鬼 火 11

(泰明×あかね ゲーム本編中背景)


七つの宝玉に灯った光が、闇に眩く輝いている。
これこそが、神子との絆の証。
もう互いを見誤ることも、互いを疑うこともない。

「これは…神子殿のお力」
「宝玉が見えれば、こっちのものだ!」
「反撃開始だぜ!」
八葉の闘気が一気に高まる。

一方、宝玉が見えない怨霊達は、龍神の力を纏った白い光に一度は怯んだものの、
それが八葉の宝玉を輝かせたことには気づいていない。
しかしそれでも、塗籠から光が放たれた時を境に、
状況が大きく変化したことだけは察している。

八葉と怨霊は同時に動いた。

光の元は龍神の神子。
神子こそが、戦いの要だ。

塗籠の前で、激しい攻防が始まった。





透き通った瞳が、あかねを間近で見つめている。
「私を見て…笑ってくれるのか。
私をまた…信じてくれるのか、神子」

――そんなこと、当たりまえなのに……泰明さん……。

か細い声で、
迷い子のような眼で、
答えるまでもない問いの答えを、泰明は全身全霊で求めている。

飾る言葉は要らない。
笑顔と共に、真を伝えるだけ。
「はい、泰明さん。
一緒に、みんなの所へ行きましょう」

すると泰明は小さく頷いた。
そのささやかな仕草は、いつも正直だ。

ガタガタと扉が動いている。
その向こうからは、前にも増して激しい戦いの音。

――急ごう。

手早く夜着の上に衣を羽織り、立ち上がろうとした時に、
あかねは枕辺に畳んで置かれていたハンカチに気づいた。

淡い色が、少し茶色に変色しているようだ。
だが、手にとって広げてみた時、あかねは思わず小さな声を上げた。

「どうした、神子」
首を傾げた泰明に、あかねは黙ってハンカチを見せる。

それは変色したのではなかった。
茶色く見えたのは、滲んだ五芒星だ。

「これは、神子に返す前に私が施した護法のまじない…。
形が現れたのは、それが発動した証だ」

あかねの脳裏に、泰明がアクラムに向けて術を放った時の光景が蘇る。
泰明の術で粉微塵になった築地塀――。
それと同じ力が、自分に向かってきたのだ。
反転されたとはいえ、その余波がどれほどのものだったか、想像することもできない。
けれど自分は、腕を負傷しただけですんだ。
その理由は、これだったのだ。

「ありがとう、泰明さん。
知らないうちに私、泰明さんに守られていたんですね」

しかし泰明はわずかに頭を振った。
「だが術の及ぶ範囲が狭かった。
神子の腕の怪我は、紛れもない事実だ」

「だったら、お願いがあります」

あかねは、泰明に向けて傷ついた腕を差し出した。
「今度は泰明さんが、私の傷にハンカチを巻いて下さい」

泰明はゆっくりとまばたきした。
「私が、しょうけらからお前をかばった時のように……か?」
「はい、お願いします」
にっこり笑って見上げると、
泰明は「分かった…」と短く答えて、あかねの手からハンカチを受け取った。

泰明の指が迷いなく動き、傷が覆われ、結び目がしっかりと作られた。
余った布の両端は、大きく飛び出ている。
その形は……

――泰明さん、覚えていてくれたんだ。

「記憶通りに作ってみたが、この形であっているか?」
真剣な眼差しで、泰明が問う。

「………はい。私のとそっくり同じです」
「ならば、よかった」
そう言って、泰明はやっと小さな微笑みをみせた。
「うさぎさんのまじないはよく効いた。
きっと神子の傷も早く癒えるだろう」

頬が熱くなり、あかねは慌てて眼を伏せる。
「うさぎさん…可愛いです。それから私……とてもうれしいです」
「神子……」

「はい……!?」
そっと肩を引き寄せられ、あかねは驚く間もなく泰明の腕の中にいた。

「お前がうれしいと……なぜ私の胸が震えるのだろう。
お前に触れると……なぜ私は癒えていくのだろう」
「泰明さん……」

焦げた陰陽装束に押し当てられた頬に、速く強い拍動が伝わってくる。

――これは、泰明さんの鼓動?
それとも、私の……。

耳元に泰明の声。
「私は問題ない。もう案ずるな、神子」

こくりと頷いて眼を上げると、
そこには怜悧な陰陽師の顔をした、いつもの泰明がいた。

「行くぞ、神子」

泰明は塗籠の扉に向き直ると、腕をすっと上げた。
その指には、いつ取り出したのか、呪符が挿まれている。

「そちらへ行く! 扉から離れていろ!」






塗籠の中から、泰明の声が聞こえた。
いつものぶっきらぼうな、あの泰明の声だ。
ならば、これから何をするのかはだいたい想像がつく。
全速力で扉から離れた方がよさそうだ。

