凍 月

11. 光



御堂の暗さに慣れた目には、外界の光が眩しい。
空の陽光、地を覆う雪の照り返し。
望美は思わず目を閉じて立ち止まった。

その手を取り、銀が歩き出す。

高く聳える杉の梢から、鳥が鳴きながら飛び立った。
ばさばさと枝から雪の落ちる音が響き、すぐにしん、と静まりかえる。

辺りを支配するのは、森閑とした静けさ。
少し緩んだ雪を踏む、望美と銀の足音だけが聞こえる。

望美は、微かに漂うよい香に気づいた。
そして繋いだ手と手に、目を落とす。

望美の手を包み込む、あたたかな手。



銀……重衡さん……。

あなたは、生きている。
あなたは、魂を取り戻した。
あなたは、あなた自身の力で、呪詛に打ち克った。

あなたの中に、平重衡が還ってきた。

全ての記憶、思い出、心に移ろう何もかもが。
平家に生を受け、生きてきた日々が。



望美は、前を行く銀を見上げた。
私は、心を決めてここに来たはず。

ふいに銀が立ち止まった。

「神子様、何かお心にかかることがあるのでしょうか」

深い色の瞳が、望美をじっと見つめる。
その瞳にはもう、凍てついた悲しみの翳りはない。

愛しさで、心がいっぱいになる。
「ううん、何でもない」
そう言って、笑いかけて、微笑みを返してほしくなる。

でも……
何もなかったことにして、
あなたに愛されることは……
あなたを愛することは……
できない。

贖いきれない罪を負っているのは、私も同じ。

言葉をかき集め、精一杯気持ちを奮い起こして、
自分を見つめる瞳に向かう。

「…あのね……私……」

しかし、言葉の途中で、手を、引かれた。

銀の胸にぶつかる。
銀の腕が背に回る。
銀の手が髪にすべりこみ、顔を仰向かせた。

「言わなくて、よいのです。神子様…」
銀がささやく。

「銀…?」

次の言葉が、銀の唇で塞がれた。

一瞬、わけがわからず、次いで頬がかっと熱くなる。
頭の芯が、痺れていく。
このまま、柔らかな唇の感触に、全てを忘れてしまいそうになる。

が…、

だめ、だめだよ、こんなのって…!

力強い腕に押さえられて、身体が動かせない。
拳を作り、弱々しく銀を打つ。

閉じかけた目を開くと、吸い込まれそうなほどに澄んだ瞳がある。

銀の唇が離れた。

深く息を吸い込み、途切れた言葉を探す。

が、銀の唇は、つぅ…と横に動いただけで、頬に触れたまま。

「神子様…」
言の葉の形のままに、唇の動きが頬に伝わる。

離して……
そう言おうと口を開きかけた時、銀の深い声が耳朶を打った。

「兄上は……生きたのです」

天地が、ぐらりと揺らいだ。

一人で立っていたなら、倒れてしまっただろう。
だが今は、銀の腕がしっかりと望美を支えている。

「………あ……」
言葉にならない。鼓動が早まる。乱れた呼吸のままに、あえぐだけ。

銀が、なおも続ける。
「兄上も、私も……神子様、あなたが生かしたのです」


…………「十分に、生きたさ。……お前が、生かした」

知盛がそう言ったのは、別の時空。
この時空で、あの知盛の言葉を知る者はいない。


いるとすれば、知盛と同じ思いを分かち合う人…。
同じ血を持ち、同じ歳月を生きてきた人…。

「それが、真実です。私達、同じ血を分けた兄弟の…」

見開いた目から、涙がはらはらとこぼれる。
こぼれてもこぼれても、涙は止まらない。
銀の肩越しに、青い空が滲んだ。


「神子様、御堂が光をまとっています」

振り仰げば、金色堂は光の中。
屋根に積もった雪が、溶けて雫となって、陽光にきらめきながら落ちていく。

祈りの御堂は、降る光に包まれて、静かに平泉の空と対峙していた。



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お断り

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「ゲーム内のセリフをまんま使わないこと」を原則としています。
けれどここでは、それを自ら破りました。
理由は、2つ。
そうしないと意味をなさなくなるから。
そして、それほどに、この場面を書きたかったから。

とても自分勝手な理由ですが、それを承知でやりました。

原著作者様に対し、深くお詫び申し上げます。