・・・大人の時間・・・


「る・いーだ」にて


冬の灯ともし時、街を歩く男三人。

彼らの背の高さに目をひかれ、美しさに驚き、
美声にハートのド真ん中を射抜かれて、
すれ違う女性は全員、ぼーっとして立ち止まり、
振り返って後ろ姿が消えるまで見送る。

なぜ、あんなに素敵な人達が固まって三人も?
もったいない!!!!
彼女になりたい。いいえ、行きずりの恋でもいいわ!!!
ぜひ娘の婿に・・・。
アヤしいわ。美形三人男なんて、美味しすぎる設定よ!!
etc.

彼らの通るところ、おなご達の妄想濃度が飽和点まで急上昇する。

むぐうっ・・・・。
他の男達は、妄想密度の圧力に絶えきれずに消滅する。
・・・・女性の視界から。
いないも同然の扱いに抗議したいが、 無駄な抵抗だ。

煩悩の渦の中心にいるとも知らず、三人は悠然と歩いていく。

「ああ、この店だよ」
繁華な表通りから一筋入った、小さな路地の突き当たり。
階段を下りた先に重そうな木の扉がある。
横には控えめに「BAR る・いーだ」という看板。

「なんだか敷居の高そうな感じですが・・・」
「景時のことだ。その辺りはぬかりあるまい」
「は〜い、その通り。だからご心配なく〜♪」

全体をくすんだ赤と茶色で品よく統一した店内は、
照明も抑え気味で落ち着いた雰囲気だ。
静かにピアノの生演奏が流れる。

先客もいたが、皆低い声で談笑しながら、ゆっくりと酒を楽しんでいる。
三人はカウンターの前に座った。

「いらっしゃいませ、梶原様」
「マスター、こんばんは」

「景時は、ここの常連だったんですね」
「こちらの方々は、梶原様のお知り合いでいらっしゃいますか?」
「そうだよ。リズ先生に・・・・えっと・・・」
「武蔵・・・といいます」
「『る・いーだ』にようこそ。
初めての方には、最初の1杯は店からのおごりです。
何かお好みは有りますか?」
「『ますたー』に任せよう」
「ぼくも、そうします」
「じゃ、オレにも同じのを」

「かしこまりました・・・・」
鮮やかな手さばきで、マスターはシェーカーを振る。
「ほう・・・見事な動きだ」
「でしょう?何種類かのお酒をこうやって混ぜるんだ」
「景時はすっかり通人ですね」

磨き抜かれたグラスに、きりりと冷えた透明な液体が注がれた。
「ギムレットです。では、ごゆっくり」
マスターは軽く頭を下げると、別の客の注文に応じるため、さりげなく移動した。

「よい感じの店だな」 リズはグラスを傾けた。
「そして、これもよい酒だ」
「ああ・・・、本当においしいですね」
「けっこうこれって、強いお酒なんだよ。やっぱり二人とも強いねえ」
「大人ですから」
「弁慶は底なしのようだな」
「おや、リズ先生は意外と口が悪いんですね」
「褒めたつもりだ」

「みんなと一緒に騒ぐのも楽しいけど、たまにはこうして静かにお酒ってのもいいよね」
「確かに、有川家では飲めませんね。この世界の掟で禁じられている者が大半ですから」
「将臣がこちらではまだ子供とは」
「そうだね〜。何だか不思議だよ。還内府も熊野別当も、こっちでは子供なんだから」
「ふふっ、そうですね。こちらの元服は随分と遅いようですし」

「でも、九郎は大丈夫だったんじゃない?なんで一緒に来なかったの?」
「覚えていないのか?」
「ああこの前、望美さんのお家の人が気を利かせて『びいる』というのを
差し入れてくれた時のことですね」
「九郎はあの水のような酒に酔って・・・・・」
「望美さんの」
「膝枕で」
「寝た」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「オレ達の世界では、普通に飲めたんだし、たまたま・・・だったんじゃないかな」
「・・・・・今までが、緊張の連続でしたからね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「では、ここで九郎に膝枕したいか?」
「いやです!!!」
「それだけはイヤだよ〜!!!」

ピアノの音が止んだ。
休憩時間なのだろう。
ピアノを弾いていた女性が楽譜を抱えて立ち上がり、軽く会釈をした。
まばらな拍手の中、奥のドアに向かう時に、三人の方を見る。

とたんに彼女は真っ赤になり、方向転換をしてマスターに向かって突進した。
着慣れていないのだろうか?ドレスの裾を踏んづける。
真っ直ぐ前に棒のように倒れながらも、かろうじてカウンターに手をついて身体を支えた。
これだけ見ると、カウンターで腕立て伏せをするピアニストの図だ。

「まままままマスタ〜〜〜」
「どうした?何があった?」

「もうじきこの世界ともお別れだと思うとね〜」
「やはりちょっと淋しい、かな」
「目的は果たした。神子の世界は救われたのだ。これでもう・・・・・」
「確かに」
「その通りなんですが」
「我ら全員」
「みごとにフラれちゃったよね〜」
「本来なら、ぼく達がこんなにのんびりした時間を過ごすことなどできないはず」
「その意味ではよかったというべきなのか」
「でもやっぱりさ、せっかくなんだから」
「景時も、そう思いますか?実はね、ぼくもなんですよ」
「よほど迂闊なプレイヤーか、あるいは全てのエンディングを見ようとする者か」
「完クリのために、一度は通る道・・・ということですか」
「なんかちょっとわびしいよね〜」

