が3階のベランダから、ひらりと宙に舞った。
「わっ!」
「う、うそだろ・・・?!」
着地と同時に一人に足払いをかけ、望美の手をつかんでいる男の腕を、
ひょい、と後ろにねじり上げる。

「うわぁぁっ!」
「だからさ、早くその手を放せって。もっと痛くなるよ」
男はやっと、望美をつかんでいた手を放した。
「大丈夫だったかい?姫君」
倒れていた男がそろそろとヒノエの後ろから近づく。
「ヒノエくん、後ろ!」
「懲りてないみたいだね」
振り向きざまのヒノエの蹴りが顔面にヒットし、男は再び倒れた。
二人は捨てぜりふを吐く余裕もなく、逃げ去った。

「ヒノエくん!・・・・・ありがとう」
「間一髪、姫君の危機を救えたみたいだけど、お前は戦うつもりだったね」
「うん」
「久々に見る美しい戦女神の姿に、つい見とれてしまいそうだったよ」
「もう、ヒノエくんてば・・・・」
いつもの笑顔。いつもの話し方。
待ちこがれて・・・・・ずっと会いたかったヒノエくん。

夢?望美はこっそり自分をつねってみた。痛い。間違いなく現実だ!
「ずっと何処に行ってたの?なぜ黙っていなくなったの?」
胸にわだかまった思いをぶつけようとした時、もう一つの現実を思い出した。

「ヒノエくん、聞いて!大変なの、亜矢ちゃんが」
「おやおや、姫君を悩ませているものがあるのかい?」

望美から一部始終を聞き終えるとヒノエは言った。
「オレの予想じゃ、もうじき解決だね」
「ええっ?何でそんなことがかるの?」
望美は驚いた。今の話だけで、ヒノエに何がわかったというのだろう?

「おいで、姫君」
ヒノエは望美の手を取ると、すたすたと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って、ヒノエくん。どこに行くの?」
「鎌倉駅だよ。姫君は自分の目で確かめたいんじゃない?お友達が帰ってくるところをさ」




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