鬼 火 2

(泰明×あかね ゲーム本編中背景)


「マズイことが起きてるみたいだぜ」
「神子殿、桂の荘園から急ぎの報告が来たのですが……」
イノリと鷹通が、洛西の異変を同じ日に報せてきた。

その朝はちょうど八葉が全員土御門に顔を揃えており、
早速二人から話を聞いたところ―――

封印したはずの洛西の怨霊が再び現れ
場所も時も選ばず人々を襲っているというのだ。
襲われた者は老若男女も身分も問わず、
洛西の人々はとても怯えているという。

「そんな……。怨霊は確かに封印したはずなのに……」
あかねは衝撃のために青ざめ、震える声で言った。

ここまで一生懸命力を蓄え、やっと封印ができるようになったというのに、
怨霊が復活してしまったとすれば、
それらが全て無駄だったことになるのだから。

「そんなに悲しい顔をするものではないよ、神子殿。
君のために、こうして八葉がいるのだからね」

「しっかりしろ、あかね!
だいたいこいつらの話だけじゃ何も分からねえだろ。
イノリ、鷹通、人を襲ってるのが怨霊ってのは確かなのか?」

「人の話を疑うのかよ、オレの子分はウソなんかつかねえ!」
「落ち着いて、イノリくん。
天真先輩は疑ってるわけじゃなくて…」

「いいえ、天真殿の疑念はもっともだと思います。
まずその点をはっきりさせることが必要でしょう。
けれど残念ながら、人々の話から理解した所では、
彼らを襲ったのは追い剥ぎや凶賊の類ではないのです」

「待て、鷹通。お前は今、『理解した所』『類ではない』と言った。
つまり、まだ不確かなことが多いということか」

「その通りです、泰明殿。
おかしなことに、怨霊の姿については人によって話が違うのです。
ただ、共通していることが一つあって……」
「あー、そのことはオレも子分から聞いてるぜ。
それとさ、どうも怨霊とつるんでるヤツがいるようなんだ……」





土御門での話し合いを終えると、
八葉は四神ごとに分かれて洛西に向かった。
これ以上の犠牲者を出さないよう、急いで手がかりをつかみ、
一刻も早く怨霊を倒さなければならない。

あかねは永泉、泰明と同行している。

今日も空は晴れ渡り、嵐山を望む風景は
異変などとは無縁のように、広々として明るい。

だが、洛中を離れると、荒れ果てた湿地が広がり、
道には廃屋や崩れた塀が続いている。
昼日中というのに、人の姿はない。

「神子、このように淋しい所ではさぞ不安なことでしょう。
私たちから離れないで下さい」
永泉が、数珠をぎゅっと握りしめながら言った。

「私なら大丈夫ですよ、永泉さん。
それより、こんなに広い場所で怨霊を見つけられるのか、
そっちの方が心配です」

「まだ探し始めたばかりだ。焦ることはない」
「でも……私の封印が不完全だったせいで、
怨霊に襲われた人たちが………」

「神子、そのようにお考えになっていたのですか。
まだ確かなことは何も分かっていないのです。
どうか、お気持ちを強く…」
「永泉の言う通りだ。
神子、お前は要らぬ心配をしすぎる。
このようなことで気を乱しては、怨霊の出現に対応できない」

「………はい」
直截な泰明の言葉に、あかねは小声で答えた。
だが、その声のか細さに、泰明の足がぴたりと止まる。

あかねはうつむき、その唇は震えている。
そして、そんなあかねに永泉はおろおろとしながら、
口を開きかけては、自分もまたうつむいてしまう。

泰明の胸に痛みが走った。

あかねはきっと辛いのだ。
永泉には、それが当たり前に分かるのだ。

お師匠は教えてくれた。
――人の身体はたやすく傷つく。
だが、「心」もまた、傷つくことを忘れてはならぬぞ。
心の傷は目に見えぬが、その痛みは真のものじゃ――と。

人は……違うのだ。
心を持っているから……違うのだ。

対処すべき事があれば、その解決のために必要なことを為す。
これだけでいいと、考えていた。
だが、これだけではよくないのだ。

神子は気を乱している。
私に向かって「はい」と答えた時、清浄な気はさらに大きく揺らいだ。
神子にとっては、「このようなこと」ではなかったのだ。
そのことに、なぜ気づくことができなかった……。

「神子、お前は泣きそうな声をしている。
私の言の葉が、お前を傷つけたのか?」

あかねは顔を上げ、泰明の真剣な眼差しに気づいた。
こわばっていた肩から、ふっと力が抜ける。

あかねは大きく息を吸うと、にっこり笑って元気に歩き出した。
「ごめんなさい。心配ばかりしていても何もなりませんね。
せっかく不気味な所に来ているんですから、
怨霊が出るのを気長に待ちましょう」

「神子は、強いのですね」
永泉が、まぶしそうにあかねを見やったその時、
がさごそと草むらが動いた。
中からよろよろと飛び出してきたのは、粗末な身なりの老婆。

「た……助けておくれ…!! お、怨霊じゃ!!」

老婆はあかね達を見つけると、しわがれた声で叫んだ。





「共通点は鬼火……か。
どうにも気に入らないのだが、この話、鷹通はどう思う?」

友雅と鷹通は桂の荘園にいる。
怨霊に襲われた者から、直接話を聞いてきたのだ。

あろうことか、一番始めに襲われたのは、荘園警護の任に就いている武士だった。
かなりの深傷を負ったものの、かろうじて逃げ延びることができたのは、
不幸中の幸いであった。

傷の痛みをおして、その武士が語ったところによれば、
最初に見知らぬ童が助けを求めて来たという。
怨霊が出たと騒いでいても、子供の言うことは当てにはならない。
そこで半信半疑でその場所に行ってみると、
いきなり目の前に大きな鬼火が現れ、それが幾つにも分かれて周囲を飛び回り、
抜刀して応戦する内に、黒い影のようなものに襲われて………。
そして件の童は、その後姿を見せていない。

「友雅殿が気に入らないのは、イノリの言っていたことですね。
怨霊の仲間としか思えない者がいる…と。
それは私も同感です」

「イノリによれば、襲われた者たちは、
怨霊のいる場所に誘い込まれた…ということだったが、
彼の場合も同じだったね」

「しかし、子供が怨霊の手先になるとは考えられません」
「気に入らないからと言って、無視するわけにはいかないと思うのだが。
鬼は姿を変えることもできるのだからね」
「ですが、鬼の関与はまず間違いないとしても、
このところ彼らはなりを潜めています」

「そういう時こそ、危ういものなのだよ」


次へ






[1]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13]  [エピローグ]

[小説・泰明へ] [小説トップへ]



2012.11.18 筆