金色に覆われた御堂はほの暗く、音も無く、
時が止まったかのように、灯明の炎さえも動かない。
扉の外に広がる明るき昼とは切り離された、ここは墓所であり、祈りの場。
浄土へと導く阿弥陀仏に真向かい、銀は一人、祈る。
それは自らへの救済ではなく、逝った者への鎮魂の祈り。
「祈りなどいらぬ…と、言っただろう」
気だるげな声が聞こえるようだ。
兄上、あなたは、神仏の加護など信じぬ人だった。
次に続く言の葉も分かる。
「まあ、お前がそうしたいというのなら、別にかまわぬが」
そうして、ふい、と背を向けるのだ。
それと同時に、兄上は心から全てを消してしまう。
最前の会話も、自分に向けられた思いも、向き合っていた相手のことすらも。
私だけではない。誰も皆、兄上にとっては同じこと。
殿上人も、兄上に歌を詠みかけ、文を送る女房達も、
貴なる姫君も、父上も、帝とても。
彼らの眼前では、何一つ欠けるところ無く恭しげに振る舞い、
請われれば、美しく舞い、風雅な歌も詠み、戯れの言葉も交わし……。
だが、それは意味なきもの…儚く脆い一握の砂のようなものと、あなたは知っていた。
雲上にあって、夢を夢と知っているあなたは……
醒めていた。
飽いて、一人だった。
兄上……
あなたにとって生きるとは、
死に向かって、ゆっくりと滑り落ちていくだけの時間だったのかもしれません。
心の内に広がる空虚と、それを満たそうとする狂気に似た思い。
あなたの眼が爛々と輝くのは、戦の中で、命のやりとりをしている時…だけ。
けれど……、兄上は、出会ったのですね。
あなたを満たすものに。
ただ一人、御座船に残り、
遙か彼方へと遠ざかっていく一門の舟を…
あなたも見送った。
高館で、将臣殿が言っていました。
「みんなを逃がすために、知盛を残すと決めたのは俺だ」と。
生田の後の出来事を語ってくれた時のこと。
その時の将臣殿は、とても辛そうでした。
でも、私にはわかります。
兄上が、自ら望み、残ったのですね。
戦場での刹那の時が全て…、何かを待つことなどしないあなたが、
ひたすらに「その時」を待ち焦がれて。
そして兄上、
あなたは初めて、自由になった。
あなたは初めて、幸福を知った。
あなたは初めて、生きることができた。
魂の奥底から求めてやまぬものに、やっと触れることができたから。
十六夜の君……あなたが、全てを受け止めた。
応えた。
自らが傷つくことを知りながら、全身全霊を以て、真っ直ぐに。
銀は、阿弥陀仏を見上げた。
「修羅の地から遙か遠き、浄土におわします阿弥陀仏…」
弥陀の像は何も語らず、ただ沈黙をもってそこに在る。
己の心の真実から、人は時に目をそむけ、時に自らを偽って生きる。
真実という刃に触れずにすむように。
十六夜の君…あなたはその刃を、素手で握りしめた。
壇ノ浦の海を越え、平泉へと……
春宵の言葉のままに、私に出会うために。
扉が開いた。
外界の明るい光が射し込み、すぐに消える。
望美が御堂に入ってきた。
黙したまま銀の隣に来ると、静かに眼を閉じる。
ここは墓所であり、祈りの場。
微風に揺らめいた炎が、すぐに静まる。
柱に施された夜光貝の装飾が、かすかに光った。
[1.斬]
[2.傷]
[3.謀]
[4.封]
[5.籠]
[6.剣]
[7.絶]
[8.響]
[9.蝶]
[11.光]
[12.月]
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