「むぐうっ」
「くわっ」
昼日中の電車内で、男達が消えていく。
怪奇現象というわけではない。
美しいもの以外観たくないという、女性達の妄想パワーに
耐えきれず、次々と視界から消滅していくのだ。
「な、なぜだっ?」
「何と・・・」
世間的基準では美形な、某J事務所系若者も、
落ち着いた初老のジェントルマンも例外ではない。
渦巻く妄想の中心には、途方もなくかっこいい長身の男性が三人。
時折、静かに言葉を交わしている。
洩れ聞こえる声は、タダで聞くのが申し訳ないほどの美声だ。
彼らを目の前にした女性は、一様にぽかんと口をあけて、
惚けたように見とれている。
つまりは、他の男達とは、
格が、レベルが、ステージが決定的に違うのだ。
喩えて言うなら、冥王星と木星の大きさを比べるようなもの。
比較される方は迷惑この上ないだろう。
だがここに、頑強に消滅を拒む男達がいた。
(BGM:地上の星)
彼らは決して容姿に恵まれているわけではない。
中には「かっこいい」部類に入る者もいるが、それだけで対抗できるはずもなかった。
しかし・・・・・
彼らも、女性達に劣らない質量の「妄想」を抱えていた。
彼らはその妄想を鎧の如くまとい、おなご達の理不尽さに
敢然と闘いを挑んだ。
わけではなく、ひたすらマイ・ワールドのバリヤーで
別の世界を形作っていただけなのだが。
一駅ごとに、一部の女性達の緊張感が高まっていく。
「どこで降りるの?」
「まさか」
「でも、もしそうだったら・・・・」
「この人達と同じ空気が吸えるなら・・・・・」
「私、今日は池梟のおなごロードはあきらめて」
「Aガールになるわっ」
彼女たちの断片的な思考は、つなげて読むと意味が通る。
「おや、もう秋ハ原ですね」
「駅前の『びる』は、まだ新しいようだな」
「再開発、というのが進んでるみたいだよ」
「あいかわらず、景時は情報通ですね」
「今日も、案内をよろしく頼む」
「は〜い♪じゃ、降りよっか」
おなご達と、妄想の鎧をまとった男達も、次々と降りていく。
駅前の広場には、男達の人垣ができている。
中心は小さなステージで、
女の子が踊りながら歌っている。
時折、女の子の振りに合わせて、男達が飛び上がったり
手を振り上げたりする。
「舞を学んでいるのか?」
「あんまり揃っていないように見えますが、あれでよいのでしょうね」
「そういえば、今日望美ちゃん達が遊びに出掛けた『からおけ』っていうのは、
あんな感じなのかな」
「よくは分かりませんが、楽に合わせて歌を歌う場所のようですよ」
「ヒノエはノリノリだったね〜」
「ええ、この世界では、舞いながら歌うことが多いようですが、ヒノエはそれが
楽しくて仕方がないみたいですね」
「う〜ん、どの歌も速すぎて、オレにはちょっとついていけないんだよね〜。
年なのかな、って思っちゃうよ」
「ヒノエが特別なんですよ。でも、僕も落ち着いて街を歩いている方がいいかな」
「私もだ。それに、一緒に行けば歌を所望されるだろう。それを断るのは、礼に反する」
「でも、おとなしい敦盛君が、よくついていったね〜」
「敦盛は、あれでけっこう馴染んでいるようですよ。それにしても、今日も九郎は
僕達と一緒じゃないんですね」
「声はかけたのだが、若い者達が羽目を外さぬよう、自分が注意しなければ、と」
「総大将としての役目を思い出したってとこだね〜♪」
「己の役目を自覚するのはよいことだ。だが・・・・」
「ふふっ、一緒になって騒いでいなければいいですね」
「ああ〜♪ここだよ」
「ここが、景時の言っていた、からくりの部品を扱っている店ですね」
「私にはからくりの仕組みはよく分からないが、自分の手で組み立てるということには、
大いに興味を感じる」
「一つの『びる』の中に、小さな店がいっぱいあるね〜。さ、はじから見ていこうよ♪」
「楽しそうですね」
三人は、ビルの中に入っていく。
駅前のティッシュ配り、客引き、店番、交通整理、等々、自分の身を守る妄想の鎧を
持たない男達の姿が、
やっと元の場所に現れた。
しばらくの後、三人は大きな通りを歩いていた。
「いや〜、楽しかったねえ〜♪」
「あのように音を拡大する装置が手作りできるとは」
「景時、早速戦場で役立てられる、と考えているのではありませんか?」
