鬼 火 7

(泰明×あかね ゲーム本編中背景)


「これで納得したか、神子」

泰明の手から呪符が飛んだ。
闇の奥に潜む怨霊にではなく、至近距離に立つ永泉に――。

炎を纏った五芒星に包まれ、永泉は崩れるように倒れ伏す。

「永泉さん…」
あかねは掠れた悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたが、
泰明に引き戻された。

「お前には分からないのか。
あれは永泉ではない」

あかねは蒼白な顔を泰明に向ける。
「で…でも……」

確かに永泉は笛を吹かなかった。
肌身離さず持ち歩いている笛を見せることもできなかった。
だが……それだけで偽者と決めつけられるのだろうか?

しかし泰明の手には、もう新たな呪符がある。
「行くぞ、神子。次の攻撃で封印できるはずだ」

泰明にとっては自明のことなのだろう。
だが、あかねにとっては、疑念はまだ確信に至らない。
「待って! 泰明さん! もしも本当の永泉さんだったら…」

呪符を持った泰明の腕を押さえて、あかねが叫んだその時、
倒れていた永泉が小さく呻いた。
「う……うう……神子……」

「永泉さん!?」
あかねは再び駆け寄ろうとするが、今度も泰明に止められる。

永泉は肘をついて苦しげな顔を上げた。
「は…早く…逃げて…下さい……その泰明…殿こそ……怨霊」
泰明は呪符を構えたまま素っ気なく言う。
「惑わされるな、神子」

鬼火がゆらゆらと周囲を飛び交い、めまぐるしく影が踊る。
――どちらが本物なのか。

一瞬、冷たい手で心臓を掴まれたような感覚が襲い来る。
――もしも……どちらも本物ではなかったら。

あかねは泰明と永泉を交互に見やった。

「神子……こちらへ……」
永泉がよろよろと起き上がり、手を差し伸べてあかねを呼ぶ。

その瞬間、あかねは確信した。
疑うことなどなかったのだ。
答えはいつも見えていたのだから。

「嘘を言わないで! 本当の永泉さんはどこにいるの!?」
あかねが叫ぶと同時に、永泉が法衣を翻して高く飛んだ。
それを追って泰明の呪符が宙に五芒星を描く。





その頃、本物の永泉は闇の中をさまよっていた。

「神子〜、泰明殿〜、どちらに行かれたのですか〜?」
心細さに消え入りそうな声で、何処とも知れない仲間に呼びかける。

しかし、その声に応えて現れたのは幾つもの鬼火と……

「グギ…グギ…グギ…」
「ああっ……三段重ねの…怨霊……!」

「グギギ!…グギギ!…グギギ!…」
ノヅチが永泉に襲いかかってきた。





「ぐっ……身体が…痺れる」
「くそっ! 変なものをバサバサ撒き散らしやがって…」

辺り一面に蝶の鱗粉が舞い、頼久と天真は苦戦を強いられている。

「とおっ!!」
気迫に満ちた頼久の一刀を、蝶はふわりと羽ばたいてかわし、
剣の届かぬ高さから、さらなる鱗粉を落とした。

「……頼久の剣が…通じねえのかよ」
天真が蝶を見上げて唇を噛む。
「あそこまで飛べれば……」
頼久が呟く。
天真は無念そうな頼久の横顔を見た。

「……だったら飛ぼうぜ。手伝ってくれ、頼久」
「……そうか! ならばやろう。
天真に足蹴にされるのは不本意だが仕方ない。
早く怨霊を倒して神子殿を探しに行かなければ」
「おう、これ以上痺れたくねえしな。
この一撃で決めてみせるぜ!」

