・・・大人の時間・番外編・・・


図書館にて



あ…あの子、今日も来てる。

恒平好子・31歳独身・平家物語に一生を捧げる古文の臨時教員は
陽の当たらない奥まった席に座って一心に本を読む少年を見つけ、
心の中でつぶやいた。

年末年始の休館日が終わり、長閑な正月気分の残る平日の図書館。
だがその少年の周りだけが、ひっそりと静まりかえっているように思えるのは
気のせいだろうか。
蛍光灯の光すらほの暗い一画に座っているせいかもしれないが…。

冬休みに入って以来、よく見かける少年だ。
だが、恒平好子が気にしているのは、
少年の美しさでも、古典に通暁しているらしい様子でもない。

あの年頃だと、学生よね。
まだ冬休みなんだ。
苦もなく史料が読めるなんて、やっぱり大学生…なのかな。
でも……あの子……

恒平好子の目が、きらりん!と光る。

大学生っていうより
公達よ。

こんな図書館より、絶対、平家物語の世界の方があってる。
平敦盛は、きっとこんな子だったに違いないわ!!

恒平好子は研ぎ澄まされた本能で、一気に正解に飛びついた。

自分を見つめる視線に気づく様子もなく、
白い横顔に前髪が一筋二筋かかるのを、時折ほっそりした指先で払う以外、
少年は本に視線を落としたまま、みじろぎもしない。
長い睫毛、透き通るような肌、少年の非現実的な美しさに、
まるで彼の存在が夢なのではないか…と錯覚しそうになる。

と、少年はぱたんと本を閉じ、嗚咽のような吐息を漏らした。
かすかに震える唇をきゅっと引き結ぶと、本を抱えて立ち上がる。

あれ?もう帰るのかな…。
わわっ!…こっちに来る。

狭い通路で、入ってきた恒平好子と出て行く少年が鉢合わせした。
その間を、本を載せたカートが通る。

脇によけた少年がそのまま行こうとした時、ことり…と何かが落ちた。
綾織りの細長い袋。

恒平好子が拾い上げてみると、
感触で、袋の中には細い棒のような物が入っていると分かる。

少年が振り向き、恒平好子はその布袋を渡した。

「感謝する…」

初めて聴く少年の声は、年端に合わず、低く抑制されたものだった。

「これ、もしかして…笛が入っているの?」
精一杯の勇気を振り絞って聞いてみる。
笑われるのが落ち…と思いながら。

すると、思った通り、少年は笑った。
しかしそれは嘲笑ではなく、はにかんだような微笑み。

「そうだ……とても大切な…思い出の笛だ」

息が止まりそうになりながら、恒平好子はもう一度尋ねた。
「その笛に、名前って…あるのかしら」

「青葉…という」

愛しげにその名を口にすると、少年は去っていった。

それ以上、聞くことはできなかった。
聞いてはいけないのだと、思った。

まるで時が止まったかのような、静かな昼下がりの図書館。

斜めに差し込む陽が、少年のいた席を照らしている。

だがその日以来、少年が図書館に来ることはなかった。




      




大人の時間

[「る・いーだ」にて]  [秋ハ原にて]  [「る・いーだ」ふたたび]
 [珈琲の香りに]
[望郷のヌルヌルジーベン]  [七月の「る・いーだ」]  [「る・いーだ」の迷宮]

番外編

[冬休みの終わり]  [分別]


[小説トップへ]



あとがき

初めての方には申し訳ありません!!!!
恒平好子って誰?と思われた方も多いかと(汗)。
彼女は、当サイトの銀望「重衡殿被疑」、保管庫の「重衡殿懺悔録」に出没している
平家オタクな女性教師という設定のオリキャラです。

このSSは、迷宮ノーマルED前提の「大人の時間」シリーズ(え、いつの間にシリーズ?)に
タイトルの制約上(笑)出演できなかった未成年キャラに、
主役になってもらおうシリーズの第1作…のつもりです。

敦盛さんにもっと語らせようかとも思ったのですが、
最初は控えめに(笑)。
何より、彼の思いを聞く役目は、八葉の誰かであってほしいと思いますので。


2008.9.11 拍手より移動