鬼 火 4

(泰明×あかね ゲーム本編中背景)


怨霊の腕が振り下ろされるより早く、
泰明は怨霊とあかねの間に飛び込んでいた。
自らが盾になることで、術や呪符より確実にあかねを守れる。
怨霊の動きから、最速で動けば間に合うと瞬時に判断したのだ。

あかねを押しやり、襲い来た鉤爪を数珠で受けると、
がつっと鈍い音がして、数珠から瘴気が立ち上る。
間髪入れず、怨霊はもう一つの前脚を横様に払った。
咄嗟に数珠の向きを変え、泰明はその一撃を受け流したが、
鉤爪の先端が手の甲を掠め、小さな傷をつけた。
しゅうしゅうと音を立て、傷口が開いていく。

「泰明さん! 傷が…!」
「問題ない。すぐにかたをつける」

泰明が体勢を立て直すと同時に、怨霊は後ろに飛び退った。
逃げるか、攻撃してくるのか――
いずれにしても、するべきことは変わらない。

あかねと永泉が動く。
「雨縛気!」
永泉の術が怨霊を縛し、その動きを止めた。
「救急如律令!」
泰明の術が怨霊を撃つ。
「水撃波!」
続けて永泉も攻撃に加わった。
間断ない追撃に、怨霊の気がみるみる弱っていく。

「頃合いだ」
「お願いします、神子」
泰明と永泉があかねを振り返る。

「はい!」
あかねは大きく息を吸い、怨霊に手を向けた。
この怨霊のことはよく覚えている。
清涼寺にいた、しょうけら――かなり手こずった相手だ。
もう絶対に蘇らないよう、確実に封じなければならない。

「めぐれ、天の声!…………」
白い光がしょうけらを包んだ。
――今度こそ!
しかし……あかね達の注視の中、ふっとしょうけらは姿を消した。
その消え方は封印とは明らかに違う。
ただ、そこにいなくなったのだ。

「なぜ……?」
あかねはしょうけらの消えた後をじっと見ている。

「神子……あの………」
言葉を探しあぐねて、永泉はおろおろするばかりだ。

「気配はない。しょうけらは逃げた」
周囲の気を探っていた泰明は、組んでいた印を解いて言った。
「これ以上ここにいても無駄だ。
次は怨霊が化けた老婆の言っていた、祠とやらを調べに行く」

泰明の言葉に、あかねははっと顔を上げた。
「……はい、そうですね。すぐに行きましょう。
あ………!」

「どうした、神子」
首を傾げる泰明の手には、しょうけらのつけた痛々しい傷がある。

「ごめんなさい、泰明さん」
あかねは泰明に駆け寄った。
「なぜ神子が謝る」
「すぐに手当します」
あかねは泰明の手を取った。

泰明はゆっくりまばたきして、
あかねの手と重なった自分の手を見る。

――神子は、私の傷を案じているのだろうか。
傷など、すぐに治るというのに。

しかし、手を引っ込めようとするが、なぜか力が入らない。
しょうけらの毒が回ってきたのだろう。
あかねの手が触れている部分だけが、ひどく熱くて重い。
たいした毒ではないと侮っていたためだろうか。

だが、あかねが撫で物を使おうとするのを、泰明は止めた。
「先ほども言った。問題ない。
自分で瘴気は祓う。毒も消す。神子は何もしなくていい」

あかねはじっと泰明を見上げ、唇が「でも…」という形に動く。
が、声にはせず、代わりにあかねはにっこりと笑った。
そして、「じゃあ、これだけ…」と言って、淡い色の柔らかな布を取り出す。

「神子、それは何だ」
「ハンカチです。ちゃんと洗ってありますよ」

永泉があかねの手元をそっとのぞき込む。
「うすものに五彩の花の縫い取り……何と美しい布でしょう」
「ええ、私のお気に入りなんです」
「神子、ならば自分の手元に置いておけ」
「泰明さん、手を動かさないで下さい」
そう言うと、あかねは器用な手つきで泰明の傷にハンカチを巻いた。

