鬼 火 12

(泰明×あかね ゲーム本編中背景)


「本体を叩くぞ!」
泰明が示したのは、闇の奥に浮かぶ鬼火。

――炎に形はない。
分かれ増え、消えては形を変えて現れる。

怨霊のこれまでの不可解な振る舞いは、泰明の言葉通りだ。

「オレ、襲ってくる怨霊にばっか気を取られてたぜ」
「うん、ボクも。
灯りの代わりになっていたから、
真っ暗にならなくてよかった、なんて思ってた」

「正体が分かったからには、あれを討つのみ」
頼久が鬼火に向かって剣を構えた。
「今は分身の怨霊が消えているからね。一斉にかかるとしようか」

「おっしゃあ! 最初は俺の術で動きを止めるぜ。
あかね、頼むぞ!」
「うん! しっかりね、天真くん」
「いくぜ! 神鳴…」
天真が術を放とうとしたその時だ。

遠くで揺れていた鬼火が、一斉にふっとかき消えた。
そして、うっすらと闇を照らしていた塗籠の灯りもまた。

「あ…」
あかねは小さな声を上げかけて、すぐにぐっとこらえた。
戦うと心を決めて、ここに来たのだ。
鬼火を封印する前に怖れに負けてはだめだ。

だが、闇は即座に破られた。
「案ずるな、神子。すぐに闇を払う!」
泰明の手から呪符が高く舞い上がり、淡い光が周囲に広がる。

「泰明さん、ありがとう…」
あかねの安堵の声。その気持ちは誰も同じだ。

しかしその時、四方からたくさんの声が聞こえてきた。

「うれしいな。やっぱり明るい方がいいよね」
「灯りをつけてくれてありがとう、陰陽師」
「これでみんなも、私のことが見えるでしょう?」

あかねと八葉を取り巻くように、朧な影が幾つも浮かび上がった。
それらは見る間に無数の『あかね』の形となっていく。

「みんな、戦わないで」
「お願い」
「私のために、剣を退いて」
どれもあかねと同じ笑顔、同じ声。まさにあかねそのものだ。

だが八葉は誰一人として、驚くことも動じることもない。
偽の『あかね』のことは、すでに泰明から聞いていた。
ゆえに、もしや…という覚悟もあった。
そして、それを眼前にした今、
皆の心に生じたのは、抑えがたい怒りであったからだ。

「一度ならず二度までも、神子殿を穢すか…怨霊」
頼久の声が、いつになく低い。
「どこまでもセコい手を使いやがって」
「許せねえぜ」
「こんなやり方、ひどすぎるよ」

「そうなの? つまらないな」
「私、こんなにがんばってるのに」
『あかね』達はにっこり笑い、暗紫色の瘴気を噴き出した。
泰明が灯した光が、暗く覆われていく。

八葉は、あかねを中にして前後左右を固めた。
「何度も同じ手は通用しません。神子殿を騙っても無駄です!」
「何とも不快なやり方だね。神子殿には見せたくない光景だ」
「神子…、大丈夫ですか」

あかねは頷き、自分達を取り囲むたくさんの『あかね』に真っ直ぐ眼を向けた。
今自分が揺らいだら、あの時と同じになってしまう。

「そうだ、神子。敵から目を背けるな。
どんな時でも、私は……八葉は、必ずお前を守る」
泰明は呪符を指にはさみ、小さく呪を唱えた。
札は微細な切片に変じ、指の間から煙のように消える。

その時、『あかね』達が一斉にくすくすと笑い出した。
「それで龍神の神子をかばっているつもり?」
「周りを囲めばいいと思ってるの?」
「もう終わりにしましょう」

『あかね』達は糸に引かれるようにつつっと後ろに下がる。
同時に、獰猛な唸り声。

「上だ!!」
叫ぶと同時に、泰明はあかねを抱えて大きく飛び退く。
次の瞬間、二人のいた場所には、見たこともないほど巨大なしょうけらがいた。

真上からの攻撃を皆も寸前でかわしたが、各自が散り散りになってしまった。
だが、あかねと八葉の分断を狙った怨霊の目論見は外れた。
しょうけらの巨躯は薄闇の中でも目印になる。

怨霊の狙いは龍神の神子。
ならば、しょうけらの向かう先にあかねはいるはずだ。
だが、あかねは一人ではない。

「神子殿!」
「泰明、あかねを守れ!」
しょうけらに向かって走る彼らの前に、
『あかね』達が立ち塞がり、瘴気の壁を作る。
だがその向こうで、大きな五芒星が空中に広がり、
しょうけらの巨体を吹き飛ばした。

