凍 月

4. 封



どのような窮地に陥ろうとも、折れない。
死地の中にこそ、勝機はあるからだ。

修羅の戦場を幾度となく駆け抜け、
時に勝利し、時に敗北の苦杯をなめながらも生き延びてきた者達は、
あきらめたその時こそが最期なのだと、知っていた。

機を窺おう。

弓矢の一隊に囲まれ、剣を構えた武士に高館の邸内へと追い戻されながらも、
皆、そう考えている。


「一人ずつ、お入り下さい」
武士が、続けて入ろうとした将臣と譲を止めた。
「部屋は十分にございますゆえ、皆様、分かれてお過ごし下さい」

「お前ら、そこまでするか?」
「見張られてるんだ。俺達に何かできるはず、ないじゃないか」

しかし、武士は無言で剣を構え直し、二人の顔を交互に見た。
明かな威嚇、あからさまな恫喝だ。
譲がぎりっと歯がみをする。
しかし将臣が眼で譲を制した。
リズヴァーンの言う通り、今は動けない。
耐えるしかない。

二人に続いて、白龍と朔、敦盛、弁慶も入っていく。

「あんたのことは、もう少し利口だと思ってたけどね」
腕組みしたままその場の様子を見守っている泰衡に向かい、ヒノエが言った。

「別当自ら国元を離れ、のこのこと奥州まで足を運ぶのが、利口だとでも?」
「そういうあんたは、神子姫様やオレ達っていう、貴重な戦力を使わないってね」

「別当殿からの連絡が途絶えれば、熊野が動く。そうお考えのようだが…」
泰衡は、ふっ…と笑った。
「熊野と事を構える気はない。が、余計なことをされても困る。
うるさい烏は残らず捕らえて、籠に入れさせてもらった」

ヒノエは口笛を吹いた。
「へえ、やるじゃない。五羽とも捕まえたっていうのかい」
泰衡は眉を上げる。
「俺も見くびられたな。何人捕らえたかなど、口を滑らせると思ったか」
「どうかな。少なくとも、オレの言葉でちょっと動揺しなかった?」

「連れて行け」
泰衡の言葉で、武士がヒノエに剣を向けた。
ヒノエは、おとなしく歩き出す。

その後に続き、背を向けたリズヴァーンに、泰衡は言った。
「鬼、言っておくが、妖しい術など使おうと思うな。
屋敷には武士だけではなく、式神も配してある。
お前が一瞬でも姿を消せば、報せがくること、忘れるな」

リズヴァーンはゆっくりと振り向き、泰衡に相対した。
「神子を害さぬという約定を、お前が違えぬならば、私は動かない。
だがお前の言に、証はあるのか」
泰衡は小さく嗤った。
「鬼が証を求めるとはな」

「泰衡っ!先生に向かって何を言う!」
九郎が、掴みかからんばかりの勢いで言った。
激した様子を見るほどに、泰衡の声は冷たくなっていく。
「これは失礼した。こちらの鬼は、九郎の師匠だったな」

その嘲るような言い方に拳を握りしめた九郎を、リズヴァーンは抑えた。
「九郎、よしなさい。このような時だ。冷静さを欠いてはならない」
「……っ!……そうでした、先生」

リズヴァーンは泰衡に向き直った。
「これほどに我らの力を恐れるということは、それを認めていることと同じ。
なぜ、共に戦う道を選ばぬ」
「そうだ、俺達は少数だが、平泉の兵にはない実戦経験がある。
必ず役に立つはずだ」
「かつての味方と剣を交えても、構わぬと?」
「…っ、泰衡、お前は…どこまで…」
「お前の手を汚さずして、鎌倉に勝ってやろうというのだ。
少しは喜んでもよさそうなものだが」
「俺達は皆、戦う覚悟はできている。戦は一人ではできないんだぞ、泰衡」
「お前は、鎌倉の真の恐ろしさを分かっていない」
「分かっていないのはお前だ!
兵のついてこない将では、勝つことなどできん」

「フ……」
片頬だけの笑みを返す。

「考え直せ!泰衡!!」

しかし、答えぬままに泰衡は踵を返した。
武士の一人が進み出て言った。
「屋敷へお入り下さい。我らも、九郎様達を手に掛けたくはないのです」
九郎とリズヴァーンを、剣が取り囲む。
その後ろには、弓を構えた者達が並んでいる。


「お前は大馬鹿者だ!!」
坂道を下りていく泰衡の背に、九郎の声が届く。

泰衡は小さく息を吐いた。
「戦は一人ではできぬ…か。
九郎、お前は………御館の口癖と…、同じことを言う」

かつての奥州を屈服させた源氏……お前はその裔だ。
戦に敗れ、北に逃れた安倍の頭領は、鬼になったという。

再び神を伴い、奥州に襲い来る源氏の軍。

奥州のかみしめてきた苦さ、この皮肉な巡り合わせが、
……お前に分かるか、九郎。
お前もまた、龍神の加護を受けて戦った者だ。

……そしてお前は……、いずれ奥州が、大将軍として戴く者。

丘を取り巻く林の切れ間から、衣川のきらめきが見え隠れする。

御館よ……これは、あなたではやり遂げられぬこと。
俺が、やり遂げねばならぬことだ。



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