鬼 火 1

(泰明×あかね ゲーム本編中背景)


泰明の袖が翻り、呪符を挿んだ指先が空中に五芒星を描いた。
炎を帯びた桔梗印が、闇の中に浮かび上がる。

おぞましい姿の怨霊は、炎に怯えたように後ずさった。

「逃がさぬ!」

泰明が掌を向けると同時に、桔梗印が大きく広がっていく。
相対する怨霊に、手加減など不要。
これが、容赦ないとどめの一撃となるはずだ。

だが、泰明が攻撃を放った瞬間、頬の宝玉に鋭い痛みが走った。
闇の奥からアクラムの嗤う声が聞こえ、眼前の怨霊が消える。
そして代わりに現れたのは―――本物のあかねだった。

「神子!!!」

引き延ばされた刹那の時間。

――あかねは立ちすくんでいる。
大きく見開いた眼が、桔梗印の向こうから泰明を見ている。
色を失った唇が、震えている。

「だめだ!!!」

泰明の絶叫と同時に、
あかねを撃とうとした桔梗印が、歪み、弾けた。

「神子!!!」

「きゃあああっ!」
あかねの悲鳴と共に時間が動き出す。

後方に飛ばされたあかねの服が肩口から破れ、
あかねは背中から地面に叩きつけられた。

「ぐっ………」
泰明の全身は、炎に包まれている。

怨霊に向けて放った渾身の一撃は、
止めることも消すこともできなかった。
だから、それがあかねに当たる直前に反転させ、
泰明は自らの身体で自らの攻撃を受けたのだ。

「神子……神子………!!」
炎を纏ったまま、泰明はよろめく足であかねの元へと歩を運ぶ。

あかねは倒れたまま動かない。

攻撃が当たらなかったとはいえ、
泰明の放った力は凄まじいものだ。
その余波を、あかねはもろに受けてしまったのだろう。

「いやだ……神子……神子………」

あかねを呼ぶ泰明の声は、力なく震え、 次第にか細くなっていく。
それはもはや怜悧な陰陽師のものではなく、
まるで幼い迷い子のようだ。

「神子……すまぬ。
今、手当を……する」

やっとあかねの傍らにたどり着いた泰明は、
地面にがくりと膝をついた。

闇の中でも、泰明の眼には、袖が破れてむき出しになったあかねの白い腕に
痛々しい傷が走り、血が赤く滲んでいるのがはっきりと映っている。

泰明は、震えていた。
撫物の札が、うまく掴めない。
ぎこちなく呪を唱えるうちに、視界が次第にぼやけていく。
自分の身体がひどく痛んでいることに、全く気づいていないのだ。

目覚めないあかねを、泰明は力の入らぬ腕で抱き起こした。

「神子……返事をしろ。
なぜ、眼を……開けない……。
私の……力がお前を………傷つけたから……すまぬ………」


―――自分の術に撃たれるとは、哀れなものだな、地の玄武。

闇の奥で、アクラムは冷笑を浮かべている。

―――神子を傷つける八葉とは、面白い趣向だと思わぬか。
だが、これで終わりにはせぬよ。

低い嗤いを中空に残してアクラムは姿を消し、
闇の奥に蠢いていた怨霊の気配も消えた。

闇が薄らいでいく。

足下に地面が現れ、周囲は草に覆われた庭。
涸れた池と遣り水の跡にも、野草が生い茂っている。

ここは、何年も前にうち捨てられた貴族の屋敷だ。
怨霊を封じるべく、あかねと共に皆でここに来たのだが……。


―――そもそも、事の始まりは数日前に遡る。


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2012.11.06 筆・仮アップ 11.11 加筆修正+拍手から移動・再掲