天真は短い助走をつけると、
前屈みになった頼久の背を踏み台に、大きく跳躍した。

「あかね、待ってろよ!!!」

ゆらゆらと揺れる鬼火が、天真の必死な表情を映し出す。
無防備になったその背中で、頼久の白刃が光った。





ぽかっ!
「痛っ!」

ぽかぽかっ!!
「痛てて…っ! 何しやがる!」
ぽかぽかぽかっ!!!
「ええいっ! 離れろ、狸!!」
むぎゅっ!!
「むぐゅ…く…苦しい…」

倒れたイノリの肩に乗った豆狸が、やりたい放題に暴れている。

「イノリくん! 大丈夫!?」
「見りゃ分かるだろ。全然大丈夫じゃねえ」
「そうだよね…。待ってて、イノリくん。何とかするから」

詩紋は後ろから豆狸の尻尾を掴んだ。
だが、イノリから引き離そうとしたとたんに尻尾を一振りされ、
あっけなく飛ばされてしまう。

しかしその隙にイノリは豆狸の下から素早く抜け出した。
「ありがとな、詩紋!」
「いたたた…。尻餅ついちゃった…」

「ギィィィッ!」
豆狸は詩紋に向かって牙を剥いて襲いかかった。
「そうはさせるか!」
イノリの投げた下駄が豆狸の頭に当たる。

「グギィィィッ!!」
豆狸の形が奇妙に歪んだ。

「な…何だ? こいつ、豆狸じゃねえのか?」
「うわっ! 叩かれる!!」

ぽかぽかっ!!
豆狸の攻撃は痛烈だった。

「痛っ! こうなったら豆狸だろうが何だろうが関係ないぜ。
詩紋、いいな!」
「う…うん。仕方ないよね。ボクもがんばるよ」

ふわふわ揺れる鬼火の下で、
二人と一匹?の戦い、ならぬ取っ組み合いが始まった。





泰明の術が当たる直前、永泉の姿は空中で消えた。

だが泰明の眼はその瞬間を過たずに捉えている。
永泉は消えたのではなく、微かな影に変じたのだ。
それは闇に紛れて鬼火の向こうの黒い影に向かって飛び、
そこでぷすりと消滅した。

黒い影は蠢き、朧な輪郭が現れては消える。
隣には、束帯姿の影。
その影は、冷ややかな声を発した。

「よくぞ形に惑わされず見破ったと…褒めてやろう、地の玄武。
お前は誰にでも疑念を向け、寸刻の躊躇もなく仲間を撃つ。
人の形を持ちながら、人の心は持ち合わせぬ。
この冷酷無比な本性を見て、何も思わぬか、龍神の神子」

その言葉に、傍らのあかねの気が大きく揺らいだ。
「泰明さんを侮辱しないで、アクラム!」

――神子が、怒っている?

「龍神の神子の道具など、侮辱するに値せぬよ。
くだらぬことで怒る前に、自らの置かれた状況を考えるがいい」
「くだらないことじゃない!」

――やはり、怒っている。
だめだ、神子。私のことでお前が気を乱すことはない。
怒りは判断を誤らせる。

「神子、あからさまな挑発に乗るな。
アクラムは何か企んでいる」

「あ……私……」
泰明の冷静な声に、あかねははっと気づいたようだ。

「……すみません、泰明さん」
「謝る必要はない。心を静め、戦いに備えろ」

言葉を交わす間にも、泰明は次の方策を考えている。
あれが本物のアクラムならば、呪符だけで渡り合うのは不可能だ。

だが泰明の考えを読んだかのようにアクラムは言った。
「小賢しい考えを巡らせているようだな、地の玄武。
安心するがいい。私はお前など相手にせぬよ。
代わりに、その力を存分に揮う相手を用意してある。
形に惑わされぬお前がどう戦うのか、
せいぜい愉しませてもらうとしよう」

その刹那アクラムは消え、
蠢いていた朧な輪郭が、くっきりとした人の形になった。

「あ………」
あかねが大きく喘ぎ、泰明の袖をぎゅっと掴んだ。

ゆらめく鬼火に照らされて、闇の奥であかねがにっこり笑っている。

「泰明さん……」
あかねは泰明に笑みを向けたまま、
一歩、二歩……ゆっくりと近づいてきた。


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2013.01.31 筆