「さすがじゃん、泰明!」
「あかねちゃん、怪我は……あれ?」
喜び勇んで駆け寄ろうとした皆の足が止まった。

泰明は彼らの動きを視界の端で捉え、振り返る前に何が起きたのか知った。

泰明の周囲に、何十人もの『あかね』がずらりと並んでいる。
しょうけらを倒すために背を向けた僅かの間を、
鬼火は逃さなかったのだ。

「あかねが…シャッフルされちまった」
「泰明! どうしてあかねの手を離したんだよ!」
「待って下さい。泰明殿には何かお考えが…」

泰明の顔に、表情はない。
八葉の言葉に答えることもなく、
『あかね』達を見据えたまま、泰明の唇だけが動いた。

「神子は、ただ一人だ。
本物の神子は、手を上げろ」

くすくす笑いと共に、『あかね』達の手が一斉に上がる。

その瞬間、泰明はぱん!と手を打ち合わせた。
「隠形を解く! 神子、お前も手を上げろ!」

切片と化して消えていた呪符が、
人の輪郭を縁取って泰明の傍らに現れた。

「みんな、私はここにいる!」
切片を払い落とし、あかねは真っ直ぐに手を上げる。
その腕には――

「見えるか! うさぎさんを装備しているのが真の神子だ!」

「ああ! あれは泰明殿の手にあった布と同じですね」
「やるね、泰明殿」
「知らなかった。あの布は、うさぎさんという名なのか」
「頼久、それかなり違う…」
「何でもいいや。とにかく分かったぜ!」
「うん! これなら間違えないね!」
「あ…けれど、うさぎさんもまた真似られては……」

永泉が危惧した通り、『あかね』達は即座に変化した。

だが、腕がいびつに歪むだけで、ハンカチのうさぎには似ても似つかない。
『あかね』そっくりに変化しているというのに、
なぜか眼前の簡単な形すら真似できないのだ。

泰明の中で、全てが繋がった。

最初に永泉の偽者が現れたことも、
桂から消えた古鏡が屋敷にあった理由も、
なぜ、洛西で決戦を挑んでこなかったのかということも。

「鬼火は自在に変化できないようだね」
「そうみたいだな。ってことは、とにかくチャンスだ!
今度こそしびれさせようぜ!」
「天真先輩、急いで! 怨霊がまた……」

『あかね』達がぷすりぷすりと消えていく。

「くそっ! このままじゃ、また同じことの繰り返しだ」
「我々はまだ、鬼火に直接攻撃すらしていない」
「鬼火は姿を消したままです…。いったいどうすれば……」

焦りの色を隠せない皆の言葉を、泰明は素っ気なく遮った。

「ならば鬼火の本体を引きずり出せばいい」
泰明はすっと腕を伸ばし、掌を下から上へくるりと返した。

あかねの纏っていた隠形の紙片が、
再び空中に舞い上がり、靄のように漂う。
「イノリ、炎を放て!」

イノリはぱっと顔を輝かせた。
一進一退の攻防には辟易していたところだ。

「炎対決ってことか!? 面白え! 行くぜ、あかね!」
「がんばって、イノリくん!」
「任せとけって! 業火滅焼!!」

空中を漂う微細な切片に導かれるように、
神気を纏った炎の渦が瘴気を焼き尽くし、闇を呑みこみ、
さらに奥へと燃え広がる。

目も眩むような炎があちこちで爆ぜ、明滅し、
のたうつように形を変えながら、次第に一つの形になっていく。

やがて露わになったのは、めらめらと燃える炎塊だった。
中心に束帯を纏った人の姿が見え隠れする。
黒い眼窩と大きく開いた口は、生者のそれではない。

すかさず、天真が今度こそ神鳴縛を撃ち、動きを封じる。

それでもなお鬼火は瘴気を吐き出し、
声のない咆哮を上げているかのように炎を揺らめかせる。

「やはり、死人の変化したものだったか」
「怨霊にしては、かなり頭が回ったもんな」
「やり方が卑怯だ。オレ、それが許せねえ」
「ずっと隠れて分身を操って…。
もしかすると、とても臆病な怨霊なのかもしれない」

「あの姿…かつては貴族だったのですね。
おそらく、官人としても有能な人物だったのだと思います」
「そうなのだろうだね。だからこそ、アクラムに利用されたのだよ。
あれが私達に成り代わって内裏に入っても
見破る者は少なかったかもしれない」

永泉が前に進み出て、鬼火を見上げた。
「人の恨みが怨霊になったのだとすれば…
この方は生前、どれほどに醜い心の内を見続けたのでしょう」

何かを言いたげに、鬼火の中の口が動く。
永泉は、あかねに向かって小さく頭を下げた。
「お願いします、神子」
「はい、永泉さん…」

永泉の流撃双邪が鬼火を撃つ。
弱まりゆく炎を封印の光が包み、鬼火は音もなく消え去った。





「神子様!!」
藤姫の声と共に、涼やかな夜風が流れてくる。

外には赤々と篝火が焚かれていた。

武士団の面々の野太い声、武具の音。
かまびすしく騒ぐ女房達。
屋敷の人々が、全て集まってきているようだ。

「藤姫!」
あかねが部屋を飛び出した。

戻ってきたのだ。
元の土御門に。

あかねを囲み、八葉も屋敷の人々もこぞって喜び合う。
藤姫はもちろんのこと、その兄達も、女房も使用人も、武士団も、
同じ喜びを分かち合っている。
家令が祝いの膳についてあれこれと命じ、
仕事を放り出していた使用人や女房達が、慌ただしく持ち場に戻る。
藤姫は、神子がすぐ休めるように、別棟に部屋を準備するよう指示している。


その様子を、泰明は一人離れて見ていた。

人々に囲まれながらも、あかねの姿だけがくっきりと明るい。
人々の声に紛れても、あかねの声ははっきりと分かる。

――神子の周りに、人は集まる。
だが私は……あの中に加わることはできない。

夜風とは違う何かが、胸の中を吹きすぎていく。

ホゥ…と啼いて飛んできた式神を肩に乗せ、
泰明は、何も言わずにその場を離れた。


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2013.04.07 筆