その時、三人の前に新しいグラスが置かれた。
「店のピアニストから、素敵な方達へ、とのことです」

見れば、彼女はピアノの隣に直立不動の姿勢で立っている。
景時はグラスを少し持ち上げて、感謝の意を表した。
弁慶とリズもそれにならう。
彼女は最敬礼した。

休憩はとらないらしい。
再びピアノの演奏が始まった。心なしか、さっきより音が艶っぽい。

「いつも演奏している彼は、どうしたの?」
「持病の頭痛歯痛腹痛腰痛がひどくて休みを取りました」
「で、あのお嬢さんが代役というわけですね」
「振る舞ってもらうだけでは心苦しい。
礼儀として、我らからも何かするべきではないか?」
「そうだね〜。じゃあマスター、オレ達からってことで、彼女にも何か作ってあげて」
「彼女がお仕事中なのはわかりますが、もしできたらお願いします」

マスターは快く受けてくれた。
琥珀色の酒の入ったグラスをピアノの隣の小テーブルに置くと、
二言三言、演奏者に話す。

曲が、かなり強引な感じで終わった。
彼女はこちらに向かって気をつけ!礼!気をつけ!をすると、グラスを取り上げ、
一気に飲み干した。
「あ・・・・・」マスターが焦る。
「ブランデー、一気飲み・・・・・」
彼女は叫んだ。
「す〜てき〜な〜方達にぃ、
『いつの日か』という曲を〜捧げます〜私からの愛です〜!!
あいきゃんとすぴいくいんぐりっしゅばっとあいらぶゆう!!!」
最後の意味不明な部分はリズに向けたものらしい。

「おいおい・・・・」
マスターが頭を抱える。
しかし、倒れ込むようにして弾き始めた曲はとても美しく、心のこもる名演だった。
「初めて聴く曲だけど、いいですね」
「なんかオレ、すごくなつかしい気持ちになってきたよ♪」
「景時、何やら表情が若返っているぞ」
「うーん、何だか草原に寝転がって、空を眺めてるような気分になるね〜」

その時、三人の前にまた新しいグラスが置かれた。
「あちらにお座りの方達からです」

女性ばかりの五人組が、こちらに向かって手を振っている。
グラスを上げると、
「きゃぁ〜〜〜〜〜」の大合唱。
ピアノがいきなり凶暴な曲調になる。
ドガガガガガ

「あ、あれ〜?音がずいぶん変わったね〜」
「少し、荒れてますか」
「なぜか心を乱し、それが音に現れているようだ。修行が足りぬ」

その時、三人の前にまたまた新しいグラスが置かれた。
「今度はあちらにお座りの方達からです」

少し落ち着いた年頃の女性のグループ。
なぜか互いをバチバチ叩き合いながら、
「ほら、あんた挨拶しなさいよ!」とか
「やだ、もうっ、さっきはあんたの方があんなにきゃあきゃあ言ってたくせにっ!」とか
「やだっ、こっち見てるじゃない、笑うのよ、笑顔!スマイル!」
とか言っている。
少し固まりつつも、グラスを上げる。
「ひぃ〜〜〜〜」
なぜか声にならない音を発して、ソファに倒れる者、胸元にグーを当ててイヤイヤをする者。
反応は様々だったが、ピアノの曲調は凶悪化した。

その時、さらに三人の前に新しいグラスが置かれた。
「ええと、あちらにお座りの方からです」
マスターが言いにくそうに示した先は、男女二人連れ。
女性の方が、目をキラキラさせながら身体をくねらせている。
もちろん、男の方はこの上もなく不機嫌だ。
ピアノは嵐の如き、狂乱状態

「さすがにこれは頂けないと思いますが・・・」弁慶が言う。
「ぼくがあの男の人の立場だったら、たまらないですからね」
「そうだな。これは礼というより、義の問題だ」
「というわけなんで、マスター・・・・・え?」

どどん!!!!
三人の前に新しいグラスが大量に置かれた。
「あちらとこちらとそちらとというか、お店の女性の皆様全員からでございます」

店中の女性達が、皆うるうるした目で見つめる。
店内の妄想密度は、閉鎖空間ゆえに、極限まで高まっていたのだ!!

ぱっ!ぱぱっ!ぱぱぱっ!ぱっ!ぱっ!ぱっ!ぱっ!
男性達がその密度に耐えきれず、次々と消えて行く。

三人に酒を饗するために最後まで残されていたマスターの姿も霞んでいく。
「わ、私は、最後までグラスとシェーカーを離しません!!!」
ぱっ・・・!
「立派な最後だった」
「ゴジラ襲来を最後まで実況放送したアナウンサーのように、
彼の勇姿は永遠に語り伝えられるでしょう」

「お勘定どうしようか」
「ぼく達、ずっとおごってもらっていたような気がするんですが・・・」
「そうだな。自分で酒を選ぶことができなかったのが残念だ」
「いろいろ迷惑かけちゃったみたいだし、気持ちだけは置いていこうかな」
「『かうんたー』の内側に置いておけばよいのではないか?」
「そうだね〜♪」

自覚のない三人は立ち去った。

とたんに、”る・いーだ”はいつもの風景に立ち還る。
「ふあ〜〜〜」。
全員が、それぞれの想いと思いを胸に、深いため息をついた。


了       




大人の時間

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番外編

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あとがき

おバカな一編、楽しんで頂けましたでしょうか?

前提となる設定は、神子様方にはお分かりのことと思いますが、
少し古いネタに関して注釈を(ご存知の方には蛇足と思いますけれど)一言。

「いつの日か」は、TVシリーズ第2作目の「サイボーグ009」のエンディング主題歌です。
主役の009の声は井上和彦さん。

ゆったりとして、夢の中にいるような美しいメロディ、官能的なまでに心地よい和声の流れは
数多のアニメソングの中でも屈指のものだと思います。
真宮のただ一つのオフライン活動である、
アニメソングのピアノコンサートでも欠かせない曲です。

バー「る・いーだ」の元ネタは、DQ好きには言うまでもないですね(笑)。