凍 月

6. 剣



雪が、降っている。

広い伽羅御所は、がらんとして人気がない。
しん、とした静けさに、寒さが一層身に沁みるようだ。
見回りの兵が、時折立ち止まっては身震いし、うらめしげに天を仰ぐ。

しかし今は、火の気のある詰め所で、ゆるりとくつろげる状況ではない。
鎌倉が奥大道から動く気配を見せている。
明日には両軍の衝突となるだろう。

泰衡は、平泉の政庁である柳御所にいる。
奥州傘下各軍の指揮官と、最後の軍議に臨んでいるのだ。

「要らぬことだが、兵共が勝手なことをするのも困る。
それなりの役割を与えて、おとなしくさせておかねばな」
そう言って、泰衡は出掛けて行った。

しかし銀は、伽羅御所に残っている。
供に付こうとした銀を、泰衡が留めたのだった。
「お前は残れ。こちらを手薄にするわけにもいかぬ」
そして、銀の後ろに目をやり、
「金、お前もだ」
後に付いていこうとしていた金は、淋しげに尾を振って泰衡を見送った。


人員を確認し警護の配置を指示すると、銀は長い廊下を渡り、泰衡の居室に向かう。

「銀殿、泰衡様のお留守に何用か?」
見とがめた武士が声をかけてきた。
「泰衡様が御出立の際、言い置かれたことにございます」
銀は辺りを憚るように、小声で答える。
武士は、はっとして居ずまいを正した。
「直々の御下命と言われるか」
「はい、内密にとの仰せにございますので…」
「失礼仕った」
「いいえ、お役目に忠実なればこそのこと。お気遣いには及びません」

もちろん、嘘…である。

しかし銀は顔色一つ変えることなく、その場を乗り切った。
鼓動が早まるでもなければ、汗が滲むでもない。

己のなすべきことは、もう分かっている。
これは、自らの意志で決めたこと。
最後まで、なさねばならないことだ。

主のいない部屋は暗く、冷え切っている。

銀は灯りに頼ることなく、真っ直ぐに厨子に向かい、躊躇うことなく開いた。
しかし、求める物はない。
隣の控えの間に入る。
唐櫃にかかった錠をこじ開け、やっと目的の物を見つけた。

繊細な造りの、異国風の剣。
武士が身に帯びる太刀とは異なる、両刃の剣だ。

「神子様…」
そっと剣を手に取る。

軽やかに舞う蝶のごとく、その剣を振るう姿が浮かぶ。

「あなたは、このような扱いをされてはならないお方だというのに」

記憶と意識は未だ曖昧模糊として溶け合わず、
まだ見えぬ深い霧に閉ざされた記憶の底には、
どのような恐ろしいものが潜んでいるのかわからない。

だが、ただ一つ確かなのは、神子様…
あなたが十六夜の君であるということ。

あなたとの記憶だけが、今の私…、銀である私と重なり合う。

あなたはあの春の宵、私を助けると言って下さった。
未来で、必ず私と出会うと…約して下さった。

私を追ってきてくれたあなたを、何としてもお助けいたします。
この生命と心の全てを引き替えにしても、必ず…。

その眼に決然として澄み切った光を宿し、銀は静かに部屋を出た。





そして深夜、御所を秘やかに抜け出す二つの人影があった。
影は手を取り合い、雪に覆われた道を北へと駆けていく。

そして同じ頃、一匹の犬も伽羅御所を出た。
犬は柳御所に向かい、飛ぶように走る。



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