ひいなの (はこ)  〜12〜

泰明×あかね(「舞一夜」背景)

  


「終わりだな、神子も八葉も」

アクラムの冷笑が響いたその時、
横の壁が、すっぱりと真っ二つに切れた。

カタン…とずれて落ちた壁の向こうに、剣を構えた頼久がいる。

「神子殿っ!!」
「あかねっ!!」

「ああっ、頼久さん、天真くん!」

二人に続き、次々に皆が飛び込んでくる。

「アクラム!」
「やっぱりてめえか…!」

「ほう、他の八葉がおでましとは、運のよいことだな、龍神の神子」

「さんざん邪魔をしておいて、よく言うものだね」
「これは運などではありません」

「神子と八葉の絆とやらか。くだらぬ」
アクラムは不快げに口元をゆがめた。

「鬼!覚悟!!」
「行くぜ!」

その言葉を歯牙にも掛けぬまま、アクラムは言った。

「だが、無聊の慰みにはなった。
お前達には、礼を言ってやろう」

次の瞬間、アクラムの姿は消えていた。


そして、皆が外に飛び出したと同時に、呪われた離れ家は崩壊した。





母屋の建物も完全に焼け落ちている。

助け出された人達が、雨に打たれながら呆然とたたずんでいた。

「姫様ぁ!!」
あかねを見つけると、あの童が泥を跳ね上げながら駆けてきて、
そのままあかねの腕に飛び込んだ。

「姫様が無事でよかった」
「心配してくれたのね。ありがとう」
「それに…」
「え?」
「あの人達が、みんなを助けてくれました」

「へへっ、少し手こずったけどな」
「一人ずつに、外に出るように言わないといけなかったんだ」
「けれど、全員無事助け出すことができました」
「そうか…こっちも大変だったんだね」

あかねは、童がもう怯えていないことに気づいた。
「ねえ、もう恐いことはないの?」
満面の笑顔が返る。
「はい!みんな、元通りの人になったから」

「怨霊が封印され、心が持ち主のところに戻ったのだろう」
泰明が言った。
「神子の力が、この屋敷の者達を救ったのだ」

「でも…助けられなかった人もいます…」
あかねは、庭の奥を振り返った。

屋敷が焼け、主が亡くなり、何も残らなかった。
私には、もっとできることはなかったのだろうか…。


その時ふと、離れ家の跡に、あかねは人の影を見たような気がした。

「あ…」
思わず足を向け、そして立ち止まる。

「どうかなされたのですか?神子」
永泉が問うたが、あかねは笑顔でかぶりを振った。
「いいえ、大丈夫です。気のせいみたい」

そう言って、あかねは空を見上げた。

いつの間にか雨は小降りになり、遠くで雲が切れ始めている。
雲の際は夕日の色を映してほの明るい。

焼け跡の人の影は、一瞬だけ、こちらを向いて微笑んで、そして消えてしまった。
気のせいかもしれない、でも、そうじゃないのかもしれない。

あのお人形にそっくりだった。
ううん、お人形なんかより、ずっとずっときれいで、優しそうだった。
あれが、本当の彩女さんだったんだろうか…。

しかし、あかねは苦い事実に気がついた。

…う……でも私、あんなにきれいじゃないよ……。
なんで、そっくりだなんて言われたんだろう…。


その時
「神子の方が美しい」
急に泰明が言ったので、あかねはドキンとした。

「や、泰明さん…?」

「お前も見たのだろう?」
泰明は離れ家を目顔で指し示した。
「あれが、あの男の言っていた女性だ」

「じゃあ私、目がおかしくなったんじゃないんですね、よかった」
「神子は、もっと自分の力に自信を持て」
「すみません」
「やっと心安らかに黄泉路を行けると、神子に礼を言ったのだ」
「そうだったんですね。ありがとう、泰明さん」
「私は何もしていないが」
「今の言葉で、少しほっとしたから…。
それに、泰明さんにはいっぱい助けてもらったし…」

泰明の言葉は、常よりわずかに遅れただろうか。
「私は、八葉だ」
だが、その顔には笑顔があった。

しかしすぐに不機嫌な表情になる。
「下りろ」
「え?何?泰明さん」
「神子ではない。この童に言っているのだ」
「?」
童が怪訝な顔をした。

「いつまで神子に抱きついている」
そう言うなり、泰明は童をあかねから引き剥がした。





晴れ渡った夕空の下を帰る。
濡れた着物がまとわりつくが、幸いあたたかな暮れ方、寒くはない。

友雅、鷹通、永泉が後ろから追いついた。
近くの貴族の屋敷を回って、焼け出された人達を託してきたのだ。
永泉は交渉の間中、一言も語らなかったが、法親王がにこにこ笑っているだで、
みな快く引き受けてくれた。

あの童だけは、イノリと一緒に馬に乗っている。
イノリの「子分さん」になるのだそうだ。
本当は、姫様の「子分さん」を志願したのだが、
なぜか姫様の周りの人達に、にべもなく却下されてしまったのだ。



馬の背で、あかねはいつの間にか、うとうととしていた。
泰明は、あかねが落ちぬよう自分に寄りかからせ、そっと腕を回して支える。

眠ってしまうと、濡れた身体が冷えてしまうだろう。
小さく呪を唱えて、あかねを暖気で包む。

しかしあかねから伝わり来るあたたかさは、
呪の暖気より、ずっと心地よい柔らかさに満ちている。


胸の奥を、何かが突き上げる。
それはひどく苦しく、切なく、日ごとに強くなっていくものだ。

だがこれが心の証なのだと、今日初めて知った。

失いたくない思いこそが、心であると。
そして、失いたくないものは、神子なのだと。


心地よい香が漂っている。
あかねが梨壷で焚いている香の匂いだ。

「菊花の香か…」

泰明は暮れかかる空に、夏の星を見た。

夏が過ぎ、菊の咲く頃には、神子はもういない。
いてはならない。
神子の世界に、戻らねばならない。

私は神子を失わねばならない。


それでも

神子の役に立てるならば、
神子を守り、その願いを叶えることができるならば

造られて……よかった。
たとえ、私という存在が理を外れたものであっても。


神子と共に在る今この時を、
私は、いとしいと思う。

神子、ありがとう……。














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あとがき

泰明さんお誕生日祝いの物語でした。
内容的には、ちっともめでたくないのですが(苦笑)、
お楽しみ頂けましたなら、幸いです。


「舞一夜」背景の話は、これが初めて、
また「1」の八葉が全員で活躍するのも初めて、という、
筆者にとってのお初尽くしとなりました。
さらに想定外に長くなってしまい、
毎日1話ずつの更新というのも、前代未聞(大げさ)。

せっかくの泰明×あかねですので、
二人の心の設定(笑)を少々高めにしましたが、
時期的には、泰明さんが多季史の正体に気づく前を想定しています。

……その後に、あの物忌み。
泰明ルートでは泣きました。
もう、1年経つのですね。早い…(遠い目)。


話の内容に関しては、お読みいただいたとおりです(冷や汗)。

筆者の好きな八葉が、少々多めに活躍(笑)。
幾つかの視点が同時進行なので、事態の推移と時間経過を
雨や雷といった天気で表してみたのですが、
違和感なく読んで頂けたかな、という心配もしています。
その一方で、話の中で解説し過ぎるのはヤボかと思い、
会話の端々で語るに留めた事柄も多々。
説明不足!と感じられましたなら、
ひとえに作者の力量不足です(平伏)。


2007.09.23 筆