泰明は布の巻かれた自分の手を見た。
柔らかな布の感触は、初めて知るものだ。
結び目からは、余った布の両端が大きく飛び出ている。

「はい、これでできました。
ふふっ、可愛い結び目でしょう? うさぎさんの耳みたいで」
「とても愛らしいですね、神子」

――兎とは気づかなかった。
しかし……この布には神子の気がこめられている。

「神子、お前の大切なものを、私の傷で穢……」
泰明は途中で言葉を切った。

あかねはふるふると頭を振る。
「大丈夫ですよ。早く傷を治して下さいね」
「…………分かった。
では……祠に行こう」
珍しく泰明は口ごもり、いきなりくるりと背を向けて歩き出す。

「あ、待って下さい」
「急ぎましょう、神子」

あかねと永泉の足音を後ろに聞きながら、泰明はもう一度自分の手を見た。
そして、小さく首を傾げる。

――なぜだろう。
もう、治ってしまった。





「神子殿、今一度手元の札を確かめてみてはくれまいか」

洛西の探索から戻り、全員が藤姫の館に顔を揃えている。
その日にあったことを互いに報告し合ったのだが、
得られた手がかりはとても少ないものだった。

詩紋はまだ青ざめているが、話し合いに加わっていた。
そして端座した泰明の手には、ハンカチのうさぎがまだある。
天真と友雅にからかわれたのだが、動じる気配もない。

友雅の言葉に従い、あかねは怨霊の封印符をその場に運んできた。
怨霊復活の話を聞いてすぐに調べた時には、洛西の札に異変はなかったのだが……。

装備していたものも全て外し、あかねは一枚ずつ札を出していく。
食い入るように見ている全員の前に並んだのは、以前と同じ札だった。
蝶、豆狸、しょうけら、ノヅチ、斎姫の霊……洛西で封印したものは全て揃っている。

「封じられた怨霊の力は、前と変わらずこの札の中にある」
しょうけらの封印符を手にした泰明が言った。

「そうですか。だとすると、これで一つはっきりしたのではないでしょうか」
泰明の言葉を受けて、鷹通が続ける。
「神子殿が遭遇したしょうけらは、封印されたものが復活したのではない、ということです」

「おう、そうだな。つまり、怨霊が復活したのはお前のせいじゃないってことだ。
気に病むことないぜ、あかね」
「あ、ありがとう、天真くん」

「オレにはそこんところがよく分からねえんだ。
オレ達が倒した怨霊ってさ、一か所に一体しかいないはずじゃなかったのか」
「あの…私もそのことが不思議なのです。
神社や寺にいた怨霊は、それぞれの場所と因縁がありました。
それが、時も所もかまわずさまよい出るとは……」

「あまり時を費やすわけにはいかないのだが、
またあの怨霊達と戦うというのは、なかなか疲れそうだね」

「これって、結局振り出しに戻ったのと同じじゃねえのか。
くそっ、四神の解放もまだ全部は終わってないってのに…」
「焦るな、天真。大元を断つことができれば…あるいは」
「簡単に言うなよ、頼久」
「確かに、そうできればよいのですが……」

その時あかねが顔を上げ、にっこり笑った。
「いいえ、方法はあると思います」

「あかね…ちゃん……?」
あかねの表情を見た詩紋の頬が、さらに青ざめた。
何を考えているか、これまでの話から悟ったのだ。
「だめだよ! そんなこと!」

「神子殿、まさか」
「止めろ、神子」
「ご命令といえど、聞くわけには」

皆が一斉に反対の声を上げるのを、あかねの静かな瞳が制した。

「探索の最初の日に、私たちは怨霊に出会いました。
そして、その怨霊…しょうけらは、真っ直ぐ私に向かってきました。
明日も洛西に行きましょう。きっと手がかりをつかめます」

あかねは、自ら囮になる……と宣言したのだ。

「詩紋くんが怖れていることって、
怨霊と同じくらい怖ろしいことだと思うんです。
そんなことが起きる前に、一刻も早く解決しましょう。
そのために、みんなの力を貸して下さい。
私と一緒に来て下さい。お願いします!!」





――そうか……あれは神子に届かなかったか。
陰陽師ふぜいが、生意気なことを。

だが、八葉は龍神の神子の剣であり、盾でもある。
神子をその身を以て守るのは当然……か。

ならば、面白い趣向を用意しよう。
愚かな神子は、必ずや我が罠に飛び込んでくることだろう。
不幸な八葉を従えて……。

楽しみにしているがいい。
龍神の神子。


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2012.12.08 筆