「ははっ、分かっちゃった?でもオレ達の世界には、でんきというのがないからね。それに」
「そうだな。時空の理に反する」
「どんなに役に立つ物でも、僕達の世界に持ち帰ることはできませんからね」
「そうなんだよね。その世界に合わせて、服だってひとりでに変わっちゃうくらいだものね〜。
だから、不思議と残念な気持ちはないんだ」
「せっかくですから、別の店にも立ち寄ってみませんか?」
「そうだね。じゃ、とりあえずここ」
「景時は決断が早いな」
「こういう時は、なんとなくね〜」
「本がたくさんありますが、どれも表紙に絵がありますね」
「これだけで、賑やかな感じがするな」
三人が入ったのは、アニメショップだった。
「うわあっ!すごいな〜♪」
フィギュアのフロアに入った三人は、感心してはじから見て回る。
「女の子の人形は、少し、目のやり場に困ってしまいますね」
「この『もびるすうつ』というのは、どれもよくできている」
「ちょっと形が面白いけど、オレはこの『ばうんどどっく』って好きだな〜」
「私はこの『じゃすてぃす』がよい」
「二人とも、そういうのが好きなんですか?僕は人形の方に惹かれるんですが・・・。
特にこの、眼鏡をかけていて一見ひ弱そうだけれど、実は何を考えているか分からなそうな
男の子がいいですね」
「ふうん、オレはその子の隣にいる、長い髪をした白い服の方が」
そんな三人を見つめる女子の視線は超・熱い。
「なぜ、男のフィギュアを熱心に見ているの?」
「なぜ、萌え萌え女の子キャラの方を見向きもしないの?」
「妄想が・・・」
「加速するっ」
「まさか・・・・」
「この下のフロアに・・・・」
「足を踏み入れたりは・・・・」
してしまった。
「ここは女性向けのものが置いてあるのですね」
「私達が入るのは憚られるのではないか」
「でも、男子禁制、とはどこにも書いてないよ」
「それなら、せっかくですから少しのぞいてみますか」
「神子がどのようなものを好むのか、わかるかもしれない」
違いますっ!!断固として違いますっ!!!
という、やらしい優しい筆者の忠告は届かず・・・・
並んだ本の表紙の絵に、三人は凍り付いた。
フロア中の女子の視線から、妄想が噴出している。
「え・・・・?」
「は・・・・?」
「・・・・・・・?」
「・・・・・・・?」
「?一人、足りないよ」
「?一人、逃げましたね」
リズは建物の外にいた。
「先生、自分だけ瞬間移動なんて、ずるいよ〜」
「あなたも、意外と悪党ですね」
「すまぬ。さすがに二人を抱えて飛ぶことはできない」
「そういう問題ではないのですが・・・・」
「まあまあまあまあ。こうして無事に脱出できたんだしさ、もういいってことにしようよ」
「景時がそう言うなら」
「感謝する」
「それよりさ、なんかちょっと疲れちゃったな〜。どこかで休んでいかない?」
「そうですね。少しのども渇きましたし・・・」
「ああ、ここに喫茶店があるよ♪」
「うむ」
「じゃあ、ここにしましょうか」
「上の階にあるんだね。この『えれべえたあ』というのに乗るのか」
「この箱は、いつ乗っても楽しいですね」
「降りる時が、なんかふわっとして面白いんだよね」
「む?ここは・・・・」
エレベーターに貼られた店の案内を見ていたリズが、珍しく慌てた様子を見せた。
「どうかしたんですか?」
「いけない・・・」
「え?何かまずいの?」
ピンポーン
その時、エレベーターが止まり、扉が開いた。
一斉に黄色い声が唱和する。
「お帰りなさいませ。ご主人様〜」
「やはり・・・・」
その時、
ガシッ!!
弁慶と景時がリズの腕を両側から掴んだ。
「二人とも・・・・、何をする?!」
「いけない人ですね。また自分だけ逃げようなんて」
「同じ手は、二度も食わないよ〜」
「確か、僕達二人を抱えては、瞬間移動できないんでしたよね」
「・・・・・」
「こうなったら、先生もご一緒におつきあい願いますよ〜♪」
「きゃ〜」
「いい男が三人、腕を組んでるわ〜」
「何て美しい光景なの!!」
プロ根性をかなぐり捨てたメイドさん達の熱い歓迎の待つ店内へと
三人は入っていった。
「そういえば先生はなぜ、めいどきっさのことを知っていたんですか?」
「えれべえたあの中の貼り紙だけで、分かるなんてね〜?」
「答えることは・・・・・できない」