「承知!」
「おうっ!」
皆は一斉に怨霊の間をすり抜け、守っていた扉から退いた。

「いいぜ、泰明!」
「泰明殿、ご存分に!」

八葉の声と同時に、扉の一点に青い光が現れる。
と見る間にそれは軌跡を描いて走り、五芒星を描いた。

扉は瘴気もろとも光の中で粉々に砕け、近くにいた怨霊を消し去る。

塗籠の高燈台から漏れ出る淡い光を背に、泰明とあかねが歩み出てきた。
その光だけで、闇になれた眼には十分に明るい。

「神子殿!」
「やっと復活したのか、泰明」
「もう起きてもいいの、あかねちゃん」
「みんな、心配かけてごめんなさい。でももう大丈夫」

だが、泰明がぴしゃりと話を遮った。
「すぐに攻撃が来る。神子の周囲を固めろ!」
塗籠を出た時に、この場の状況は見て取っている。
闇の中であっても、泰明にとっては造作ないことだ。

泰明、あかねと八葉の間に、消えずに残っている怨霊が三体。
『頼久』『友雅』『イノリ』だ。
だが、消えた怨霊もすぐにまた現れるはず。
なぜなら……

泰明は闇の奥に眼を走らせた。
そこには幾つもの鬼火が揺れている。

「神子殿、すぐにそちらへ!」
頼久が怨霊の間に斬り込み、『頼久』の剣を払った。
切られた剣は布のように千切れ飛び、ぷすりと消える。
しかし『頼久』の剣は元の形のままだ。

それでも、頼久の後に続き、皆があかねの周りに集まった。

軋んだ声で『イノリ』が笑う。
「やっと揃ったのかよ。歓迎してやるぜ」
そして、ぷすり…と小さな音を立てて二人に増えた。

皆が息を呑む中、泰明の眼がその様を凝視している。

『友雅』も歪んだ声を発して分裂する。
「神子殿の方から来てくれるとはね」
その後ろに、残りの『八葉』が再びわらわらと現れた。
そして見る間に『八葉』全部が二つに分かれる。

「グギ……!」
「ギギギ!」
『八葉』は怨霊の本性も露わに襲いかかってきた。

「くそっ! こいつら、いったいどれだけいるんだ!」
「数など関係ない。神子殿をお守りするのみ!」
「そうだぜ! 本物のイノリ様をなめんな!」

あかねを中心に守りを固め、再び戦いが始まった。
数で劣ってはいても、今度はあかねがいる。

「神子、私の術で止めましょう!」
「はい、永泉さん、お願いします!
一番近くにいる『頼久』さんを止めて下さい」
「はい。『頼久』に……雨縛気!!」

水気を纏った永泉の術が『頼久』に絡みつく。
『頼久』はこれでしばらく動けないはずだ。しかし……

「……え?」
「何だ?」
「どうして?」
術をかけたあかねも永泉も他の者も、思わず声を上げていた。

『頼久』に向けた雨縛気で、十六体の『八葉』の動きが止まっているのだ。

「すげえ効き目だな……」
「好機です! 一気に弱らせましょう」
「そ、そうですね」
しかし攻撃の当たる直前、全ての『八葉』は消えてしまった。

だがその瞬間、『八葉』が微かな影に変じて飛び去るのを泰明は見て取った。
洛西の『永泉』の時と同じだ。

――やはり、そうか。

落胆のため息を泰明は制した。

「惑わされるな。怨霊は一体のみ」
そして、真っ直ぐに鬼火を指さす。

「炎に形はない。分かれ増え、消えては形を変えて現れる。
これ以上分身と戦っても無駄だ。本体を叩くぞ!」


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2013.03.16 筆